花の甲子園に向けて
「で。私に相談してどうするのよ? あなたたちの芸の事なんて知らないわよ」
そういって「もっふもふもふぉ」とつぶやき、
頬を政敵である『土魔将ノーム』の義娘、由紀子の頭に埋めて至福の笑みを浮かべているのは彼ら二人の上司である。
『水魔将ウンディーネ』。
魔王親衛隊、暗黒騎士団、水軍を率いる最強の魔将である。
別名『水の魔女』。まんまだ。少しはひねれ。
魔族から見れば短い体躯に更に短い手足を振り回して暴れる娘は簡単に抵抗を押さえられ成すがまま。
「うんでーねさん。いいかげんにしてください」「もうちょっと。あと五〇〇モフは使わせてよ」「嫌ですッ 」
二人は上司の行動を華麗にスルーした。精神衛生上素晴らしい判断である。
「芸。ですか」
異世界から来た娘は彼らの知らない技術や娯楽を知っている。
本人は裁縫が好みで魔族から見れば今更な知識なのだが。
「芸と言うより、この国には野球とかは無いのですか」
少女。由紀子の台詞に魔族三人は飛びついた。
この場に彼女の義父、『土魔将ノーム』がいればダッシュして引きずって土魔将の部屋に連れ戻すところだが生憎由紀子がここにいることは極秘である。『子供たち』ですら把握していないはずだ。
「野球? 」
細く長い指を優雅に動かし、そっと唇に添えて疑問の体を成す水魔将に。
「ぼーるをうったり取ったりして、点を競うのです」簡潔に答える由紀子。
ちなみに1967年の鳥取県立由良育英高校はこの時代の田舎の学校にしては設備が整っており、海が近いにも関わらずプールがある。球技のための施設も整っている。卒業生達の寄付が充実している証拠だ。
(※ Wikipedia日本語版では1982年となっており当時の生徒の証言と矛盾します)
単位修得のためには二十五メートルプールを泳ぎ切らなければならない。手足の短い由紀子には難しい話だ。
何より鳥取の海は遠浅ではあるが、五メートル泳げば一気に潮の流れの激しい深みに嵌る。危険極まりない。
「バットか。形状を聞くに鬼族の棍棒でよいのだろうか」
「ぼーる。『火球爆裂』でよいな」
別の競技になっているッ?! てかそれナニッ?!
「トゲが無いと威力が足りない」「そうよね。ただの革の球では武器には心もとないわ。せめて爆発炎上は欲しいところね」
魔族の脳みそからは戦いと言う単語が抜けることはないらしい。
由紀子自身も野球のルールに詳しいわけではない。見物程度なら出来るが説明には至らない。
魔族三名の頭の中にある『ヤキュウ』は飛来するファイアーボールを鬼族のバットでたたき潰し、炎によって異臭を放つ敵の肉塊を場外にまで吹き飛ばして豪快に走る競技になっていた。
「目指すは甲子園なのです」「むむむ」思案する魔族三名。
水魔将以下三名の頭の中の『コーシエン』。
「(死せる勇士の永遠の戦場、喜びの野、ヴァルハラの事かしら)」「きっとそうかと」「死族の我らには無縁ですが」違う。
こんな調子では『甲子園』に行く前にゾンビマスターもデュラハンも死亡する。
既に死んでいるけど。やっぱり死族は変わっている。