奴隷の首輪
「クックク。これでヒサシさまの初めては貰った」
あっさりと拘束魔法でシズカを縛り上げたマユは「じゅるっ 」と涎を拭う。
この術は本来人間が使えば手足を単純に縛るだけであるが、何故かマユが使うとシズカの局部やら痛覚やら首やらを締め上げる縛り方になっていた。
亀 甲 縛 り で あ る 。
「はなせ~! はなせ~! 悪魔め~! 魔族め~!!!」「有難う。我が『妻』! キミの犠牲は忘れないぞ!」
暴れるシズカだが『影に隠れる』異能の範囲内での出来事であり、外部に声が漏れる事はない。
瞳につばをつけて泣きまねをし、可愛らしく胸に手を当て最上級の魔族式敬礼をしてみせるマユだが、人間の目には首を掻っ切る仕草に見える。
要するに『死ね』『ふぁっくゆー』な意味に見える。
「ああ。これからめくるめく愛の時間が始まる。子供は家で寝てなさいね」
淫靡な香りを放つ純魔族の娘は「産まれ出でて三〇〇年の純潔!! ここに本懐アリ!」とか叫んでいる。と言うか処女だったのか。
身体をいやらしくくねらし、何とも言えないため息をついてふと我に返ってみせる。
「いかん。妄想より実行が大事だ」一生妄想していてください。
ヒサシがいたらそういうかもしれないとシズカは思うがそれは希望的憶測だ。
魔族のおっぱいの破壊力を舐めてはいけない。
むしろ男に産まれ出でたならば全力で舐めるレベルだ。
「死ね~! 魔族はやっぱり敵だ~~!! 魔女め~! 悪魔め~!」
バタバタと暴れるシズカに「ごめんね」とおどけるマユ。
「と言うか。悪魔というか、魔族だもん」「 凄 く 納 得 し た わ 」
魂の結びつきと言うモノは想像以上に強い。
シズカは図らずしも『契約』の力を実感した。
「まぁ人間の中にはいくつもの魔族に名前を付ける変わり者も居るみたいだけど」「うん?」
「普通の人間には魂に対する負担が大きすぎるからお勧めしないわ。『妻』だから教えてあげるけど」
それよりこの全身の魔力縄による拘束はなんだ。
そういう趣味なのかとシズカは悪態をつく。
「簡単に言うと私たちと名前を教え合うということ、ましてや名前を付けるということはね」「うん」
そんな状況でも続きを促してしまうシズカ。
本質的に人が良いので人の話を聞くのも促すのも上手だ。
ある種の職業病でもある。
「相手のありようをも変える力を持っているって言うわ。俗信だと思うけど」「ふうん」
「と、言う訳でこのうっとおしい鎖は解けました!! 有難う我が『奥さん』!!」キスの雨を降らせる純魔族の娘。
拘束されながらも必死で唇や額に当たらないように回避するシズカ。
純魔族と唇や額や性器を触れ合わせると相手の精神と混ざる可能性があるという話は有名な事実だ。
いくら元娼婦とはいえ変態ではない。
変態の相手はするしそれに合わせることも出来るがこんな変態と同じになりたくない。
「奴隷の首輪って人間には絶大かもしれないけど私たちにとってはそれほどじゃないのよ。知らなかった?」
知っていたら人間軍は採用していない。
シズカはぶんぶんと首だけふる。それよりこの魔力の縄をほどけ。
「魔族は『名前を付け合う』と魂を大きく変質させるから、こういうのはあまり意味が無いわ」「へぇ」
シズカは苛々。そんな説明聞きたくない。
というか何故目的を果たしに行かない。
恨めし気に問うと魔族娘の瞳が開き、鼻息も荒く大きな胸を更に反らして彼女はシズカに告げた。
「ククク。自慢したいに決まってるじゃない!! 此の首輪の鬱憤! たまりまくってるもん!!! ああ。之から始まる情熱の夜に向けて私の情熱は高まり放題よ!!」大事なことだから二回言いました。
そう言って調子に乗りまくるマユにシズカはつぶやいた。
「でも、もうすぐ夜明けですよ」「あ。しまった。自慢しすぎた」
一転して肩を落とし、長い耳を垂らして地面の『の』の字を書き続けるマユにシズカは思った。
「この人が婚期逃した理由、解った気がする」と。