首無し騎士(デュラハン)
「『金の髪』ヲ持つ女神ハオッシャッタ……」
やっとデュラハンの部屋に戻ってきたトモは読み書きの練習中。
少女の普段控えめの声は徐々に大きめになっていく。
普段の暗い表情もまた桔梗から譲られた可愛らしい服も相まって緩み気味。
水魔将が「デュラハンは留守だからしばらくウチにいなよ」とか言ってきたのではあるが首を左右に振って返答とした。
デュラハンは教育熱心である。読み書きと簡単な暗算を現在仕込まれている。
そうやって魔族、人間の古典文学を朗読していると彼女の元に訪問者が訪れた。
鎧がこすれる音。赤茶けた錆の香り。
びりびりと肌を震わせる黒い燐光。その鎧からは闇が溢れ、二つの赤い光をもって瞳とする動く鎧。
「あ。アンデッドナイトさん。主人は不在ですけど」「ああ。存じている」
実力だけなら勇征に迫る彼は「将なんて嫌だ」との一言でいまだ一兵卒だ。魔族に多いタイプである。
ニンフから貰った薔薇茶の香りを思い出し魔導茶具の火を止めるトモ。
「むー。お茶を出して宜しいでしょうか」「俺は茶を飲めないのだが」そうでした。ごめんなさい。謝るトモに「いやいや。デュラハンの名付け親に頭を下げられては困る」と答える彼。
「それより、会ってほしい娘がいる。入ってこい」「貴様に命令されるいわれはない」
立場的には平等だが魔族は実力主義である。それでもその女性は同僚に悪態をついてみせた。
「あっ?! あのときのデュラハンさんッ?! 」
トモが嬉しそうに駆け寄るのを見て内心ほほえむ(彼に表情はない)アンデッドナイトと冴えない表情の娘。
と、いってもその冴えない表情の顔は彼女の右手に抱かれている。
「その節は世話になった。感謝している」魔族式の敬礼をしてみせる彼女に同じくデュラハン・勇征仕込みの魔族式敬礼を見せる少女。
少女の敬礼の仕草はスパルタ式に勇征に仕込まれたものなのだが少女がやると微笑ましい。
「悪い。席をはずしてくれないか」「ああ」
鎧のすれる音と錆の香りを残してアンデッドナイトが去っていく。
「先日は本当に申し訳なかった」
頭を下げ、首を差し出す彼女にトモはひきつり笑い。
デュラハン式の作法なのだがやっぱりなじめない。
「いえ。その。『ちーむめいと』ですから」少女の言葉に「だが」とつぶやく生首。
「告白する。私は滅びの恐怖に貴様を売った。もう私には騎士の資格などない」
少女からすれば騎士だのデュラハン族のしきたりだのは今だ勉強中であり、少し理解しがたい部分もある。
「私は自分の命惜しさに親友を売った女だった。
贖罪の為、復讐の為に騎士になった」
この首はその親友の首だと彼女はつぶやく。
トモはその生首をしげしげと眺める。
薄い金色の髪。やや太めの綺麗な形の眉。
青みが少々ある薄くて形の整った唇はきゅっと結ばれ。
「綺麗なヒト」「ああ。村で一番だった」
「族が村に攻め込んできて、私だけ生き残ったのだ」
私はすべてを思い出した。女性の唇が動いた。
「無力な私に代わって族を滅ぼしたのは人間の敵であるはずの魔族の軍勢を率いる一人の男だった」
年にしてはたちに満たない首を持つデュラハンの女性はつぶやいた。
「贖罪もしくは復讐を求め、無力な私は彼に首を差し出した。
地獄の業火に焼かれる死か。罪を手に戦う騎士になるかを選択するために」