いい加減にしてください
「ストライキを決行します」
由紀子は魔王ディーヌスレイトに言い放った。
「職務放棄は斬首だ」「存じております」
睨み合う魔王と魔将。殺気が飛び交う。
「わかった。一〇〇〇〇〇〇〇〇〇モフモフを削減する」何の話をしているのだ。貴様ら。
威厳たっぷりに呟く魔王だが、長い尖った耳をだらしなく垂らしていじけているのが丸わかりだった。
暗闇の中二人の娘は魔茶を啜りつつ、真剣に言葉を交わす。
官能的な香りを放つ魔茶だが二人の娘には残念な事に恋人がいない。
「状況は芳しくないな」「ええ。絶対防衛圏に敵軍は達しようとしています」
「第四軍団に構築を命じた魔竜山脈陣地は竜族の妨害で未完成だったからな」「義父を誉めるようですがあの陣地は未完成だったにも関わらず奪回難しく」
「勇者共め。防衛圏に攻め入るつもりか」「防衛圏の城下を抜けられるとあとは一気に魔都ですね」「ああ」
ぼうっと炎が虚空に膨らみ、由紀子は黒い机の上に大きな図面を広げてみせた。
図面から三次元映像が浮かび上がり、由紀子の解説と共に動き出す。
義父から『死ぬほど魔導の才能が無い』と断言された彼女だが『今の彼女』なら魔道具程度なら扱える。
「これが絶対防衛圏です」「たった三年足らずでここまで増築できるとは思わなかったがな」「四天王の協力体制、血袋たちの協力、赤十字軍、福利厚生、ボーナス制度などの成果ですね」
星型を思わせる波打った城壁と複数の土塁、塹壕で構築されたこの世界から見れば珍妙な構造の建物が描かれている。
「既存の城壁は垂直な月光石を用いた耐魔法防護と物理防護を持っていましたが現在はほとんどタダの土と石ころです」「ふむ」
由紀子は丁寧に魔王に説明していく。「この斜面を持つ城壁は土塁を補充することで何度もの猛攻を防ぎます。同時に土塁が崩れることで敵の侵入を防ぎます」
「特徴的なこの波うち上の壁は射線を集中させる効果があるそうだな」
魔王の細く繊細で長い指が差す先は由紀子の言う星型城壁である。
「敵から見た我々は周囲を囲む形になり、敵の逆襲は広がる形になります」「有用だが」「月光石は資材として限りがありますが、土や石ころならば魔導で補えます」
「相変わらずノームの設計は素晴らしいな」「義父も喜ぶでしょう」
由紀子としては三年前にちょっと話した城の話がこうなっていたなど思わない。墨俣一夜城かという勢いでノームはノーム砦を増築してみせたのだから。
『土で出来た城? 石ではないのか』と愛想よく聞いたノームの瞳は今思えば鋭い目であった。
加えて経済効果も高めてしまった。魔都の人々は大いに潤ったらしい。
「この土塁と塹壕なる落とし穴兼隠れ道は」「鉄の盾より柔らかい土を盛りるほうが安く、そして強固です。
騎馬移動に対してに落とし穴を用いて妨害する効果があります」
「また、塹壕と塹壕の間には地下通路を設け、孤立を防ぎます」「上出来だな」
魔王はため息をつく。この三年で穴掘り第四軍団と揶揄された者達がここまで力をつけたのは予想外だった。
「魔都の新型防御陣も完成間近です」「ノームは実によくやってくれる」
「火のの食料援助、風のの情報伝達あっての成果です。私たち義親子のみの力ではありません」「相変わらずだな。由紀子は」
その名前は捨てましたと呟く水魔将に魔王は微笑む。
「ところで、コレはなんとかならんのか」「私も嫌ですから」
魔王が取り出した水晶球には「ゆうちゃんとは口きかない」と書かれた子供の文字が踊る札。その札が張られた倉庫に拳を打ち付けて叫ぶ首の無い乙女。
実に三回目の『ボールを持っている人間ごとダンクシュート』を甘受した少女は流石に歳の離れた親友に強硬手段を取ったらしい。
「ボールを持った本人ごとシュートは反則だと思います」「有効な戦術だと思うが」
自身も何度もボール代わりにブン投げられた水魔将はことのほかご立腹だった。
一方、第一軍団の有する小さな倉庫では小さな少女と首無し騎士の乙女と吸血鬼の少女の醜い争いが続いていた。
「トモッ 出てこいっ?! 」「いません」
「こんな倉庫に立てこもらなくても私の部屋であまーい日々を」「謹んで全力拒否します。桔梗さん」