手まり唄
「いちもんめのいすけさん 芋買いに走った♪ 」
吸血鬼の少女が手毬をついて遊ぶのを少女は黙って見ている。
隣の人造人間の従者が淹れてくれた魔茶は子供にはまだ早い。
農奴出身の血袋の男たちがくれた毬は出来がよく、本当によく跳ねた。
魔都は意外と清潔で住みよい街である。何より人間の街とは比べ物にならないほどいい匂いがあちこちで。反面血の臭いもする。
舌にこびりつく血の臭いと時々聞こえる断末魔は何処かで魔族の伝統的な『鋼鉄の処女』が血袋達から血を絞っているものと思われた。
時々歌を変えつつ桔梗は毬をついて遊ぶ。
「にぃはにっこうだいしょうぐう さんはさぬきのコンピラさん」
毬をつく音は城下に響き、周囲から魔族の子供たちが顔を見せる。
子供は好奇心旺盛だが、流石に吸血鬼は怖いらしい。
「よんはsinanoのゼンコージー」毬をつき、時々跳ねる毬の上を吸血鬼の少女の高く上げた足が通過する。
大きなズロースがゴシックドレスから垣間見える。
こほんと躯が主人に暗に苦言を示すが桔梗は無視。
「上手だね。桔梗ちゃん」「えへ。私はなんでもできるんだよ」
勝ち誇る桔梗。何故かムキになって挑戦する裕子。
裕子はデュラハンで片手は自らの首でふさがっている。
桔梗のように左右の腕でついたり毬を足でくぐったり、ドレスの中に毬を飛ばして股で挟んで隠したり、ジャグリングを行うなどの決め技に欠ける。
桔梗が背中にひょいっと毬を止めてニコリ。
遠巻きに見ていた魔族の子供たちが遠慮しがちに拍手をする。
ころりと転がる毬は前かがみの桔梗の背中を転がり、うなじにかかって跳ね上がる。桔梗が首の力で跳ねあげたのだ。桔梗の控えめな胸の上で静止する毬。それはころりと桔梗の鎖骨を通って彼女の肩からまた空に跳ね上がる。
吸血鬼の身体能力を侮ってはいけない。肩を少し動かす必要すら彼女にはない。
歓声を上げる子供たちと悔しそうな裕子。拍手する少女に親指を立てて見せる桔梗はそのまま額で毬を受ける。額からこぼれた毬は桔梗の膝の上で跳ね、また彼女の白い掌の元で生き物のように跳ね、彼女の足のつま先にかかったかと思うと頭上を越えてまた彼女の背に。バックヒールで蹴りあげた毬は再び地面と彼女の手の間を踊りだす。
桔梗の戯れを視界の隅におさめながら少女はコイビトのように優しく、両親より厳しく彼女を守ってくれた師匠である騎士を思い出していた。
「これだけ心願かけたなら あの子の病も治るだろう
ごうごうごうと鳴るきしゃは かのことあのこのべつきしゃ」
桔梗の歌と戯れは少女のように大事なものを失っていく子供たちの耳と瞳に吸い込まれていく。
剣を取り見回りを行っていた水魔将は子供たちの声に耳を傾けそして目を見開く。
日本を思い出し、思わず足を止めた彼女の前で小柄な吸血鬼の少女が手毬歌を歌い、毬を手に遊んでいる。
路地の奥で懐かしい日本の歌を歌いながら毬をつく娘から逃げるように去る由紀子。
もう、彼女にはウンディーネもいない。ノームもいない。ガイアもいない。デュラハンも、そしてゾンビマスターもそばにいない。
少女たちと子供たちの歌だけが彼女の耳朶にいつまでも残っていた。
二度と逢えない汽車の窓 鳴いて血を吐くほととぎす