歩兵の本領
「人間にしてくださり、有難うございました」
かつて由紀子の腕の中で息を引き取った男はそうつぶやいていた。
農奴として生まれ、魔族憎しと地の果てまで従軍し、魔族の捕虜になって初めて愛や夢を知ったと彼は言っていた。
由紀子はその男の事を忘れていない。
……。
……。
「突破しろ。手を緩めるな」
久たちが率いる勇者の軍は魔族を追い立てて魔都を守る魔導生命『四門』を攻撃させていた。
時として『自爆魔法』を用いて攻撃する魔族たち。その後ろには魔族の子供がいる。
同族を攻撃することを躊躇う魔族たちの背後から由紀子の叱咤が聞こえ、反撃が始まる。
用済みと判断された魔族の子は投石器で弾丸となって死んだ。
「人間ども。許さん」
彼は名もない歩兵だ。特に強い力があるわけでもない。一般的な魔族兵と言っていい。
「勇者共。貴様らの血は何色だ。俺に見せろ」槍を揃え、太鼓の音と共に振り下ろされる長槍をかいくぐって彼の剣は敵の農奴たちを切り刻む。
「退けッ」仲間の声に飛びのくと彼の背後から大きな火炎が飛ぶ。当たったら死ぬ。
少しうすら寒い気を覚えながら、午後の太鼓を待つ。
食事の時間と三時のお茶の時間は戦争行為が禁止される。
三時のお茶の時間は魔茶を飲みながら彼は人間兵の白湯に『浄水』をかけ、お互いの健闘を祈って別れる。
人間兵が持っていたお菓子は意外と美味しかった。あちらのお菓子は発達かつ普及しているらしい。
「そういえば、ばすけっとぼーる。見ていないな。久しぶりにやりたいな」
血袋たちとやった試合は楽しかった。子供のようにはしゃいだのを思い出す。
夜になればもう戦争はお休みだ。
疲れた身体を引きずり、四門に馴染みの店に飛ばしてもらう。
馴染みの店は既に潰れているが、指定場所の変更を多忙な四門に頼むわけにもいかないだろう。
彼は痛む身体を引きずり、無理やり眠りにつく。
生きていれば。生きていれば。ナニがあるだろう。
問いかけは胸にしまい、明日を生きる。
彼は遂に勇者を捕えた。
仲間の兵たちが羊皮紙のように倒されていくのが解る。
勝てるなんて思っていない。思えるワケが無い。
それでも彼は雄たけびを上げて立ち向かっていく。
一秒でもいい。あの『遅延魔法』のかかった壁を守るのだ。あとは将たちがなんとかしてくれる。
「誰が守るんだ」半身を失ってなお縋り付く魔族兵を振り払いもせず久は彼の言葉を聞いていた。
「俺が、俺たち兵士が戦わないで。誰が」
その言葉は最後まで放たれる事は無く、『魔導士』の放った術が彼を寸断した。