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吸血鬼との食卓

――おい。しっかりしろ。傷は浅いぞ――


 誰ですか。貴女は。貴女様は。

「しっかりして。トモちん」桔梗さん。ひょっとしたらもうだめかも。

「無茶ばかりすっだら」だれ?

少女の意識は急激に闇の中から救い上げられていく。


――ほら。起きろ――


 不思議な声を聴きながら少女とデュラハンたちは目を覚ました。

上品な香りになにやら得体のしれぬ料理の匂いが舌と鼻を刺激する。

柔らかい絹のシーツは思いのほか暖かく彼らを包み、ふわふわとした枕が心地よい。

「ここは」「おっは~。デュラハン! ともちん!」

少女たちが目にしたのは裸にエプロン姿で料理にいそしむ桔梗とそれを手伝いながらも冷たい目をして主人を睨む躯(※ 同じく全裸にぶかぶかのカッターシャツのような服のみの姿)であった。


「酷いものを見た」「……」


 露骨な不愉快感を示すデュラハンに無言で同意する少女。

不機嫌な様子でシャツを着たまま下着をつけて脚にぴっちりとしたズボンを穿く躯。

「頭おかしい子」と言う羊皮紙の張り紙をデュラハンにつけられて泣く桔梗。実に酷い光景である。


「せっかくデュラハンにサービスしてあげたのに」「どんなサービスだ」


 長い脚のラインを強調するとともに美しい足首を露出させる不思議なズボンを穿く躯。主人に強要された格好だったらしい。

『躯さんまで変態じゃなくてよかった』

図らずして師弟の意見は一致していた。


 躯は無言で茶色い液体をトモとデュラハンに出してくる。

「これ以上沸かすと煮立って美味しくありませんので宜しければ」

ふわふわとした湯気。奇妙な香り。内部では泥のようなものが蠢いている。

恐る恐るそのスープに手を伸ばす少女。

ふわふわとしたゼリーもどきの白い物体に海藻が入っている。実に妙ちきりんな品だ。

「こちらはなんですか? 桔梗さん」「お米。ごはん。『おみそしる』。『こっち』では新しい食べ物だよ」

デュラハンにぶん殴られた頭を押さえつつ目につばを付け足す桔梗はそう答えた。ちなみに泣きまねは最初からデュラハンにばれている。

「先に頂いておきますが、テーブルでおめしになるならば着替えを済ませてくださいね」躯は憐みを帯びた瞳で師弟を眺めた。

トモの視線がデュラハンの胴体に吸い込まれていく。

同じく、デュラハンの心眼はトモの服装に気づいた。


『やられた』


 デュラハンとトモは必死で着替えを始める。

フリフリな服装のデュラハンなど部下に示しがつかない。

「あ~んして。あ~ん」「やめんか桔梗!」

デュラハンの首を強奪して料理を食べさせる桔梗。

無言でそれを口に含むデュラハンの首。どうやって食べた食物が消えるのか謎。

「ふふふ。デュラハンにごはんを食べさせてあげれるなんて幸せかも」「何を妄言を」

悶える桔梗に呆れるデュラハン。ちなみに鎧兜を装備中でまだ動けない。

少女ががんばって小さな身体を張って装備の手伝いをしている。


 珍妙な料理を囲って四人は食卓を囲む。

「桔梗さん。この茶色のスープイマイチです」「このゼリーは何だ? 甘くないし妙な味だな」

「ガイアじゃあるまいし、豆腐に蜜なんてかけても美味しくないと思うけどね」

二人の感想を聞き流す桔梗。手早く食事を済ませた躯が我々の世界で言うバイオリンのような楽器を取り出し、楽器の弓を取って食卓に捧げている。

カーテンから漏れる清涼な風と優しい太陽の光が心地よい。

「『キミたち』には懐かしい味だと思うけどねぇ」「?」「??」

奇妙な間が開く。桔梗は自分の前髪に軽く手を触れ瞳にかかる髪を払う。

「桔梗。食事中に髪を弄るな」「ふふ。デュラハン。私のきゅーてぃくるは完璧なのですよ? 」「ワケの解らないことを抜かすな」


『吸血鬼の桔梗にとっては穏やかな光すら有害のハズ』


 遅まきながら少女がその事実に気づき椅子の上に立って両手を振って少しでも光を阻害しようとする姿が微笑ましい。

桔梗は嬉しそうな笑みを浮かべ、デュラハンこと勇征が椅子の上に立つなと苦言を放つ。

「良い子だね。デュラハン」「否定はしない」

ナイフとフォークを華麗に使い分けて食事をするデュラハンだがこの世界ではこのような食事作法で食事を行う人間はいない。魔族もだ。

「デュラハンと出会って何年だったっけ」「一〇〇年程だな」

「ある時は宿敵。ある時は悪友。眷族にしてあげたり恋人になってあげたいなって思ったこともあったかな」「また妄言を」

懐かしそうに優しい視線をデュラハンに向ける桔梗を見ると何故か機嫌が悪くなる自分に戸惑う少女。


「次の戦場、ちゃんと帰ってきてよね」「……」

「約束できないの? 出来ないならこのままベッドに押し倒してやる」「やめんか。子供の前で」

「実は死族にも効く特製の痺れ薬を混ぜているのだけど」「『勇者』には効かない」


 ゆうしゃ? 少女が不思議そうにデュラハンを眺める。

肉体が切り分けた食べ物を自らの生首に捧げ、生首の唇が開いてそれを飲み込む。

「昔話だ」「だよね。あの頃のデュラハンって可愛かったんだよ」

覚えている? 覚えていたら凄いけどとじゃれようとする桔梗をデュラハンは邪険に扱う。

「覚えているに決まっている。故に私はもう忘れない。後は任せた」「ばか」

手早く食器を片づける桔梗たちを尻目に勇征ことデュラハンは少女を伴って桔梗の私室を出た。

デュラハンの手甲が掌を締め上げる激痛を歯噛みしてこらえる少女。

「ちゃんと帰ってきて、絵の描き方教えてくださいね。勇征様」「私は軍人だ。確約できない」

デュラハンの手が更に少女の掌を締め上げる。

遅まきながらその事実に彼は少女に謝意を示し、少女が苛立ちをぶつける。

その様子が面白いのか、通りすがりの親衛隊や炎魔将や風魔将が大笑い。


 晴れやかな空はやがて黒い雲に覆われ、永い永い雨が降り続けた。

トモと呼ばれた少女がデュラハンの私室だった部屋を去るのは後のことである。

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