大精霊の御言葉
「デュラハン不在の間、不便をかけると思うが」「かまいません。私は農奴の生まれですので」
『水魔将』である少女が謝意を示す中、少女・トモは硬い表情のまま『水魔将』を見つめる。
「貴女は誰ですか。否。どうして由紀子さんが水魔将様の格好をしているのですか」「私が、私は水魔将だ」「嘘をつかないでください。貴女は由紀子さんじゃないですか」
少女が小さな身体を張って苦言を放つ中、『水魔将』は苦しげな表情をする。
「デュラハン様。いえ、勇征様は何処でしょうか」「だから移動だ」
―― ゆっこ。この子気づいているよ。本当のこと教えてあげなよ ――
謎の声にびくんと震える少女。ため息をつく水魔将。
水魔将の唇が虚空のほうを向き、苦言を放つ。
「たっちぃ。あんまりしゃべらないでよ」
――だら。そっただ(ら)こといったって(そんなこと言ったって)――
「あの? 由紀子さん? 」
虚空に向けて会話を試みる『水魔将』。
その言葉遣いは彼女の知るとぼけた口調でも魔将としての棘の生えた言葉遣いでもない。
言葉は解らないでもないが訛りが酷過ぎて意味が解らない。
どうも彼女に伝えるべき事実を伝えるべきか否かの会話であることは少女にも解った。
『ああ。この画材は無駄になったんだ』
少女は背後の勇征が注文していた画材の数々に視線をやり、また水魔将に瞳を戻した。
「その声は? あなたは? 」虚空から謎の女性の声が返事する。
―― ん? お(ん)らは ――
その言葉の続きを『水魔将』が静止する。
「だまっていてください。『たっちぃ』」
たっちぃ? 少女はつぶやく。
「あの。由紀子さん」「水魔将なのです」そうですか。素が出ていますよ。
少女は膨れながら虚空に文句をたれる女性に呆れていた。
「先ほどから不思議な声が聴こえるのですが」「??! 聴こえるのですかッ?! 」
頓狂な声が由紀子の唇から洩れた。
ええ。そういって首を縦に振る少女に目を見開き固まる『水魔将』。
「私の記憶では姿も見せず、人々に助言を授ける存在は神や悪魔や、伝説の大精霊様しか」
―― うむ。私は『大精霊』だ。こちらのゆっこ。もとい『水魔将』に加護を与える存在である。崇めて良いぞ ――
「だらっ 出鱈目抜かすなッ 」
悪態をつく水魔将を尻目に少女は恭しく膝をつく。
「大精霊様の御言葉を耳にすることが出来るなんて、幸せで御座います」
その様子を由紀子と呼ばれた『水魔将』と虚空より彼女に言葉を与える存在は不思議な沈黙で答えた。
少女は知らない。
その存在が大精霊でも神でも悪魔でもないことを。
由紀子がかつて魔王から授けられた力。
『神でも悪魔でも精霊でも一柱のみ交信しあい、その力を自在に使える能力』を盛大に無駄遣いした結果得た、とてつもなく! とてつもなく! くだらない力による『声』であることを知らない。
不幸なことに少女の誤解は盛大な尾ひれのついた風評となり、『たっちぃ』という存在は魔王軍を助ける大精霊として敵味方に怖れられることとなる。
『大精霊タッチィ』
その恐るべき実態。鳥取県由良にある小さな神社の境内で、
親友、由紀子の帰還を待つ女学生『武田彰子』に過ぎないことを魔族も人間も知らない。