『人間であり続けなさい』
私の言葉を覚えておいてほしい。トモよ。
「デュラハンにはナイショだ」怖い。トモはそう思ったが怖いゆえにその女性に付き添った。
「まさかあの二人が『名有り』になるとは。お蔭でずいぶん戦力が強化された」「光栄です」
清涼な水の香りを放ちながらトモを連れ出した水魔将はつぶやく。
デュラハンになると全ての記憶を失うが魂に刻まれたことは忘れない。
勇征の教育方針により、トモは魔族や人間の古典文学の書写や朗読、創作の訓練を受けている。
簿記なども少しずつ手ほどきを受けている。いまだ間違いだらけで実用には程遠いが。
水音を発する女性はトモの小さな足の歩調に合わせてゆっくり歩く。
「お前と由紀子には本当に色々教わった。否。思い出した。感謝してもしきれない」
水魔将は振り返り、意味ありげな笑みを浮かべる。水の香がトモの鼻をつんとつく。
「故に、お前の願いを叶えてやろうと思う」「私に願いなどありません」
本当に、本当にトモには心当たりがない。魔国に生きる血袋の一人としてはそもそも生きているだけでも不思議な境遇である。
「第一軍団に四人もの『名有り』が生まれたのはキミの功績だよ♪ 」
ふざけて話すウンディーネだが普通に怖い。
心当たりが無さ過ぎて首をひねる少女に水魔将は告げる。
「血袋の件だよ。キミの同族だが」「??? 」
「今後、第一軍団でも本人の同意が無い限り原則血を絞ることを禁ずることにした」
衝撃的なことを話すウンディーネ。
魔族の習慣や文化などを真っ向から否定している。
「占領地の民の協力を更に仰ぐための措置だがね。良いだろう」「……」
「あと、ニンゲンは貧弱だからね。『ぼーる』を弾ませる程度の魔法も使えないし」
アレをボールと言っていいのか。言ってはいけないとトモは思った。
「だから、ほら見て。桔梗に頼んで羽毛の詰まったボールを作ってみたんだ」
これなら少し跳ねると微笑むウンディーネに首をひねるトモ。
「これなら、ニンゲン同士でも『キューギ』をやれないか? どうだね? 」
軍事訓練を人間たちにも行い、前線に送るつもりなのだろうか。
トモは水魔将の真意を測りかねてしまう。
「いやぁ。アレをみて熱狂した血袋……こほん。キミの同族たちから要望があってね」
あと、先日のふざけ合い。あれは面白かった。魔王様の覚えもめでたいと水魔将は告げる。
ひとしきりボールをついて遊ぶ水魔将。
石の床と試作品のボールはあまり弾まず、苦笑いする水魔将とひきつり笑いするトモに水魔将はつぶやく。
「『裕子』の話を私も聞いた。だが私の見解は少し異なる。もし機会があれば由紀子にも伝えてほしい」
水魔将はトモに向けてパスを飛ばす。
「差別主義者? と言うのかな。由紀子の世界では。
それは優しいヒトでなければならない。
何故ならちっぽけな自分を守るので精一杯だからだ。
ちっぽけな自分を。仲間を守るために剣を振るい、それ以外はすべて殺しても構わないと思うことは」私は正しいと思う。否定しない。出来ないと水魔将はつぶやく。
「そうでなければヒトは生きられない。戦えない。魔族も人間もね」
水魔将のパスを返す少女にウンディーネは告げる。
「キミは正しく『勇敢』な人間だよ。故に私はキミに言う」
無言で頷く少女に水魔将は呟く。
「『人間であり続けなさい』。それが私の最後の言葉」