桜舞い散る道の下で
「変な花ね」
ニンフはまぶしそうにその花を眺める。
ピンク色がかった金属光沢を放つ樹皮を持つその木は白と薄いピンクの中間色の美しい花をつけていた。満開の花開きである。
「桜と言うのですよ。ギンカ君。シロちゃん」由紀子の声が聞こえる。
「あなた。ほら。お弁当もってきました」セイレーン・水奈子の声に嬉しそうに群がる子供たち。
「相変わらず美しいな。来年も見たかった」「うむ。弟子にも見せてやりたかった」
満開の花を見上げ、首無し騎士と全身サイズの仮面をかぶった腐った死体が呟く。
「魔王様が植えたこの花が咲くのが楽しみだった」「そうか」
桜の花びらが舞うもとに集った人々は楽しそうに料理を楽しみ、あるいは酒を酌み交わす。
少女は走った。師匠たちが目の前にいるのに、走っても走ってもそのそばに近づくことが出来ない。「勇征様ッ」必死で叫ぶ。
少女が『名付親』になった二人の戦士。黒騎士デュラハンこと勇征とゾンビマスターこと芳一はゆっくりと振り返り、少女に微笑んで見せる。
その容姿は少女の知る姿ではない。分厚い鎧下を身につけ剣を持った理知的な青年と少し顎鬚を伸ばした海軍姿の美男子。
先ほどまで白い花の下でお弁当を広げ、歓談し、花の香りと美しさを愛でていた少女たちもいつの間にかこちらにいる。
彼らの姿が遠ざかっていく。
「いかないでください」由紀子の声に首を振るニンフと水奈子。
ニンフは微笑む。「由紀子。私はずっとあなたと一緒だよ。『由美子』。良い名前をありがとう」
そのそばに水の香りを放つ美しい娘が寄り添う。
「ごめんね。由紀子ちゃん」「何をおっしゃるのですか。うんでーねさん」
ウンディーネは意味ありげにほほ笑む。「『美樹』って名前、意味がやっと分かったよ」
少女たちの目の前で輝きを放つ樹は白い花びらを膨らませる。
その花弁は雪のように降り積もり、やがて美しい緑の葉をゆっくりと伸ばしていく。
その緑の葉は大きく開き、太陽の光を受けて艶やかに輝かせ、やがて散って茶色の葉となっていく。
「本当に綺麗。生きているって素敵よね」「もう我らは死んだではないですか。ウンディーネ様」「ゾンビマスターの癖に生意気」「人の夫に何を言っているのですか由美子さん」「妬くな。水奈子」「結局独身だったわね。デュラハン」「ウンディーネ様もそうではないですか」
楽しそうに会話する彼らに必死で追いつこうと走る。走る。走る……。
重い。
少女は魔族の少年と犬頭鬼の少年が上に乗って寝ているという事実で目覚めた。
勇者たちに皆殺しにされたセイレーン族が最後に起動させた『爆裂岩』によって生じた津波によって敵の勇者『僧侶』は死んだらしい。
それに伴い、都市部は少なからぬ打撃を受けた。
補給部隊所属の裕子は出撃したまま帰ってこない。
吸血鬼の少女と眷族の人造人間もまた職務があると言って出かけてしまった。
勇者の同族、血袋である少女を見つめる避難民たちの冷たい瞳に耐えながら少女は再び粗末な毛布に身を包めて眠りにつくのであった。