驚愕
「たわいもない。敵将というからにはもう少し楽しませてもらえると思ったが」
もうもうと立ち込める木屑の匂いに彼女の持つ生首がしかめ面をして、ぺっと唾を吐きだした。
裕子はそうつぶやいているが。内心はこうである。
『やったぁあああっ! やったぁああっ?!! 私が、この私が敵将を討ったぞッ 』
実に残念な娘であるがあまりにも今までの実戦における戦績が芳しくないのだから仕方がない。
デュラハンは非常に優秀な種族であるがその中でも『裕子』は名前を得る前は落ちこぼれの部類に入っていた。
類まれなる努力と『名前』のお蔭で改善したと本人は思っているがその間は実戦から遠ざけられている。
性格的に人が良すぎて実戦向けではないというのが同族たちの意見であった。
「首を取らねばならんな」その前にと原型を留めぬほど乱暴されつくした娘たちの目を伏せてやる。
「すまん。あとで弔ってやる」右手に剣を握り、生首を後ろ向きにおいて警戒を怠らずに彼女たちの瞳を閉じてやる。
生首が無くとも手で触れられる距離ならば未熟な彼女でも一応『見える』。
地面に置いた彼女の生首から黒い血が噴き出るのを感じ、彼女は振り返った。
瓦礫が動き、その中央が崩れ、埃と血と弾ける血肉と共に一人の男が立ち上がるのを彼女の生首は見た。
「貴様ッ?! 死んだのではないのかッ 」「は?! 」
首をこきこきと鳴らしながらその男は嗤う。
「その鎧の下、どんなイイ体があるんだろうな」見せろと言いながら瓦礫を崩してその男は迫ってくる。
自らの生首を引っ掴んだ『裕子』は剣を構えて叫ぶ。「近寄るな汚らわしいッ」「はん。お前も生娘か」オズワルドは楽しそうに笑う。
「本当に今日はラッキーだぜ。デュラハンの女とはやったことがないからな」その拳がびきびきと動く。
デュラハンの視界は宜しいとは言い難い。ほとんど『慣れ』と『心の目』で判断するしかない。
しかし人間ごときの動きから目を離すほど鈍いものでもない。鈍い筈がない。そのはずだった。
視界から掻き消えたオズワルドの拳は裕子の胸の装甲版にぶち当たり火花と共に激しい音を鳴らした。
遠く金属がモノにあたる音。手に持った頭が強烈に揺れ、頭蓋がくらくらとする。
裕子は自分が吹き飛ばされたという認識を持つまでしばらく時間がかかった。
鎧の上から受けた拳の一撃で肋骨が折れたという事実も彼女には受け入れがたい事だ。
「ばかな。魔法や銀の武器以外でデュラハンを傷つけることが」「できるんだな~♪ これがッッ!! 」
両手を組んで振り下ろすオズワルド。かろうじて直撃を避けたもののとっさに避けた裕子を吹き飛んだ瓦礫が激しく撃つ。
先ほどまで裕子がいた壁が崩れ、砕け散ったのを見て裕子は叫ぶ。
「貴様、ニンゲンか」と。
「ニンゲンもニンゲン、ニンゲン様です♪」
オズワルドはおどけながらつぶやき、
近くの物資棚の鎖をブチブチと引きちぎる。
「縛ってあげる♪ ひぃひぃ言わせちゃうぞぉ♪」
おどけるオズワルドの様子に裕子の手の中の生首の瞳が大きく見開かれ、青い顔色が更に蒼くなった。