目覚めて泣いて
「目覚めたか」
死族は基本的に眠らない。活動を休止することはあるが。
それでも彼女は瞼を開き、周辺を見渡す。
魔族の娘は人間の娘と比べてやや長身だ。人間の男性とほぼ変わらない。
大柄なデュラハン族ならばそれ以上と言っていい。
「私の身体は」「容体が安定した」
同族の仲間たちの言葉に彼女は先日の屈辱を思い出す。
滅びを前に小さな子供を盾にしてしまった。しかも無力で誇りも何もない血袋の子供などに。
「済まん。ゾンビマスターは一枚上手だった」
同僚の青年はリビングメイル。もしくはアンデッドナイトと呼ばれる。
本体はがらんどうの鎧であり、怨念をもって死んだ鎧の主の悪霊がそれを動かすという死族の一族だ。
ワイトと呼ばれる死体に取りつく悪霊の一形態でもある。
なお、アンデッドナイトに倒された人間の死体は周囲の悪霊を呼び込みワイトとなる。
「茶でも飲むか。落ち着く」彼はカチャカチャとその身を動かす。
「……子供に助けられるなんて」彼女の青い唇が震えるようにつぶやく。
「子供か」「ええ」「しかし、彼女は勇気の有る子供だな。血袋には惜しい」
錆の浮いた身体に油を差し込みつつ、アンデッドナイトの青年は面頬を動かして笑う。
面頬の奥の暗闇の中の赤い点二つは彼の瞳に相当する。
「デュラハン様の覚えもめでたいそうではないか」「……」
そうだ。人間ごときに。そう思うと悔しい。
「聞いてくれ。私は人間だった頃の記憶を取り戻したのだ」「ほう? 『名前』が必要だな」
「私は、あのときも無力で、……友を失った」「そうか」
「私のこの首、今喋っているこの首は。友のものだったよ」「ふむ」
「ああ。お前の身体はまだ回復しきっていない。飲ませてやる」
アンデッドナイトは小さな吸い飲みを取り出し彼女の唇にそれを注ぐが。
「ぶばっ!?? なんだこれはっ?!!!!!!! 」「俺の身体の中で育てたモヤシ茶だ」「何を飲ませるのだッ?! 何をッ?! 」
「その調子なら回復も早かろう」くっくと彼は彼女をからかう。
アンデッドナイトの青年は胸当てを外す。
彼の鎧の中の漆黒の空間の中いっぱいに白く少し透けた植物が生育していた。
「なんでもダイズとかいう新しい農作物を暗闇で育てると栄養価の高い芽が育つらしいのだ」「だからといって何故体の中で育てる?! 」やっぱり死族は変わっている。
「うむ。ガイア殿に頼まれてな。少し小遣いも」「貴様穴掘り第四軍団と密通しているのかっ?! 恥を知れッ 」
キャンキャンと騒ぐ彼女に両手を広げて呆れて見せるアンデッドナイト。
「密通者めっ?! 私の身体に手を触れるなよッ 」「触れてもなぁ。こんな身だぞ? 抱いたりは出来んぞ? 」さらにアンデッドナイトは彼女を刺激する。
彼は首無し馬車を召還する能力はないが、前述した能力で無限に自らの従者を増やすことが可能だ。若いが実力は高くその気になれば魔将も狙えるであろう。
「ガイア殿は腐敗と生育を司るのを知っているか」「ああ」
「彼女の娘に頼まれてな。このダイズとやらが育つなら食糧事情が大幅に改善するらしいのだが」「ほう」
「この国では土が合わぬらしく、ノーム殿とガイア殿が私の『闇』が必要だと」
彼女には呼吸の必要が無い。しかしため息をつきたいと思った。
「どうして親衛隊でありながら第四軍団のスパイをやるのだ」「スパイ? これは由紀子殿から頼まれた案件だぞ」
あのノームの養女は所属軍団を考えずに色々頼んでくるという噂を小耳にはさんでいた彼女は納得した。
「何でもこのモヤシに合う土をガイア殿とノーム殿が開発すれば、占領地における我らの優位は確定するも同然だと」「第四軍団を利してどうする」
しかし我らの主は内政はアレだぞ? アンデッドナイトが呟くと彼女も苦笑い。
彼女たちの上司は厳しく公正。占領地においての評価は悪くはないが良いとも言い難い。治安維持には定評があるが娯楽が無いと言われるのだ。生真面目なデュラハンらしい。
「ウンディーネ様と由紀子殿は親友の間柄らしいからな」「聞いている」
味方からも『戦いと殺戮さえあればなんでもいい女』と恐れ敬われるウンディーネだがどういうわけか政敵・ノームが飼っている血袋の小娘に執心らしい。
「殺して血袋にする機会をうかがっているのではないか」「かもな」下っ端の彼女らには上の連中の意図など解らない。
ふわふわと『モヤシ』を茹でる湯気が立つ中、ぼつぼつと彼女は語りだす。
錆の浮いた面頬を動かさず、カチャカチャと音を立てながら作業をする彼は聞いていないふりをしてくれる。
「私のこの首は親友の首だった。私は無力で臆病な自分を変えたくてデュラハンになったのに」「そういうこともあるな。俺は自分自身が虚無と知った」
だが。
「虚無でも臆病でも良いではないか。それ故にこういうことが出来る」
がらんどうの胴をあけて『あずきもやし』なる新作物を取り出してくる同僚に呆れる彼女。やっぱり死族はちょっと変わっている。
「『ダイズなる植物がどれか確定するまでに色々試しに育てたあるふぁるふぁもやし』なるものも」「……いらん」