たべますか
「魔王様。日々の糧を有難うございます」
魔族式敬礼を着席したまま行う裕子。
右手で首を軽く切る仕草をして逆の手で心臓の位置を指す。
「我が心と心臓。正しき務めを行う民と共にあり」「いただきます」
二人はそれぞれの崇拝すべきものに祈ると、ゆっくりと粗末なパンに手を伸ばした。
ふもっ ふもっ
パンを詰め込むように頬ばる少女に裕子は苦笑い。
「下品です。勇征様にお叱りを受けなかったのですか」「他所ではちゃんと食べるもん」
二人が一緒に過ごすようになって長い。ゾンビマスターは相変わらず姿を見せない。
勇者たちの軍が魔都の天然の堀である円月湾を攻略せんと攻め込んでいるからである。
「ほら。『よーぐると』を貰ってきたから食べなさいよ」「それ、すっぱい! 美味しくない! 」ぶーたれる少女を宥める裕子。首無し騎士の娘は案外面倒見が良い。
「うん。ゆうちゃんはパン焼くの上手だよね。騎士よりパン屋が良いよ。首を間違えて焼かなければ完璧」隣で勝手にヨーグルトを奪って食べている吸血鬼に祭壇の上の裕子の生首の眉が細まった。
「油断も隙も無い」
手甲つきで頭をかるく叩かれた吸血鬼の少女が半分泣きながらぶうたれる。
この吸血鬼、空間を操る能力の応用でどこでも姿を現すのだから性質が悪い。
「だいたい、朝っぱらから姿を見せるな」繰り返すが桔梗は吸血鬼である。
木漏れ日を受けて桔梗の身体の彼方此方から灰が舞う。後で掃除するのは少女である。
「大丈夫。今日はちょっと曇っているから」ぽとりと桔梗の指が落ちて灰になる。
それを慌てて拾おうとして「へっくしゅ! 」取り返しのつかないことをしてしまった少女に二人の年上の少女たちはため息。
「どどどどどどうしよう?! 桔梗さんの指がッ?! 」「……知らぬ」
首の無い乙女に泣きつく少女に吸血鬼の娘は頭を撫でて慰めようとするも。
ぼとり。手首も灰になった。
日中に吸血鬼が出歩くのは自殺行為である。
「桔梗様の指は後で再生しますから大丈夫です」
『いたの? 躯さん?! 』二人の瞳が躯に注がれる。
その躯は何処から取り出したのか大きな鍋をぐつぐつ。「鉄パンだけでは良くないのでシチューをお持ちしました。宜しければ」
三人の腕が揃ってシチューの鍋に向かうが、
一人の腕が灰になって落ち、躯の料理を台無しにした。
少女、トモは元々農奴の生まれなので灰を少し被ったシチューくらい平気だ。
裕子も農奴ではないが農村の出で、戦場で暮らしている期間が長く、この程度は支障ない。それでも二人は桔梗に真っ黒な服とお面と傘を渡した。
「いやぁ。傘忘れて大変大変」この吸血鬼、二人にちょっかいを出さない時は自室で怠惰に暮らしているので昼夜の区別がつかないらしい。
桔梗は音楽を何処からか放つ小さな箱を取り出すと、苦言を放つ躯を聞き流している。
ふと、視線を感じて振り返ると、同じ年くらいの魔族の少年と犬頭鬼の長毛種が窓からこちらを見ていることに気付いた。
「食べますか? 」思わず口をついて出た言葉に少女は軽い自己嫌悪に陥った。
ついこの間まで、恵んでもらいたくても恵まれる事すらない立場だったのにと。