『裕子』の私室
「ごめんね。狭い部屋で」「ううん。無理言ってごめんなさい。ゆうちゃん」
祭壇と言うには小さすぎる棚は部屋の片隅にあり、その上に乗った生首が喋る。
異常極まりない光景だが未熟なデュラハンである『裕子』は魂そのもので見たり言葉を放ったりする芸当はまだできない。
「画材、入るかな」「処分を水魔将様に頼みました。居候の身ですから」
そんなの許さないと応える生首を制する少女。
「悲しくなってきますから。良いんです」
簡素な部屋には寝台と装備を整え武具を手入れする道具しかない。
部屋の主である女デュラハンの部屋は上司同様に生活感がいまいちない部屋だった。
「今まで宿舎で雑魚寝だったからだいぶ良くなったんだけど」「そうなんですか」
「新入りの鬼族の女の子が南京虫に噛まれたって。新入りは皆噛まれるの」「ですか」
「噛まれなくなってからが一人前。私は死族だから最初から噛まれないの」「ゆうちゃん。冗談が上手くなったね」
でしょうと胸をはるデュラハン。残念な事に装甲で覆われたデュラハン族の身体のボディラインは全くわからない。見せても相手が少女では意味がないが。
「じゃ、私が教えてあげるよ」「ゆうちゃんが出来るの? 」「失礼ね」
死族って無駄に長生きだからね。
『裕子』は筆を取ると凄まじい勢いと繊細なタッチで一気に一枚の絵を描いて見せる。
「どうだ。すごいでしょう」「うん」
胸を張る『裕子』その絵柄は。
「女の子みたい。おかしい」「女の子よっ?! 」
花に包まれた人々の絵は皆幸せそうな笑みを浮かべ、
楽器をかき鳴らす戦士や農民、酒を片手に騒ぐ商人などが生き生きと描かれ。
なにより全体的に色遣いが明るく、可愛らしい。
「おっかしいの。ゆうちゃんって生真面目でこういう絵は似合わない」「髑髏を苛める女の子を描いているあなたがいう?」
祭壇の上の生首が膨れる様子に大笑いする少女。
「本当は大笑いする人を描くのは下品だっていうのよ。人間の世界ではとくにそう」「そうなの? 」
絵具ってすごく高いのよ。お金持ちしか絵描きにはなれないものと裕子。納得する少女。
少女は画材に視線を向け、言葉を紡ぐ。
絵具油の香が鼻を刺激し、カンバスを滑らかにこする筆の音が心地よい。
「画材、ゆうちゃんがもらってきたの? 」「水魔将様がもっていけって。お蔭で部屋が更に広くなったのよ」前は宿舎の一角の埃だらけの窓もない物置だったと告げる裕子に微笑む少女。
「感謝しなさい」「ふふ。そうね。大精霊様と我らがトモダチに感謝」
狭い部屋だ。寝台も硬い。二人で眠ればはみ出しかねないほど狭い。しかしそれ故に。
「これなら、悲しくないかも」寂しくないかも。
「でしょ? 私は後方支援任務だから前線には残念だけど行けないし」
魔族は最前線に行くことを名誉とする。『裕子』のような態度はむしろ自然である。
「貴女の絵は暗いわよ。もっと明るい色を使って」「私に描けるかな」「いけるいける。次はね」
少女が次に完成させた絵は何度も蘇って共に幸せと共に自殺する恋人たちを描いた絵であった。
「すごく芸術的だし、名作だけど、すごく共感を得にくい内容ね」「ですか? 」
ですよ。だって。そういって『裕子』は口をつぐんだ。
「なんでもないわ」「ゆうちゃん。親衛隊じゃなかったっけ」
「親衛隊にも後方支援任務を持つ部署が新設されたの」震える『裕子』の手はそれでも正確に一枚の絵を仕上げていく。
「補給は大事だから第四軍団との折衝や連携を重視するようになったわ」「ふうん」
「大精霊様の指示だけど」「なんか大精霊っていう感じがしないね」
「魔王様も追認していらっしゃるし、一兵卒のデュラハンには解らないわね」「ゆうちゃん、『名有り』じゃん」
『名有り』が前線に行かないなどあるのだろうか。
「あ。ここ描いていい? 」「良いわよ」
言葉少なに一枚の絵を仕上げていく二人。
その絵は思ったより手間がかかり、数度の休憩を経て日が沈み、また昇る。
時々桔梗と躯が訪れ、彼女たちも絵に手を加えていく。
完成した一枚の絵は多彩で明るい色に囲まれ、
男女の腕が握手し合う。そんな絵であった。