戦闘魔導訓練『キュウギ』
「もう少し誰もが参加できる穏やかな芸は無いのですか。由紀子様」
ゾンビマスターが恐怖しながら問い、由紀子が返答する。
「庭球(※テニス)とか、排球(※バレー)とかもあります」
由紀子は多大な誤解を受けているであろう魔族三名の為に至極親切丁寧にその競技を説明したのだが。
魔族三人の頭の中で展開されるテニス。
血袋から死ぬまで血を搾り取る器具である『鋼鉄の処女』を小わきに抱え持つ上位巨人族と単眼鬼が敵の血肉を吹き飛ばしながら魔法の弾丸を打ちあい、あるいは打ち返す豪快かつ高度な魔力を必要とする戦闘魔導訓練。
魔族三人の頭の中で展開されるバレー。
『東洋の魔女』を称するダークエルフの乙女たちが切り取った生首を敵陣に投げ込み、あるいは『回天れしーぶ(※ 誤字にあらず)』なる技で弾き、
一人時間差攻撃や時間差攻撃などの連携技や個人技を駆使して敵を翻弄。
最終的には『東方台風』なる強力な戦術級範囲制圧魔法で圧倒する戦闘魔導訓練。
絶 対 違 う 。
この世界では魔導士は生来の資質を必要とする。
魔水晶を額に埋め込み、杖を持つことでも対応できるが一般的ではない。
「私は魔法は得意だが、そのまま魔弾を支配して打ち返すほどではないな」デュラハンが呟く。彼の鎧はある程度の魔導無効化の効果がある。逆を言えば魔法を打ち返すような小細工より魔導抵抗の能力を上げたほうが効率良く仲間を守れる。
「私は『不思議な踊り』で魔力を奪えるが、魔法自体は苦手だな」沈めた船、過去に沈んだ船を乗組員ごと甦らせる力。剣や指揮能力、人望がゾンビマスターの真価である。
「だらしないの。二人とも。少しは自己を鍛えなさい。芸なんて身につけている暇があるなら」ウンディーネの台詞はごもっとも。
「(とはいえ、誰でも参加可能な訓練を導入することは我が軍団にも必要なことね)」
ウンディーネは口で言う内容とは別の事も考えている。彼女が優れた将である証だ。
土魔将が行っている『タイイク』だか『ハイイク』だか言う訓練は確実に穴掘り第四軍団を強化していると聞く。こちらの間諜の能力を持ってもなかなか把握できないが。
ウンディーネ自身も神族とは名ばかりの貧弱なニンフ族の出身だ。訓練の重要さはある意味人間よりも理解している。精鋭のみに訓練させても精鋭を疲労させるだけだということも解っている。
軍団全体の底上げをせねばならない。
彼女の軍は確かに最強と呼ばれているが陸上では動きの鈍る水棲魔族と太陽に弱い死族が大半を占める。
人間を倒すには陸戦部隊に力を入れねば占領もままならない。死族は占領に向かない。見た目も臭いも。
占領領地運営に置いてはノームに勝る将はいない。人材も豊富だ。
「でも。おどうちゃんが言ってたけど、日本は娯楽を不謹慎だって言ってラジオを制限していたけど、アメリカは毎日『野球』をやっていてラジオで放映していて、それで通信の技術に差をつけられたのも戦争に負けた理由の一つとかなんとか」
この言葉を聞いて水魔将以下三名の心に火がついた。
人間ごときに負けてなるモノかと。
「採用するッ その『キュウギ』とやらを我らもやるのだ」「委細承知しました。ウンディーネ様」「魔王様の御為に! 」
「「「タイイクだかハイイクごときで第一軍団の地位は揺るがんぞッ 」」」
「(なにか間違っていませんか。というかうちの義父の悪口は言わないでほしいのですが)」
由紀子は心の中でそう呟いたがノームを正面切って『義父』と呼べない自分を自覚しているので慎んだ。
色々間違っている。むしろ多大に誤解している節があるが、
こうして魔王軍第一軍団首脳は軍事訓練『キュウギ』の導入を決定したのである。
由紀子。訂正しろ。絶対こいつら何か誤解している。