此花(このはな)桔梗(ききょう)
「デュラハンともあろうお人が幼女を部屋に連れ込んでいるなんて」
トモは主人の首を抱えながらふらふら歩く。此花と呼ばれた女性が代わりに持とうと提案したが全力で威嚇してみせたので此花も諦めた。
慰み者にするためなら歳が足りない。
血袋としては貧相。従者としては役立たずにしか見えないし。
そう続ける此花。トモはデュラハンの首を抱えながら軽く肩を落とす。
『役立たず』その言葉は彼女の胸に深く突き刺さった棘である。
非力な子供でなにも出来ず、人買いにすら捨てられてしまった。
人買いの馬車を襲った魔族たちも。
「私だけ痩せすぎで不味そうだと言われて」生き残った。
血袋になった後も役立たずの血袋の子供と言う認識は変わらず。
たらい回しの挙句魔国に連れてこられたのは幸運だったのか不幸だったのか。
「誤解だ。その子は私の従者だ」「ウソついてたのはごめんなさい。言い出せなくなって」「かまわん」
暗い回想に引きずり込まれかけた彼女の意識を凛とした声が呼び止める。
彼女はどっしりとした主人の首を強く抱きしめた。
「ふうん」楽しそうに此花が呟く。
「デュラハン。そんな子供に名前なんて付けてもらって楽しいの? 」
表情が凍る少女。口元だけ笑みを浮かべる此花。デュラハンは無言で応じる。
コツコツと石畳を歩く二人。
魔王城の都市部より離れにあったノーム砦から伸びるバルラーン絶対防衛圏の中の一室に引っ越したデュラハンの首を目的地に運ぶには子供の脚では少々辛い。いや、辛い。
人間の首と言う物は案外持ちにくい。髪を引っ張る持ち方をするにしても少女には身長が足りない。
「持ってあげるわよ」「私のお仕事。盗らないでください」睨まれて肩をすくめる此花。
華奢で小柄に見える此花は思いのほか怪力だった。
無造作に肩にのせられて戸惑う少女にウインクする此花。
「これならあなたの仕事。盗ったことにならないわよ」
「甘やかすな。此花」「うるさい。サラマンダーやシルフィードは別格としてもノームなりウンディーネなり四天王の地位を奪ってみなさいよ」「お前も同じ立場だろう」
悪態の限りなのにポンポンと楽しそうに会話をする二人の足取りは軽い。
「だって魔王様直属より自由じゃない」「お前らしいな」
デュラハンこと『勇征』がこんなに楽しそうに話す相手は限られる。親友のゾンビマスターこと『芳一』くらいだ。
「私は地位や報酬に興味はない」「奇遇ね。私もなの」キスしてあげようか。
そう此花が下から少女の手に収まった生首を見上げるので彼女は必死でデュラハンの頭を頭上に挙げた。
「おもしろい! 君は面白い! なんて『名前』? 」
ケタケタ笑う此花。なのに肩の上に乗せられている少女の体制は崩れない。
「言わなくていい」むすっとした顔立ちの『勇征』の助言を無視して少女は「トモと呼ばれています」と告げる。
「トモ? 私が聞いているのは『別の名前』」「いうな」
濡れた女性の唇が怪しく光る。何故か厳しいデュラハンの言葉に逆らい、少女は告げる。
「『此渓』です」「そう。私は『桔梗』。此花桔梗。吸血鬼よ」お互いの頬が緩む。
やがて『此渓』と名乗った少女の表情が凍っていく。
カサカサの唇からは更に血の気が引き、唾液が渇き、肌には鳥肌が立ち、耳のは『吸血鬼よ』と言う言葉がリフレインしている。
目は見開かれ、鼻からのわずかな呼吸は完全に停止した。
予想通りの反応に桔梗はにやりと笑ってみせる。
その眼の端に少しだけ涙が浮かぶ。デュラハンは見た目に反して嗅覚が鋭い。桔梗の変化に気づいているがあえて黙る。
「え? きゅうけつき? いまは昼間ですよ? 」「真祖の一族は大丈夫なのよ」
戸惑うトモ。桔梗は唇の先に人差し指を立てておどけてみせる。
そこにデュラハンの叱責が飛んだ。
「何故教えた。吸血鬼に名前を告げることは従属か友情かを意味するのだぞッ 」
「だって友達になりたいじゃん。可愛いしこの子。デュラハンもそうでしょ? 」
ケタケタと笑う桔梗とトモを責める主人になんとなくこの二人の関係を感じて凍った表情が微笑みにかわっていくトモ。
「よろしく~」肩から少女を降ろし、握手を求める少女の表情は明るく、伝説に出る恐ろしい吸血鬼とは縁遠い。
「あっ。はいっ! 」腕に抱えた主人の首はいつもの冷静さは何処へやら、キャンキャンと文句を放っている。
「ところで桔梗さん」「はい? 」
「主人の首、持っていてください。握手できません」「投げ捨てなさいそんな女心の解らないバカの首」
首を抱えた少女と女性は大笑いをした。
『すくーぷ! あの魔王軍屈指のカタブツ、デュラハン様に美少女の影!? 』
魔王城下にエルフの亜種『子供たち』の書いたチラシが張り出され、
トモとデュラハンがそれを剥がす羽目になるのは後の話である。
ちなみに噂の片割れである桔梗はまんざらでもなさそうにして大笑いしていた。