温泉につかろう
「うみゅー」
ばきぼきべきばき。石のように強張っていた肌が、骨が伸びていく。というか岩なのだが。
鞭打ち一〇〇回(彼女だけチェーンウィップ)を見事に耐え、早くも回復した彼女は魔王と水魔将が兵の利用を解禁した温泉に浸かっていた。
この世界と言うかこの時代にこれほど規模の大きな温泉施設は無い。
妖精族や魔獣、神獣の憩いの場として小規模な源泉が利用されることとはあるが。
ふわふわと漂う湯気をぶおーと言う実に耳障りな音と共に鼻で吸いこんだ彼女はため息と言うにはあまりにも荒々しい息を吐く。
「温泉気持ちいい。もう出撃したくない。毎日入っていたい」魔族失格である。
三メートル近い岩肌の巨人で古の時代に神族と戦争を行い、その戦の影響で魔術や神力。理性の殆どを失ったとされる凶暴なトロール族とは言え彼女も乙女である。
可愛いものも好きだし、甘いものも好きだ。生肉や生き血だって嫌いじゃない。最後はやっぱり魔族だ。
でっぷりと彼女の身体を取り巻く分厚い皮膚は岩の肌で覆われ、天然の装甲として機能する。前線部隊なのだから彼女のような人材は実に頼りになる。
事実、彼女が救ってきた兵や捕虜は多い。その職務の重要さ故に癒着を防ぐよう赤十字軍への付け届けは禁止されているが『血まみれ悪魔』と呼ばれ敵味方から恐れられている。彼女としては別段命を奪うつもりは全くないのだが。
むしろ邪魔者をブン投げているだけである。職務熱心のあまり周りが見えていないタイプだ。
トロールといえば好戦的で暴力的、知性の欠片もないとニンゲンたちは認識しているが歴史的文化的な背景でそうなっただけで、高度な教育を受ければ彼女のように育つこともある。育てた当事者が腐女子(ぼーいずらぶ好き)なニンフだっただけで。
ちなみに義母と同僚の鬼族の娘はいまだダウンしている。鞭打ち一〇〇回はかなり痛い。
「お隣いいですか」「ええ」
彼女は結構気さくな人物だが、外見で恐れる者は多い。
魔族同士でそうなのだから人間なんて見ただけで刃を向けてくる。
しかし人が振るう剣如きでトロールの肌は貫けないし、
貫いたところで再生能力を持つ彼女を倒すには至らない。
隣にちゃぽんと浸かり、「おふろにまいにち入れるなんて贅沢ですね」とつぶやく血袋の子供にちょっと食欲を感じながら応じる。
「そうですね。ずっとここに浸かっていたいです」「そうですか。自分で解禁して何ですけど、皆さん喜ばれているようでよかったのです」
彼女はその起伏のない体型の血袋の子供をじろじろ。
その視線に気づいたのか、子供は振り返り、不思議そうな瞳で彼女を見返す。
ニコリと笑う子供。思わずほほえみ返す彼女。
あちらでは血袋の少女を連れた首無し騎士の娘が走り回る少女を追って転び周囲の笑いを取っている。
向うでは吸血鬼の少女と人造人間の娘の周りに『一定の距離をおいて』人だかり。
近くではドロドロに汚れた血袋の娘たちがはじめての温泉につま先を漬けて
悲鳴と言うか嬌声をあげている。
「いつも前線で多くの命を救っていただき、感謝しています」「あ。ああ。えーっと」誰だったっけ。
いや、みたことある。確かこの間戦場で。
思考停止して呆然としている彼女を置いてその子供。
否、水魔将は布を体に巻き付けて去って行った。
「水魔将様にタメ口聞いちゃったよ」「良いじゃないですか。義娘の助けになってくださいね」
いつのまにか後ろで温泉に浸かっていた女性。
ニンゲンと比べれば大柄な美女はそう言ってほほ笑む。
緑を少し含む金色の髪。豊かというには可也大きな胸に良く引き締まりつつもゆったりと肉のついた細い腰つき。程よく手足についた筋肉の筋。
「がいっ?! あっ?! 様?!! 」「あらあら。まぁまぁ」
湯あたりを起こしてぶっ倒れた岩巨人の娘を抱き起し、上位巨人族ガイアは楽しそうに担いで運び出す。さすが上位巨人。怪力である。
「由紀子ちゃーん。もうちょっと浸からないと風邪を引きますよ~♪ 」
ガイアは岩巨人を抱えたまま義娘を追った。
ガイアの過保護は相変わらず。らしい。