こんなの簡単さ
何故跳ねる。少女は頭を抱えたくなっていたが。
「うん? 何で跳ねないんだ? 」逆に聞かれた。
何処から拾ってきたのか解らない人間の生首を魔族の少年はポンポンと手を当てて地面に叩きつける。
ぴちゃんぴちゃんと血が跳ねる様には流石に少女も慣れたが。いや、慣れたくなかったがゾンビやデュラハンを養父代わりにしていれば慣れざるを得ない。
血の香りと腐臭は魔族にとっては親しい香りだが人間にとっては悪臭に過ぎない。
「ほれっ 」ぽいっ。「ひぃ?! 」思わずしゃがみこんで避ける少女の頭上を犬頭鬼の少年が飛び越えるようにして口でソレを受け止めた。
「あのときの奮戦を見ていたら同一人物と思えないほど情けないね」「だなぁ。一瞬またニンフだか妊婦だかと思った」
彼らは小柄な身体の割に事もなげに重たくてバランスの悪い生首を手に戯れている。
「見ていたの?! 」「おう。感激したぜ」「うんうん。忍び込んだ甲斐があったってものだよ」
二人は少女が参加していた試合をたまたま見ていたことがあったらしい。
魔族の少年はひょいっとその生首を股間にくぐらせて手首のスナップで頭上に投げる。
そのまま額で受け止めてコロコロところがし、膝で軽く蹴ってまたドリブル。
「簡単じゃん。魔力の使い方が悪いんじゃね? 」ケタケタと笑う彼にひくつく少女。ちなみに人間の多くは魔力を操れない。
感覚的に言えば魔族にとっては『腕を動かす』のと大差ないが、
人間にとっては『道具を使う』感覚である。前提条件が違う。
人間が魔力を操るには専門の道具や準備や訓練、座学を必要とする。
それらを統合し、『魔導』と呼ぶ。魔導は極めれば魔力を直接扱うよりずっと効率よく奇跡の力を振えるが、それを使いこなすには人間の寿命はあまりにも短いとされる。
逆に魔族は魔力を直接使うのでアドリブが効く魔力の使い方を得意とする。
魔導で『生首を跳ねさせる魔法』というものを開発するとなると可也の手間暇がかかる筈だ。
「ちょっと貸してみて」犬頭鬼の少年も小柄な身体の割に身体能力が高い。
ポンポンとドリブルしてみせるが、彼の上背は少女より更に低い。目元より上にドリブルする姿は中々可愛らしい。ドリブルしている物が生首でなければだが。
ひょっと手首を返して背中側でドリブルする犬頭鬼の操る生首を取ろうとする純魔族の少年だが、自由自在かつデタラメに跳ねる首はあり得ない軌道と跳ね方をして少年を翻弄する。
「おい。せこいぞ」「キミよりこういう魔力の使い方は上手い」悪態をつく少年に楽しそうに返す犬頭鬼。黙っていればもふもふした犬みたいで可愛い。
少女の知っている犬頭鬼というものは腐臭を放ち、干からびた鱗が生えていてお世辞にも可愛いという代物ではない。知性も低い。
「『長生き? 』」犬頭鬼や餓鬼族は数年で肉体だけは成人と遜色ない姿になるが、知性を得るほど長生きする個体は少ない。
「だよ。珍しいだろ」魔族の少年は何故か胸を張る。「幼馴染だ」「……ちょっと恥ずかしいけどね」「なんでだよ?! 」
悪態を交し合う少年たちに微笑む少女。そういえば同年代の少年と遊んだことはこちらの国に来てから久しぶりだ。
「よし、3P先取で勝負だ」「うんっ」「わかったッ」
少年少女たちは一時の不安や恐怖を忘れ、避難民たちと一緒に楽しい時間を過ごすことが出来た。
あとで裕子に思いっきり説教されたが。
「私の首をこんなに傷だらけにしてッ?! もう絶交?! 」
総計三十六回目の絶交になる。裕子側からの絶交は初絶交になるが。
「絶交なんて簡単さ。俺たちだって毎日絶交している」
一言多い魔族の少年は思いっきり裕子にビンタを張られた。
その様子に絶交宣言をされた少女はつぶやく。
「で、ゆうちゃん。緊急出勤だったのになんでもどってきたの? 」ぴたり。
裕子の動きが止まり人差し指が交差し合う。しばらくして返答。
「久しぶりの前線に喜んではせ参じたのは良いけど首を忘れてほとんど周りが見えなくて」「ダメだね。ゆうちゃんは」「うううう。やっぱり絶交はなしで」
この娘。相変わらず粗忽である。
やっぱりというか死族はちょっと、いや可也変わっている。