空と海の間には
「そうか。水魔将様がそのようなことをおっしゃっていたのか」
動く鎧はそれだけ告げると草原の上にごろり。
「幼いお前の頭に刻んであるということは、魂に刻まれたか」首肯する少女に瘴気を放つ赤茶けた鎧は楽しそうな声をあげる。
正直、見た目と行動が伴わない。こう見えても第一軍団でも屈指の実力者なのだが。
「おお。ともちんのパンツが見え」ガツ。トモの木靴がアンデッドナイトの顔面に炸裂した。
ちかくの小さな石を抱える幼女。
「記憶よ消えなさい」「ちょ? 待てッ?! 」子供相手にふざける彼。
『裕子』の一件でもそうだが、彼は子供が好きだ。彼から見れば『裕子』もトモも子供と変わらない。
「ホントはなぁ。俺は戦士なんて向かないんだよ」
そういってコロコロ転がる鎧。瘴気で周囲の草花に迷惑がかかるので辞めてほしい。やっと芽を出したものもいるのに。
「アレだ。引退したらお前や由紀子さまが提案したという『コジイン』だか『ヨーゴシセツ』で働こうかなと」怖い。本気で怖い。間違いなく子供は泣く。だからやめてほしいとトモは思う。最近やっと慣れてきた程度であるのに。
彼を前にして「からっぽなのに動くなんてすごい」と平然としている由紀子という血袋のほうが凄いのである。
「俺に倒された敵は皆ワイトになるから人手は無限だぞ」「……」
『魂吸収』を喰らったら幼い子供や老人はたまらない。
「『空海』さんって本当に仕事する気が無いのね」「あってたまるか」
穏やかな風が吹く中、エスケープを決め込む彼と彼をデュラハンの命令で連れ戻しに来た少女は語らい合う。
「なんで死族になっちゃったの? 生死を覆すほどの妄執が無いと死族になれないってデュラハン様が言ってたよ」「うーん」
空を舞う鳥に指先を伸ばす『空海』。
しかし彼の指にとまる鳥はいない。魂を吸われるからだ。
「チェスだな。あとプレイングカードの続き」「? 」
恋人と決着がつかなかったんだ。
戦場から帰ったら決着をつけるって約束してねと続ける『空海』。
バスケットからパンを取り出し、『空海』の話を聞くトモ。
「帰ってきたら、帰る場所が無かったよ」動く鎧は告げる。
「アンデッドナイトは古戦場から離れることは出来ないのでね。彷徨って彷徨って。自分が何者か、何のために彷徨っているのか忘れた頃にデュラハン様に出会った」
すべて思い出して、自分が空っぽになった理由を知った。
そう笑うアンデッドナイトにトモは微笑む。
「さっさと帰らないと処分が待っていますよ」「おお。怖い怖い」
普通のワイトは太陽の下で日向ぼっこなどしないのだが『空海』は気にしない。
「だから『空海』。良い名前をありがとう」「光栄です」
彼は手を伸ばし、指先を閉じたり開いたりする。
「何もない空も空気を湛え、鳥が舞う。
何もない水の塊である海は命を育む。空っぽと言うのは良いものだ」
彼は胸を開いて『もやし』をトモに見せる。
「ほら、瘴気溢れる闇の中、こいつらは育っているだろう」
光を求めて、生きようとしているんだ。自分たちが育つ大地すらないこの世界で。
「死んでよかったって思うぜ。こういうのを見ると」「変なの」
ケタケタと笑うトモと嬉しそうにフルフェイスアーマーを揺らす『空海』。
「じゃ、土産を期待してなッ 」「いってらっしゃい! 」
錆の浮いた鎧は立ち上がるとトモに手を降る。
「また、シアイしたいなっ 」「うふふ。待ってます。『空海』さんの3Pシュートは絶妙ですからね」「おうよ」
かしゃん。かしゃん。
風の吹く草原の上でトモは彼の後ろ姿を見守っていた。
バスケットから風に煽られて白いナプキンが空を舞う。
太陽の光がその布を照らし、輝かせる。
「Le vent se lève, il faut tenter de vivre(いざ生きめやも風たちぬ)」振り返りもせずにその鎧はつぶやいた。
『風立ちぬ』は堀辰夫の長編小説(1938年発表)。
零戦開発者・堀越二郎のイメージと重ねられ2013年にスタジオジブリにてアニメーション映画になった。
劇中の冒頭を飾る「Le vent se lève, il faut tenter de vivre(いざ生きめやも風たちぬ)」はポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』の一節。
生きようとする覚悟と不安を風といざという言葉を踏まえて堀辰夫が訳したものとされる。
(参考文献 Wikipedia日本語版。青空文庫版『風立ちぬ』)