魔竜山脈の魔竜たち
強い。
少女とデュラハンは本日の相手に歯噛みした。
向うは剣も魔法も使わない。試合を観戦している同じ第一軍団水軍の皆の応援。ライバルである第二、第三軍団の目の前であるにも関わらずデュラハンたちは苦戦していた。
受け取ったパスを回し、ドリブルを駆使して走り、
ゴール下で軽く飛ぶ。第一軍団副官ニンフの持つ籠に華麗なレイアップシュートを決める美青年。
鼻白むニンフに投げキスをしてみせる青年。ニンフは怒りと屈辱、そしてちょっとした乙女の羞恥に頬を赤らめてしまった。
簡単に二点を奪われたデュラハンたちは剣や馬車を駆使してボールを奪いに向かうが敵は頓着せず、今度はすっと手に持ったボールを一度下げてそれを避け、また空に舞いシュートを決める。
「完全に遊ばれている」「キセキな強さだな」
汗だくで息も切れ切れの少女と死族であり汗をかかないデュラハン族の『裕子』がぼやく。
「せめて一点は取る」デュラハンたちは円陣を組んで気合を入れなおす。
その様子を相手は微笑みもせずに眺めている。
「あれ? 」裕子からパスを受け取った少女は不思議なことに気が付いた。
相手が寄ってこない。腕を組んで眺めているだけだ。
いつものボールとちがい、今日のボールはウールで出来た代物で魔法で弾むように工夫がされていて使い勝手がいい。
代わりに子供だから走って良いなどということも言われない。
前回『子供たち』をお互いの軍が採用して試合にならなかったからである。
エルフの変異種である『子供たち』は異常な身体能力を持っている。普通にあり得ない展開の数々に観客たちから苦情が出た。
少女はゴール下に立つと、ボールを練習した通りに投げる。
ふわふわと力なく飛んだ球はそれでも狙いを外す。子供のシュートなど知れているのだ。
「いい加減にしろ」と激昂したデュラハンの一人が素手の男の一人につかみかかろうとして吹き飛ばされた。
「二人とも。今回の試合は暴力行為は辞めろと伝えた筈だ。魔竜山脈の戦士たちもだ。ここでは『ルール』に従ってもらう」
魔剣『霧雨』を手に呟く少女は更に美青年たちに告げる。
「天覧試合でふざけた行為を禁じる。確かに貴君たちの行動はルール通りだが観客が納得していない。相手も納得していない。『スポーツ』はお互いを認め、全力でやるものだろう」
少女が呟くと青年たちは肩を竦めて見せる。
「デュラハンごときに全力を出せというのかい。新しい魔将様は」
その言葉に黒い服を着た同じ軍の少年が抗議した。
怒りをあらわにするデュラハンたちと黒い服の少年の抗議に鼻で笑ってみせる少年たち。
「肯定する。但し殺し合わぬように」『水魔将』が応える。
「まったく。長老のジジイに頼まれたとはいえ、由紀子様のお遊びに付き合うのは面倒だよ」
美青年たちは各々の服の色に応じて体色が変わっていく。
びきびきと空気が割れ、硫黄の香が魔族たちの鼻を焼く。舌に感じるのは圧倒的な恐怖。
少年たちの身体は膨れ上がり、鱗が生え、目は更に鋭くなり、指には鍵爪。
背には蝙蝠を思わせる体格にしては小さな翼。唇から火や氷雪、雷電などを吐きながら少年だった者達が叫ぶ。
「魔竜山脈の魔竜に勝てると思っているのか。愚かな魔王の手下の分際で」と。
な、なんですか。
少女が脅え戸惑う中、デュラハンは少女を抱きしめ、落ち着くようにと言う。
「デュラハン様。このままでは魔王様や観客まで」危機を告げる『裕子』は歯噛みをする。
六色の魔竜に睨まれたデュラハンたちは円陣を組みつつ、剣を構えて儚い抵抗の意志を見せる。
「由紀子ッ 試合を中止しろッ 犠牲者が出るぞッ 」たまらず魔王が叫ぶ中、『ウンディーネ』はつぶやいた。
小柄な少女は平然と首を縦に振り、魔竜の挑発に返答する。
「勿論」勇敢な親衛隊たちをも恐怖で縛る魔竜の咆哮を受けてもかつての女子高生はつぶやき。応える。
「第一軍団ッ これまでの練習をおもいだせッ 気力を振り絞れッ 基本を思いだせッ 」