野球をやろうよ
「人数が足りないんだが」
少年はつぶやき、ウンディーネの身体をじろじろ。
確かにウンディーネは魅力的な女性だ。元々は美女揃いのニンフ族でその中でもひときわ美しい。妖艶さと清純さを併せ持つ容姿と残虐な性質と神秘的な雰囲気の双方を持っている。
しかし少年はその視線の意味を誤解して気取ってポーズを取ってみせる美貌の娘に嫌そうに首を振ってみせた。
「まさか女に野球なんて出来るわけがないし」「出来るに決まっているだろう。魔将を舐めるな」
即答で応じる女性は「如何なる敵も魔王様より賜りしこの魔剣『霧雨』で一刀両断に」と続ける。
少年、久は冷たい視線を向けた。
「ウンディーネ。お前。野球知らないだろ」「知っている。三つの陣を攻略制圧、最後に敵のべんちなる陣地にて敵将『ほーむらん』もしくは『かんとく』を討つキューギだろう」
自信満々に答える女性に少年はしばし呆然。
やがてくくくと笑いだす。
ウンディーネは膨れ面をしてみせる。
ウンディーネの水で出来た身体は元のニンフの姿であり金色の髪と神衣をまとった女神の容姿と子供じみた表情の魅力的な大人の女性になっていた。
かぐわしい香りと春の暖気、耳に心地よい声に悪戯っぽい言葉遣い。
魔将として畏れられる彼女が現在少年の前で見せる姿。
その振る舞いには残忍にして無慈悲な水の魔女としての表情はない。
少年の目の前で彼の親友の首を跳ねた女にはとても見えない。
「あ~あ。なんで野球のない世界にきちまったんだろう」「あれは恐ろしい訓練だからであろう」
「お前長嶋しらないだろう」「存じている。ヤキューにおける闘士だろう。天才だと聞いている」
「巨人軍も知らないくせに」「知っていると言っているだろうが。巨人の軍とミノタウルスの軍、白虎や竜族があいまみえる戦場であろう」「なにか違う気がする」
イマイチかみ合わない会話をする男女。
その会話の合間に人質交換などの物騒な折衝が行われる。
「もうお前でいいや。あと捕虜のヒト何人か借りるぞ」「五体満足ではなくば捕虜ではないと抜かしたのは貴様ではないのか」
「なんか勘違いしてね? 」少年は続ける。
「野球を何だと思っているんだ」「恐るべき軍事訓練だ。多数の死傷者を出しかねない。私も全力をもってあたろう」
殺す気かよ。こっちは普通の奴隷や娼婦出身者もいるんだからなとぼやく少年と魔剣『霧雨』を手に奮闘を誓う娘。
「ほら、うんで……『美樹』ッ そっちいったぞッ 」「了解したッ 」
飛んでいくボールを『霧雨』で両断するウンディーネに少年はため息。
「没収」「何故だッ?! 」「そのヒト面白いっすね。久様」「笑いごとじゃねえよ。なんでこんな冗談をかますんだ? こいつは」「私は大まじめなのだが」「嘘つけ」「ううう。久が冷たい」「お前の身体は水だろうが」
「泣いてやる」「お前に涙はないだろう」酷い扱いである。
「そっちいったぞッ 」犬頭鬼の少年が叫び、人間の老婆が腰痛に鞭をうってボールを取りによたよた走り、みてられないと近くにいた娼婦の少女がフォローに走る。
「うてうてっ 」食人鬼の青年が予告ほーむらんを宣告し、奴隷の少女がボールを投げる。
ライトで泥まみれになっている男は王族だ。彼は大笑いをしている。
私は、キューギと言う物を誤解していたのだな。
女性が呟くと少年はだから言ったのにとぼやく。
剣で球を切ろうとしたり、守備者を殴ろうとしたり、無茶苦茶すぎると。
「あんなに皆楽しそうにしている」「だろ? 野球ってのは面白いんだぜ」
「知っている。キューギは人を楽しくさせる」「そうか。魔族は野球やるんだ」
「野球ではない。ばすけっとぼーると呼ぶ」「ほう」
久と呼ばれた少年は「まさか籠球でも無茶やってないだろうな」と空恐ろしく思ったがその予測は外れていない。
「血袋の少女が皆の声援を受けて走るのだ」「ふぅん」
「野球は楽しいな。見ていても楽しい」「ほれ、点数票つけてみるか」「ふむ」
微笑む女性は小高い丘に座り、人々を嬉しそうに眺めている。
「あ~あ。ジャイアンツはどうなったんだろうなぁ」「竜族にどうやって打克つのか私も楽しみだな」「お前絶対解っていない」「失礼な。ダツサンシンオウムラヤマも解るぞ。巨人王が強いというのも魅力的だな」「……もういい」
日が暮れるまで球を追って遊ぶ御互いの捕虜たちを眺めながら、
人間の王と魔族の将は一時だけお互いの立場を忘れ、声援を送り合っていた。