勇気にその身を捧げて
「くそっ 」女性のデュラハンは孤立していた。
デュラハンは元々強力な種族である。全員が騎士としての能力を持ち武に優れ、体格に恵まれ知性があり魔導を使いこなし首無し馬車で空まで飛ぶ。騎士道に外れる悪行貴族に死の予言なる呪いを与える事すら出来る。
反してゾンビと言うのは最初から腐っていて大変見た目も臭いもよろしくない。言葉すら喋るものは少なく、低級魔導で一時的に生み出され魔導士や暗黒司祭、上位の死族の眷族になっている程度の存在だ。
ゾンビマスターはその中でも別格の存在だった。
数百年前に魔王軍を苦しめぬいた伝説の海軍提督がゾンビとして蘇った彼。
その能力も高く滅びた魔物や沈んだ船を蘇らせて自らの艦隊とすることが出来る。
そして真価は能力ではない。人徳だ。
特にその怨念と人間時代に培った意志力と人望、優れた知性は脳が腐った今でも健在だ。
「せめて、せめてパスを勇征様に」
魔族は親しい友人や恋人以外の相手に名を呼ぶことは基本的にない。
思わず思慕の念が漏れてしまったことすら彼女は気づかない。それほど状況が宜しくないのだ。
仲間たちはゾンビの内臓で出来たロープで馬車ごと縛られた。
彼女の馬車はスケルトンの特攻で馬車の軸を止められてしまい、今は徒歩の人だ。
理不尽な話だが彼女たちが召喚すれば何処にでも現れる空飛ぶ首無し馬車は車輪を止められたら飛べない。
理由は良くわからない。妖精族であると同時に死族でもあるデュラハン族の謎のひとつだ。
動けるのは年若い彼女と主であるデュラハンこと勇征その人のみ。
デュラハンこと勇征は親友であるゾンビマスター芳一と激しく剣を打ち鳴らし、一歩も動ける状態ではない。
「私はあの方の背中を追うことしかできないのか」
首の無い彼女は自らの首を抱えながら悔しさに小さく呟く。
幸いなことは彼女を取り囲むゾンビたちには知性がない事だ。
代わりにゾンビの持つ棍棒が彼女の背の装甲を激しくたたき、スケルトンの持つ剣が彼女の足を掬った。
「並び立ちたい。私はその為に黒騎士の一人になったのだ」彼女が片手で振るう剣は人間では両手でなければ持つことも適わぬ逸品。
ドワーフが鍛えた黒鉄の剣は普通の鉄より硬く重い。
その剣が振るわれるたびにゾンビやスケルトンは砕け散る。
骨が粉のようになって吹き飛び、内臓が飛び散ってなおゾンビマスターの魔力で次々と新手が呼び出される。敵はメンバー交代の必要が無いのだ。
曲がりなりにも消耗やメンバー交代の必要のあるデュラハンたちにとって唯一の泣き所である。
「ゾンビマスター。これはメンバー交代ではないのかッ 」「私の力の範囲内でやっていることだぞッ 」
勇征ことデュラハンの剣を芳一ことゾンビマスターは左手の槍でいなし、右手の石の剣を持って一歩踏み込みを入れる。
普段なら勇征のほうが動きは速い。しかしゾンビマスターは自らの内臓を捨てて軽量化を果たし、勇征の速度に並び立った。
「そもそも貴様らは空を飛ぶではないか」「ドラゴンゾンビまで出してきた貴様が言う事かっ 」
勇征様。パスを。震える腕で自らの首を差し出そうとするが、ゾンビたちはその首を狙い、奪い取らんとする。
走り出したいのに動けない。『だぶるどりぶる』という忌まわしいルールの為に。
ボール権は彼女にあるが、馬車召喚能力を封じられ大地を徒歩で歩く若いデュラハンには無限に沸き続けるゾンビたちを迎撃し続けるほどの能力はない。
加えてゾンビたちの棍棒や剣は彼女の装甲を確実に傷つけていく。
水晶は砕けるときに爆発するように砕ける。魔導強化された黒水晶のフルプレートアーマーは彼方此方が弾け飛び彼女の肌を深く傷つける。
「くそっ 離れろッ ゾンビマスター」普段は忌み嫌い、自ら使う事の無い勇者の持つ力であるはずの『勇気の雷』をゾンビマスターに叩き込むデュラハン。しかしゾンビマスターはその一撃を槍を天に投げ避雷針とすることで防ぐ。
「無駄だッ 今回は私が勝つッ 」事実、勢いに乗ったゾンビマスター率いる水軍は確実にデュラハンたち親衛隊を行動不能に陥れ、動けるのは勇征その人と今集中攻撃を受け続けている女性のデュラハンだけ。
「今回は勝たせてもらうッ この勝利を妻と魔王様にッ 」地味に愛妻家のゾンビマスター。もげろ。
身体を使って自らの首を守る女性のデュラハン。人間なら悔し涙が流れていただろう。
自らの首を奪われぬためにゾンビたちの振るう棍棒の連撃に耐える彼女の動きが鈍っていく。
「まずい。このままでは滅ぶ。止めさせろ」気づいた魔王が叫ぶ。
しかしゾンビたちには知性はない。そのマスターであるゾンビマスターはかつて勇者の力を持っていた男と激しく戦っていてそちらに気が回らない。
観客たちは今だ見たこともない『キューギ』の面白さに熱狂している。
「とめさせろッ 」
魔王が叫ぼうとしたその時、その前を小さな影が横切った。
『子供たち』よりやや大きく、動きは鈍い。
時々よたよたと年相応によろける。
その血袋の少女の顔を魔王は覚えていた。
「まさか。『此渓』?! 黒騎士の従者のトモかッ?! 」
少女は動きの鈍いゾンビの股下を潜り抜け、あるいは体の軽いスケルトンの脚をひっつかみ進む。完全にノーマークだった無力な血袋の少女の動きに対してはゾンビマスターは全く指令を与えていなかった。
『ボールを持つものを倒せ』これだけだ。
「お姉さんッ 」トモは叫ぶ。「パスをッ 私も。私も」
もうだめ。『地獄』への門が彼女を飲み込もうとする。
意識が揺らぎ、滅ばんとするデュラハンの女性はその子供の声を確かに聴いた。
「黒騎士デュラハンの。親衛隊の一人ですッ 」