オズワルド
「ウンディーネ様よりの命令だ」
魔都に進軍してくる敵軍の総数は一六〇〇〇〇を超え、魔都の命運は風前の灯となっている。
先だって女子供は身分、階級を問わず魔都より退去せよ。
そう言われても困る少女がここにいた。
「血袋の私はどうすれば良いのでしょう」「主人に聴けばいいじゃん」「主人は既に」「ふむぅ」
少女の身体をじろじろと見る魔族の少年は「まぁその身体じゃなぁ」とふざけて見せる。
隣の犬みたいな容姿(犬と言われると機嫌が悪くなる)な犬頭鬼は少女の腕の中でぱたぱた。
「いい加減助けてよ。ギンガ」「嫌なら逃げろよ」「相手は子供だし、女の子には乱暴しない」
くだらない会話を続ける三人だが事態は結構深刻であり、誇り高い魔族の子供や女、老人たちの中には死んでも敵を討つと思っている者は少なからずおりその意思が尊重されないなら自害すると言ってはばからない者が多勢を占める。
「俺が第一軍団に入れば大活躍」「な、わけないじゃん」「犬頭鬼なんて長剣もロクに握れないじゃん。ちっこいし」「うっさい」
鼻を高くして勝ち誇る純魔族と少女に抱きしめられつつ脱出を図る犬頭鬼は親友同士だ。
三人は戦闘区域近くに居た。城壁に迫る坑道部隊対策に集音器として用意された地面に埋まったツボに耳を傾ける結構地味でしんどい任務である。
『本当に由紀子さんとオトモダチなの? 』純魔族は手話に近いハンドサインを得意とする。彼らは種族特性的に暗殺や強襲を得意とする由の文化だ。
最近は水魔将の意向により難聴の捕虜や言語を離せない種族との意思疎通にも使われるようになってきた。
この二人に付き合っていると少女もそういった技術を身につける。子供は需要があれば物覚えが早い。
『あん? あいつが子供のころからの友達だ』『今でも子供じゃない』魔族の女性の多くは長身かつ出るところだけ豊満な身体を持つ。どうみても由紀子は子供である。
「じゃ、私はゆうちゃんと遠くの街に行くことになるのかな」思わず声に出して言葉を出してしまい周囲の子供たちに『シッ』と静かにするようにサインをおくられてしまう。
三件隣のツボを担当する少女は純魔族と敵対関係にあるエルフの娘だ。
彼らは純魔族の身振り手振りを忌み嫌う。精霊の言葉テレパシーで会話できるからでもあるが。
彼女は軽く少女たちを一睨みすると元の配置についた。
『あいつ、何かあると俺を目の敵にしてウザい』おどけてサインを送る少年に吹き出しそうになる少女。
『好きなんじゃない? 』『うわ。最悪』酷い言いようだ。
「周囲がうるさくて坑道の音が聞こえません」
結局、エルフの少女の訴えで三人は放り出された。
エルフで『子供』は極めて珍しい存在で本来前線に居ることはない。少女はそれなりに由緒正しい者なのだろうが。
「澄ましやがってあのバカ女」「ふふ」「ギンカが悪い」
文句を言い合いながら帰路につく三名。『もふもふ』されて嫌そうな犬頭鬼・シロだが子供が嫌いなわけではないらしく大人しくしている。
「そういえば二人とも『名有り』なの? 」少女の疑問に彼らは応える。
曰く、純魔族は皆『名有り』だとか、犬頭鬼や餓鬼は特徴や性格から通り名を仲間たちがつける習慣がある等々。
ぺちゃくちゃ喋りながら帰路につく三名だが、ここで少年が余計なことを言いだした。
「由紀子に言って、俺たちも第一軍団に入れてもらおう」
結果的に三名の命はこの一言で助かった。
三人が去った後、落下傘部隊として来襲した懲罰部隊に子供ばかりの隊は壊滅。
音響攻撃によって倒れた少女を串刺しにし、肉を頬張る人間の男は叫んだ。
「楽しめ。楽しめ。楽しめ。興奮しろっ! 」