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愛情って何ですか

「それにしても節操とか貞操とか無さすぎない? お姉さん」


 マユに呆れるシズカ。すんすんと失敗を嘆くマユ。

幾らなんでも朝方から忙しいにもほどがある。

「というか、人間軍を監視する魔族兵じゃないってバレたら酷い目に遭うよ」

一応、マユは人間に投降した奴隷扱いなので魔族から見ても良い印象は持たれない。

だからこそ勇者は手元に彼らをおいている。人間にも魔族にも手をださせないために。

「だってぇ。だってぇ」いまだ愚図るマユにほとほと困り果てたシズカはずるずると勇者の天幕にマユを引きずっていく。

あの勇者なら事情を話せばかくまってくれるはずだ。魔族の全滅を願っているのは間違いないが庇護を求めるものを無下にする性分でもない。


「勇者様の匂いがする」


 くんくんと鼻をひくつかせて嬉しそうなマユにドン引きのシズカ。

勇者は不在らしく、無人の天幕の中を物色しだすマユ。止めるシズカ。

一応シズカも泥棒の真似事は数限りなく行ったし、『商売』中に客の財布を盗むことは少なからずあったが、その上がりを手にしたことはない。やり手婆や女衒がそのまま持っていったからだ。

「不在ね。少なくとも夜にはいなかったということになるわ」「ふうん」

 神聖皇帝に焚き付けられた勇者ヒサシは暗殺者となって魔王を討ちに向かったという事実を二人は知らない。故に勇者の天幕が空とは知らない。

そもそも転移魔法を自在に勇者は操るがそのような高度かつ危険な魔法を使える者はこの世界では限られている。例外としてニンフ族が死に際に放つ『奇跡』ならば解るが。

ここでマユは腕を組む。「おかしいなぁ。勇者さまの生活サイクルは把握しているんだけど」「そういう日もあるでしょう。もう」「完璧な夜這い計画を立てたのよ」完璧な夜這いって。処女なのに。

魔族の貞操観念が疑われる一言だ。

「軽蔑がますます高まるわね」「ヒドイ」

「酷いって魔族に対してだもん。全然気にならない」

 吐き捨てるシズカにマユは不思議そうだ。

マユは魔族で、人間の血肉を食べれば魔力を回復できるし脳を喰らえば経験を多少ながら奪えるがシズカの言う嫌悪は生き物としての『恐怖』ではない気がした。もっと別の何かを感じる。

 シズカはどうみても魔族に恐怖を抱いている人間の顔をしていない。

それはマユに対しての態度を見れば明らかだ。

自分より大柄で魔力を持ち、血肉を喰らって力の源とする生物としての敵である魔族を前にしても怯んでいないし、マユの人格に対して文句は言っているが魔族全体に対して偏見や恐怖を持っている人間の態度にはどうしても見えない。


 マユの瞳が小柄な少女の瞳に据えられる。

純魔族には『魅了の瞳』という計らずして他種族を魅了してしまう厄介な力があるがシズカに効いている様子は今のところないようだ。

「どうしてそんなに魔族が嫌いなのよ」「ウンディーネの仲間じゃない」

その返答はマユにはよくわからない言葉だった。


 マユはじろじろとシズカの瞳を見る。

ウンディーネは二人いる。正確には一人いた。

そして今の人々が認知している『ウンディーネ』は。

「あのお方が実は人間ってご存知?」「知っているからこそ許せないのよ!!」


 吐き捨てて黒い剣を握るシズカは勝手に助けただの色々悪態を放ち続ける。

「私もそう思ってたことがあるわよ。人間の癖に魔族の真似をしているって」「あっそ。ご勝手に」

急にツンと顔を逸らし、落ち着いた様子を見せるシズカを無視して、天幕の端に腰掛けるマユ。

「でも、あの方の奮戦を見ていたらいつの間にかそう思わなくなってたな」「魔族もほだされるわけね。どうしようもないわね」

薄暗い天幕の中、座り込むマユに噛みつくように唾を飛ばすシズカ。


「どうしてそんなにあの人の事を憎めるの? ヒサシ様にも言える事だけど」「憎いからよ! あんなに殺して殺して、勝手に私一人の命を救った!! 頼まれてもいないのにっ?!」


 激情に駆られて叫ぶシズカに対してマユの瞳はあくまで穏やかだった。

「私、勇者様が。あの方が魔族を憎み切っていると思っていない。そもそもあの方は魔族のいない世界の方だもの。きっと理由があるのだと思っている。きっと悲しいことがあったんだって」「それとウンディーネが何か?!」

マユの瞳がシズカの両の瞳を捉えた。

「憎んでいるのではなくて、貴女愛情を知らないだけなんじゃない?」

さらにマユはシズカに告げた。「だから、『憎い』としか表現できないのじゃなくて?」

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