竜族の村
絶対防衛圏陥落によって全滅した筈の魔王軍第四軍団の生き残りたちは。
「俺たち、何やっているんでしょうね」「さぁ」
素朴で古めかしい楽器の音に質素ながらも丁寧に下処理された料理の数々。
ふわりふわりと頬に触れる風に乗って精霊たちが声なき歌を謳い、魔族には馴染みの血の香りは何処かで生き物を〆ているのだろう。
若い青年は年輩の兵士に再度呟いた。「俺たち、何やっているんでしょうね」「黙ってろッ?! 」
彼らは結婚式をしていた。なぜに結婚式。
「まぁ確かにモテない男だったけど」「言うな。泣きたくなる」
魔族は寿命が長く容姿に変化がほとんどない。
結果的に女性が男性に求める条件は海より広く山より高いものになる。
人間と違って子供が産まれる年齢で無くなる前に結婚しろという同調圧力があるわけでもなく、体格差や能力差も無いと言っていいからだ。
そーいうわけで、容姿に優れているはずの魔族男性の殆どはやもめ暮らしが多い。数百年やもめ暮らしでもそれほど異常に思われない。
そもそも戦いを是とする魔族は家庭に関心を持つ男が少ないのだ。だからと言ってモテたいという気持ちとは別枠である。
「確かに可愛い嫁は欲しいと思っていた」「ちょっと淑やかで家庭的な子なら更にいいと思っていた」
魔族男性は子供は好きだが家庭の雑務はほとんど女や地域に丸投げだ。基本的に戦い戦いでガサツなのだ。
ぶっちゃけこれでは働く女性側にメリットが無い。これでは男は結婚できない。
何度も何度も言うが魔族女性は有能なのである。身体能力もさほど変わらず魔法の能力は男性のそれを凌ぐ個体が多勢を占める。もとより女性しかいない種族までいる。
ぶっちゃけ、男がいなくても生活に問題はない。いないほうが気楽だったりする。
細かい刺繍の施された赤い衣装。ボロボロの戦闘服や鎧に代わって彼らに与えられた、もとい無理やり着替えさせられたそれは竜族の眷族の結婚衣装だ。
「ニンフの嫁が欲しかった」「俺はリャナンシーの嫁にあこがれた」「取り殺されるぞ」ひそひそ話が漏れていたようだ。
「勇士様方はわたくしどもでは不満と申すのですか」ぶうと膨れる可愛らしい女性だが話を聞くに彼らより年上らしい。
「いえいえ。とんでもございません」首を振って否定する男ども。
竜族と言っても正確な意味での『竜』である個体は少ない。
多くは自由を求めて魔族領に逃げ込んだ人間であったり魔族の中でも奔放な種族だったりする。エルフやドワーフもいる。
ある程度は竜族の血筋を引いているが純粋な竜と言うモノは生殖はしないらしい。
「竜って卵で生まれるっていうけど」「『卵』は勝手に沸くらしい」
「じゃ、この女共はなんなんだろう」「知らん……」
彼らにとって重要なことは半壊した竜族の村々は男手を欲していること、
一刻も早く魔都に戻り、魔都を救うには半壊した竜族を味方につけねばならぬことであった。
「まさか竜族の嫁とか」「俺、一〇年生きれる気がしない」ため息をつくモテない男ども。その隣には絶世の美女たちがいるというのに彼らの表情は晴れない。
「ウンディーネ様に見られたらどうしよう」「まぁノーム様なら笑って許してくださるだろうが」「俺たち、ある意味凄い勲功しているかも」
絶対防衛圏陥落と共に命運が尽きた筈の彼らはウンディーネこと由紀子の副官、ニンフこと由美子の命がけの転移術で生死の難を逃れたが。
「素直に絶対防衛圏を死守して死んでいれば良かったかもしれない」
男たちは泣いていた。竜族の女は凄まじく嫉妬深いという。
彼らは生命の危機は脱したが人生の墓場に脚を突っ込む羽目になっていた。