夢なんてありません
『人権』
少女はその書物を苦労して読み解いていた。
「馬鹿らしい妄言だな」裕子はそれを一瞥するとぽいと少女に投げてよこす。
風を切って走る謎の乗り物は乗り心地が凄くいい。伝説の雲の乗り物みたいだ。
「ジンケンがあるなら吸血鬼権もあるよね! ゆうちゃんの血は不味そうだけど……ともちんちょっといい? 一口だけ」「嫌です」
速攻で断られ、しょげる桔梗は片手ハンドルで謎の乗り物を操縦している。勿論前方不注意。
躯が「前をみて運転してください。桔梗様」と苦言。
「この図が良くわからない」
少女の指摘に頷く裕子。よくわからないものが燃やされ、下から更によくわからないものが出てくる一枚絵の下手くそな模写だが。
「それは空を飛んだり、海を制圧したりする武器を溶かして人の役に立つ交通機関にしたりする絵ね」桔梗が解説をしてくれる。「これが武器? 」「異世界の武器はそんな武器よ」剣や槍しか少女は知らない。どう使うのか想像もできない。
桔梗は自らを『なんでも知っている』と称するが少女も裕子も信じていない。
「武器を捨てて平和に暮らそうってお話」「夢みたいね」「夢よ。悪夢よ」桔梗はつぶやく。たまにこの吸血鬼、子供相手に深い台詞を吐く。
「でも素敵な悪夢でしょ。私は嫌いになりきれないの」
「人は皆生きているという意味では平等という話ですか。私には受け入れられませんが」
桔梗の言葉に続ける躯。元々農奴の少女もこの本に書かれた話は妄言に感じなくもない。
「誰もが平等で夢を追うなら、皆が御互いの夢を潰しあうのではないか」と裕子が呟く。
「それはないんじゃない。ゆうこちゃん」少女が反論する。
風を頬に受け、かすかな振動を感じながら少女はつぶやいた。
「私には夢なんてありませんから」この戦乱と絶望の世界に夢などない。
それは背後を振り返ればすぐにわかる事実だ。いや、目の前すら。