乙女騎士と少女
※『名前』は公式の場では呼び合いません。
「トモッ 走れッ 」
どうしてこうなった。少女は喉から熱い息の塊を吐いた。
破裂寸前の心臓が悲鳴を上げて彼女の毛細血管の隅々に血を送る。
どくどくと流れる血は彼女の脳まで揺らし、手足の筋肉は疲労でびくびくと弾け飛びそうだし、骨はガクガクと恐怖で揺れる。
「デュラハン様ッ 」それでも必死で主人の生首を投げた。彼の胴に向けて。
しかし非力な血袋の少女の身である。
無情にもその軌道は手元とほとんど変わらぬ距離を転がる。
その首を近くにいたゾンビが蹴飛ばし、自らの生首を引っこ抜いてボールとする。
「ボール権! ゾンビマスター軍! 」
しかし、デュラハンたちも負けていない。
すばやくそのゾンビを大上段から振り下ろした大剣で両断。
「びちゃ」体液が飛び散り、砕けた骨が少女の頬にあたる。
少女の頬から血が飛び散った。
「落ち着け。まだ勝負はついていない」
悠然と大柄な首のない身体が近づく。
そしてその身体は自らの首を頭に乗せた。
「デュラハン様」「いうな」少女のツッコミを彼はスルー。
デュラハンの首は何時の間にか石に羊毛を巻き付けたものになっている。
貌の中央に由紀子に書いてもらった「へのへのもへじ」の顔が実にシュールだ。
「それより、顔に傷は不味い。貴様の顔はデュラハンになるまでは一つしかない。大事にしろ」デュラハンの回復魔法が少女に注がれる。
頷く少女だが、この世界の魔法は、魔力は『血』から生み出される。
両手をいつの間にか祈りの形にして、主人の背を眺める少女。
その視線を背に、デュラハンは颯爽と駆け出した。
「いくぞッ 」ボール権を奪ったデュラハン。
彼の召喚に応じ、彼の首無し馬車が出現する。この馬車は空を飛ぶ。
投げつけられた石交じりのボールは華麗に跳ねてデュラハン達の首無し戦車の間を行きかう。
その戦車は銀のトゲが付いており、近づくゾンビたちを粉砕していく。
「反則じゃないのか」「『だぶるどりぶる』はしていないッ! 」
確かに微動だにしていないし、バスケットボールのルールブックにも『乗り物を使ってはいけない』など書いていないはずだ。たぶん。
「ならばメンバー交代! こちらはドラゴンゾンビ君とバラモンゾンビさんだッ」それは人としてどうなのかッ ゾンビマスターッ?!
……あ。既に腐っているか。
腐敗臭を放ち、吐き気をもたらす立派な腐乱死体であるドラゴンのゾンビ。
色々と権利関係が煩そうな外見上はドラゴンの骨が飛び出す。
「シュートッ 」「魔王様激love!! 」
叫びと共に勇征たちからボールを奪ったドラゴンゾンビのかぎ爪が水魔将副官ニンフの持つ籠に迫る。
「ひっ?! 」気丈なニンフといえどこれは怖かったらしく、台から飛び降りで必死でかわした。
鍵爪は跡形もなくニンフの立っていた台を破壊し、周囲の大地を穿つ。
「反則だぞッ ニンフッ 」「ふざけないでゾンビマスター!? 殺す気ッ?! 」
「よくも先日給料を削ってくれたなッ 」「あなたの所為でしょう?! 」逆切れするニンフと逆恨みするゾンビマスター。どっちもどっちだ。
普段給料に興味を示さないゾンビマスターだが彼の妻は夫の給金の減少に煩かった。
「おい! デュラハン共ッ 貴様ら騎士道精神は何処にいった!? 」
スケルトンやゾンビたちの非難の『カタカタ』と言う歯を打ち鳴らす音。
デュラハンたちの生首は何故か観客席の血袋達が握っている。皆気絶しているが。
では、彼らの首はどうなっている? その答えは羊毛で出来た『ぼーる』にすり替わっていると答えよう。
「流石に」「ドン引き」主人の生首を抱いて感想を抱く少女の隣でまだ若い娘の生首を持った女性のデュラハンが呟く。
「正々堂々という言葉は殿方には無いのでしょうか」首の無い長身の乙女が肩をすくめ、彼女が小わきに抱えた首が不満そうに頬を膨らませるのを見て少女も微笑む。
小わきに抱えた首の位置は少しトモより高い。乙女もデュラハンらしく可也の長身である。
「ですよねぇ」「部下の不徳はわが不徳。誠に申し訳ない」部下の一人に非難されて肩をすくめるデュラハン。
乱戦で自分の首と『ぼーる』が入れ替わっていたようだ。
見れば首もボールもないデュラハンの一人が自らの首を求めてさまよっている。彷徨う鎧だ。まこと見苦しい。
やっぱり。死族は少し変わっている。