吸血鬼の生贄
「あ。動いちゃダメだよ。ともちん」「桔梗さん」
『吸血鬼になり兼ねない事態だった』と聞いて軽くパニックを起こす少女に桔梗は手元の小さな本を読み聞かせる。
「『恥じらいながらその白い肩を寄せるように少女は寝台から起き上がり、まだ幼いその細い首を差し出し』」「桔梗様。子供に官能小説を朗読するのはどうかと思います」躯の苦言に舌を出して見せる桔梗。シーツをひっかぶって顔を赤らめる少女。
「おそらくこちらの本ではないでしょうか」「あ。さすが躯」
躯が渡してきた本を見てニコリと笑う桔梗。
「躯にばれると叱られるから医学書とカバー変えたんだった」「バレバレです」
桔梗は医学書をパラパラとめくりながら少女に解説を始めた。
その間に躯は薬草茶を淹れている。出来る娘だ。
「うーん。どっから説明したらいいのやら。
簡単に説明する。私の身体の神経組織や心臓にあたる部分は『反魂樹』という植物のようなもので構成されていてね。この反魂樹の薬効は死者を蘇らせたり、生き物と無生物をくっつけたりできるの。デュラハンの処からキミを預かった時点で君は死にかけていてちょっとやそっとの魔法ではどれだけ血袋が必要かわかりかねなかったので」「桔梗様の反魂樹によって蘇生処置を行いました。煎じて香りを嗅がせましたので反魂樹が浸食することはありません」
トモはシーツを被りながら桔梗の解説を聞いたが。『????! 』な状態である。
それでも魔物にならずには済んだらしいことは理解した。
「一応言っておくと私は一般的に言われる死族じゃないぞ。鬼族だ」「『吸血鬼』と言われる由縁ですね」
桔梗と違って躯はかなり気遣いが出来る女性らしい。
「今回は苦労した。人間のままで回復しろとかデュラハンも無茶ぶりする」「吸血鬼は戦闘能力は高くても日常生活に不便する弱点が多すぎるからでしょうね」「くそ。デュラハンの癖に生意気だ。こんな可愛い子を。寄越せ」
かなり勝手なことを言う桔梗だがこれでも心配していたのである。
ちょっと友達の扱いが苦手なだけだ。悪気はないのだがトモは脅えている。
「なんか脅えている。さみしい」「子供の扱いがヘタすぎます」意外と躯は辛辣なのかもしれない。
「うう。頑張ったのにともちんに認めてもらえない」がっくりと肩を落とす桔梗に肩をすくめて返答とする躯。
「あ、あ。あの桔梗さん」「ん? 」「トモ様。まだ喋ってはいけませんよ。魂が肉体に安定するまでもう少し待ったほうが良いです」
「その、あの。躯さんも……ありがとう」
トモは感謝の言葉を素直に呟いた。
「どういたしまして。治ったらこの服とこの服とこの服を」「桔梗様。トモさんは着せ替え人形ではないのですよ」
よだれを垂らすかのように可愛らしいフリルのスカートを手に詰め寄る桔梗に躯は呆れトモは苦笑いした。
「トモダチですから」躯は主人に代わって呟いた。その笑みは意外と明るかった。