聖痕
「勇征様。お帰りなさい」「……」
久しぶりに姿を見せた主は機嫌が悪いらしい。
少女は先ほど描き終えた絵を後ろ手に隠し、片手で魔族式簡略礼を見せる。
直立不動で簡略礼を綺麗に決めた少女に小さな声で首の無い主人は「楽にしていい」とつぶやき、右手の自分の首を祭壇に捧げなおした。
「我は罪を手に、贖いの時まで正義を成す」「我と汝、未来と過去に正義と呪いの棘あれ」
デュラハン独自の儀式が終わると、勇征ことデュラハンは少女に向き直って呟いた。
「何を隠しているのだ」少女は小さくかぶりを振った。
こぽこぽと音を立て、薬草茶の香りが漂う中、黒い騎士は少女の絵を一瞥して呟く。
「良く描けているな」「えっ?! ありがとうございます」
「今度正式に教えてやる」「わ、わかりました。やったッ 」
勇征から放たれる殺気にギクシャクしている少女、トモを見て祭壇の首が少し笑う。トモは気づかないが。
「魔王様と勇征様に芳一さん。水奈子さんでしょ。こっちが由紀子お姉ちゃんで」
絵の解説を始める少女。子供なりに特徴を掴んであって微笑ましい。
「この戦士は」「空海さんが3Pシュートしてるのッ 」
「こっちで応援している娘だが、笑っているぞ」「水魔将様ですか? 」「やはりウンディーネ様か」「うんっ! 怖いけど大好きッ 」
笑う。か。
何やらただならぬ雰囲気を感じて黙る少女に彼は告げる。
「お前は水魔将様が微笑んでいるのを見たことがあるのだな」「うん」
首肯する少女の頭をデュラハンは初めて撫でてみせた。手甲をつけたまま。
「い、いた、痛いですッ 」「お、おう。済まぬ」
……。
……。
「次の試合、3Pシュートで火を噴くって空海さん言ってたけど」「あいつは『火炎放射』など使えない筈だったが」「火竜の子供を呼ぶとかなんとか」「反則だな」「ですねっ! 」
「水魔将様、『ヤキュウ』を捕虜にされた人が知ってると聞いてすっごく驚いていましたね」「あれの所為で二十名もの精鋭が要治療になったからな」前話のアレをどう見てどんな野球をやったんだ。水魔将。
「ゆーしゃ? の人が捕虜を誘ってやっているって」「恐ろしい実力者だな。あの男は」
??? 会った事あるのかな。少女は勇征の姿ではなく首のほうに目をやる。
生首は目を閉じ、静謐な表情を浮かべたままだ。
不愛想な騎士と少女の会話。
デュラハンこと黒騎士勇征が言葉少ななのは知っている。
しかし微妙に違和感がある。少女はつぶやく。
「空海さんは? 」「移動だ。本人希望により遠くのカイゴ施設の護衛任務が決まっている」
「水魔将様に何かあったのでしょうか」
一瞬、間が空いた。デュラハンは語る。
「『水魔将』は健在だ。気に病むな」
そう。ですか。
少女は知っている。デュラハン族。
彼らの手に下げた首から血が噴き出すときは彼らは罪を犯すときである。
彼らの下げた首の聖痕から漏れる血は叫ぶ。正義を成せと。
「もし、私の為の罪なら、それは罪じゃないと思います。かみさま」
だから、勇征様を赦してあげてください。
優しいウソまで責めないであげてください。
少女は勇征に聞こえないようにつぶやくと、
部屋に立ち込める血の臭いを無視して書き取りの勉強を再開した。