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おはよう。キミ

 罵る声が聴こえる。

細い体には重い荷物を持つ力はない。

痩せ細った身体に奴隷商人もかぶりを振った。


 腐った腕が、骨だけの爪が彼女の身体を引き裂き、耳をひっつかんで引きはがす。

激痛に悶える彼女の身体を腐った死体たちが引き裂いていく。

「だめっ 絶対……守ってあげる」「やめろっ 私は騎士だッ 守ることはあっても守られる理由はないッ 」あ。

彼女は記憶の中にいた。ああ。死んだんだ。私。


 優しい手が差し伸べられる。

お母さん。ごめんね。思いのほか早くいけそう。

目を開く。何かしなければ。そうだ。

「魔王様。激love」女性が微笑む。自分も笑えただろうか。歯が折れて鼻も折れているからそう見えないかも。


 歓声が聞こえる。

自分をほめたたえる魔族の、人間の声。

勇敢で優しい少女を讃えよ。魔王の言葉に。魔将ウンディーネの優しい腕。

ああ。これは夢だ。蔑まれてのけものにされて最後は血袋になってやっと誰かの役に立って死んだ私に神様がみせてくれたんだ。


「ちょっと。『此渓』。大丈夫? 」誰?

「『此渓』。トモちゃん。しっかりしなさい」あ。あなたは。

トモの意識がゆっくりと目覚めていく。引き裂く亡者の爪ではなく柔らかな絹のシーツが彼女の肌を包み、優しいローズの花の香りが彼女の舌をしびれさせる。

心地よい年上の少女の声は彼女の心臓をときめかせ、見開いた彼女の目に映った姿は。

「桔梗……さん? 」「おはよう。キミ。大活躍だったわね」


 目の前で大写しになったのは此花桔梗なる吸血鬼。彼女の『ともだち』。

こぽこぽという薬湯の出来る香りは心地よく暖かい。優雅にトモのそばから離れ、薬湯に手をかける少女。桔梗。

「落ち着いたらこの薬湯をもう一度。まだ寝ておかないとダメよ」


 すっと耳を押さえる。握りつぶされた筈の耳たぶがある。

鼻。ちゃんとある。折れていない。「あ。服は捨てたから動かないで。私にヌードを披露してくれるなら構わないけど♪ 」桔梗の楽しそうな声に思わずシーツをひっつかんで頭から被った。


 視界が白いシーツに染まる。

「み、み、みた。見たんですか」「もうバッチリ♪ 」桔梗は悪びれもせず首を縦に振っているのであろう。

「あ。ひょっとしてデュラハンのヤツに最初に見せるつもりだったとか? ごめんね~。お姉さん気がまわらなかったよ~!? 」わざとだ。ぜったいわざとだ。

羽毛のたっぷりつまった敷布の香りは甘い。

吸血鬼の体臭なので当然魅了の効果があるが幼すぎる彼女には通じない。


「出てきて出てきて~。お姉さんの素敵な服がいっぱいあるから♪ あげるよ~? デュラハンの酷いセンスなんて目じゃないよ~。ふぁしょんショーだよ~?! 」

このままでは別の意味でこの吸血鬼の玩具にされる。トモはシーツを頭から被って儚い抵抗を試みる。


 そこに助けの船が入った。

「いい加減に子供をからかうのは辞めてください。桔梗様」

「あ。むくろに怒られた。躯が苛める~」「苛めていません」


 妙なやり取りに違和感を覚えてトモはシーツから首だけ出す。

いつの間にか目の前に立っているのに気配を感じさせない不思議な女性がいる。

「カメみたい」「玄武とかもう少し敬意を表せないのですか桔梗様は」

トモに微笑む女性は全体的に細いのだが出るところは驚くほど豊かな体つき。

「あ。トモちゃんが私を貧乳と思った」「……」思っていない。あと泣き真似は辞めてほしい吸血鬼の真祖。

「標準はあるでしょう。桔梗様は。大きくてもいいことなんてないですよ」「ふむ。貧乳はステータスだ」なんだそれは。トモは思うが寝起きで頭が回らない。


「初めまして『此渓』様。私は『躯』と申します。肉の集まりの魔導生物にして死族。桔梗様の従者を」「『ともだち』だよ。躯はトモダチ」桔梗が続ける。

 慇懃に礼をしようとしていた躯と呼ばれた女性は固まっているが。

「大親友で、躯は一番だからね。その所間違えないでねッ 」桔梗が頬を膨らませる。ぎくしゃくとした動きで躯は桔梗に向き直り返答。

「はい。理解しました。桔梗様」「ホントに理解してる? 躯ってそういうところあるからね。捨てられるとか思ったでしょ」「思いました」「正直で宜しい。後で人肉ハンバーグ」恐ろしいやり取りをする。

「じゃ、私は二番以下ですね」自らを差して微笑むトモに肩を落として「ともちんが苛める」と訴える桔梗。躯は無視した。


「私って」「吸血鬼にはならずに済んだわよ」

震え声のトモに桔梗は恐ろしいことを言ってのけた。

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