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甘い涙

「んっんっ~!」「はうっ」「ああっ」

魔王軍が誇る特殊戦闘部隊の精鋭に所属する三名のうら若き乙女たちの嬌声が宿舎の寝台の上に洩れる。

特殊戦闘部隊と言うが彼女たちは武装していない。職務の邪魔であるからだ。

それなりに魔法や武術も使えるが本領は別の処にあった。


「ダメだって。絶対ばれちゃう」「大丈夫大丈夫」「もう、癖になっちゃう」


 彼らの持つ木の匙がドライフルーツを入れた潰し芋に。

「おいっしぃっ!? 」「やっぱり甘いものは最高よね」「うんうん! 」

魔王軍が誇る精鋭部隊『セキジュージグン』。

敵も味方も階級も取り敢えず区別せず、傷の具合だけを見て即座にタグつけを行って迅速に傷の処置を行うことを是とするある意味死神と恐れられる部隊である。

ちなみに、セキジュージグン所属者への賄賂は斬首となる。

この世界では捕虜交換制度が人間族との間でも慣習法として締結されているが、多くの捕虜は治癒魔法があるがゆえ、身分制度があるがゆえの非効率な治癒体制で的確な治療を受けることが出来ずに死に至っていた。

しかし異世界の知識によって設立されたセキジュージグンはその制度自体を疑われていたとは思えぬほどの活躍を見せ、今や魔軍に欠かすことのできぬ戦力へと成長しつつある。

まぁ多くの人間は魔族を殺してしまうし、多くの魔族は人間の血を絞ってこれまた殺してしまうからでもあるのだが。


「高級取りだし、名誉の前線部隊と聞いてきたら」「これってないよねぇ」


 大柄だが美しい鬼族の娘の言葉にニンフ族の娘が続ける。

「死にそうになるし、戦えないし」これまた人間の美観からみれば異様な容姿の岩巨人トロールの娘が続ける。同族の間では美少女で通っている。

「『戦わないお前らは下がれ邪魔だ』って言ってた子が速攻運び込まれてきたり」「あるある」「キッツイ薬塗っておいたけどね」「うんうん」

砂糖は高い。この時代の人間にはごちそうだ。養蜂技術もまだ未発達であり大量生産など夢のまた夢。たまに仲良くなった『子供たち』と呼ばれるエルフの変異種の者達がくれる程度である。

そういった貴重な甘味を豆に混ぜたり芋に混ぜて量を増し、ドライフルーツを盛り、

更に甘い果物は高価なので甘みは無いが水気の多めの野菜を混ぜて食する。

「しかし任地から帰ってきてのこの甘みは絶妙! 」「私物の持ち込みって一般兵は叱られるもんね」「特に食べ物は変な生き物がついてたりするからね。仕方ないよ」

しかし、甘いものは命を懸けても欲しい。彼女たち三名の意見は一致していた。

「『血』も自主的に血袋がくれないとダメっていうけど」「あ。私悶えている人の返り血舐めている」「手についただけだからな。自然だろう」役得もある。

「タグを思わずイケメンにしそうになって思いとどまる」「あるある」「あはは」

戦場で魔族から見れば人間の地位など解りはしない。強いか弱いか、『実質的な』指揮官か否かは解るが。


 そうやって南京虫の蔓延る寝台に腰掛け、甘みを楽しんでいた三人の持つ木の匙が止まった。

「ほう。私物持ち込みとはいい度胸だな」その言葉が上官ならちょっと小言で済む。彼女も甘いものが好きだからだ。

だが、彼女たち三人の目の前で腕を組み、酷薄な笑みを浮かべて簡易王冠を頭に乗せた華奢な女性は。


「で、でぃ? 」「ま、ままああああ」


 魔族式最敬礼も取れずに慌てふためき、あろうことか這いずって逃げ出そうとする三人に魔王ディーヌスレイトは内心ため息。

「『宿舎の衛生条件に問題あり』と第一軍団より連絡があったのだが」予想通りか。

女の子だからな。仕方ないな。とか心の内では思うが威厳は崩さない。

「やはり南京虫蔓延の原因は秘密の内に持ち込まれた書物ぼーいずらぶや食事についた異物だな」


 さて、どうしてくれようと思案に暮れる魔王の足元で三人娘は頭を垂れて斬首の時を待つ。

「風魔将」ぼそっと魔王が呟くと彼女たちは大いに取り乱した。

『酷薄』だの『天然せくはら男』だの『ふんどし(※正確には腰巻)』だの言われる彼。当然女官の評判は悪い。風でスカートをめくるからだ(シルフィード的には故意ではない)。

「ゆ、ゆ、許してください」「こ、殺して」「この身を穢されるくらいなら」

狼狽えた岩巨人の娘が魔王の命を聞く前に自害を遂げんと舌を噛もうとする。

誰も岩巨人を襲いはしない。安心しろ。

というか何度も何度も言うがシルフィードは意外と紳士だ。スカート捲りは故意ではない。

当時初対面の由紀子にすら『変態』とか『ふんどし』とか言われて可也傷ついたくらいだ。

複雑な心中の風魔将の登場に口元が緩むのを必死で抑える彼の創造主。

「とりあえず。だ」魔王はニヤリと笑う。

「『魔王城おもてなし掃除』を敢行する。風魔将は配備につけ」「はっ! 」

「お前たちは宿舎の掃除だ。風魔将の力を借りず、くまなく殺虫薬を撒くように」

魔王はやっぱり魔王だった。

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