番外編。何故だろう
「ゾンビマスター様」
第一軍団水軍提督ゾンビマスター。人望と人徳の人。
但し、その見た目は完全に腐っている。おまけに腰蓑と槍と石剣に胴まである仮面という前衛的な見た目である。
「ゾンビマスター様。ゾンビマスター様。……芳一さん」
『芳一』と言う名前を持つ『名有り』である彼は呆然としていた事に気が付いたようだ。目の前に幼くも美しい妻、セイレーンこと水奈子が頬を膨らませているのに気が付いて戸惑う。
「す、すまん。水奈子。我を見失っていたようだ」「そう」
無二の親友を失い、上司まで失った彼は二人きりでいるとき我を失っていることがあった。
流石にショックだったらしい。普段のゾンビマスターにはあり得ないことだ。
ゾンビマスターは気遣いの人である。
逆を言えば一時も心休まる時が無いと言える。
「しっかりしてください。第一軍団を支える将はもうゾンビマスター様お一人なのですよ」「自覚している」
新しい水魔将は海戦に疎い。第四軍団の将は本来政敵だったが義娘共々先の時に挨拶にきた。
もっとも幼い妻は第四軍団の将の妻とは何故か交友があるらしく、頻繁に何かもらってくる。
そもそも二人が結婚した経緯を考えれば由紀子とガイアは恩人である。
「そういえば」「なんだ」「セイレーンの卵ってニンゲンや他の種族には長命の霊薬とされるみたいですよ。あとすごく美味しいと思われているそうです」「そうか。我らは普段から食べているのだがな」
自らの産んだ無精卵を食べる生き物は現実世界にもいる。
夫婦は何事もなく平然とそれを平らげていた。
「この間ガイアさん。こほん。ガイア様に持っていったら喜ばれました」「そうか」
「由紀子さんには何故か不評でしたけど」「なぜだろうな」当然である。
「何故トモは我らの家に身を寄せなかったのだろう」「不思議よね」
彼の妻、水奈子は手足と耳周辺の鰭兼鰓を揺らしながら小首を傾げる。
「こちらには養女に迎える用意があったのだが」「狭い部屋ではなく、私の一族の家で住めるしね」
ゾンビマスターの周りに色鮮やかな可愛らしい魚が集う。
小首を傾げるセイレーンこと水奈子は警戒に出ていたシャチから定期報告を受けていた。
「ここは人間から見ても明るくてきれいだし、いいところだと思うけど」「だな。私も当初は戸惑ったが私室と違ってこちらの住まいも良いものだ」
つぶやくゾンビマスターを慕うように集う美しい魚たち。
って?! 食われている! ついばまれているよ! ゾンビマスター様!?
「不思議ね。ニンゲンの女の子なら海中の家なんて一度は憧れると思うんだけど」「あの子は聡いからな。もうあいつが帰ってこないことを知っているのだろう。故に少しでもあいつの残滓の残る絶対防衛圏を離れたくないのではないだろうか」「健気ね。幼い女の子なのに」
ここでゾンビマスターが人間なら涙を流すところだが生憎ここは海中である。
ここで水奈子が茶でも入れればいいのだが生憎海中である。
死族は呼吸の必要がない。水奈子もまた本来鰓呼吸であり、陸で暮らすことも出来なくはないが海中にある実家のほうが落ち着く。
夫婦は今だ未熟な将が率いる第一軍団の今後と幼い少女の身の上を心から案じていた。
海中で案じていた。
余談だがトモは人間である。
水奈子が前回のようにうっかり『水中呼吸』『水中行動』の術をかけ忘れたら酷いことになる。
ゾンビは水中でもさほど気にならないが、ニンゲンが日常生活を行うにはセイレーンの実家は過酷な環境であった。