どうしてこうなったんだろう
シズカは魔将『水のウンディーネ』こと由紀子に命を助けられたのを逆恨みし、彼女を殺すべく活動をしていた。
ハズだった。
「どうしてこうなっているの?」
シズカは自問したが「静かにしてよ」魔族の娘に止められる。
シズカの目線の先には魔族娘の大きくて形の良い尻がある筈なのだが人間の彼女の視力では真っ暗闇で見えやしない。
それでも純魔族のえも知れぬ香りに頭がぼやけてしまう。
純魔族の体液は人間から見て『美味い』と言う味に感じるらしい。
加えて媚薬効果と習慣性を持っている。全身が強力な麻薬と言える。
身体の彼方此方が純魔族の娘の香りの所為で疼きだしたシズカだが。
「ああ。もうだめ。行きつく前にいっちゃいそう」何処に行くんだ。
シズカは思わず悪態をつきかけ、なんとか正気を取り戻す。
少し遡る。
ひとしきり悪態をつき続けた二人。
唐突に魔族娘がのたまうには。
「じゃ、ヒサシさまを奪っちゃおう。二人で」
シズカが口の中のものを噴いたのは言うまでもない。
「純魔族の魅了能力舐めちゃイケないわよ?!」
危ない発言をかます魔族娘。
ニンゲンとは比べ物にならないという貞淑さは何処に消えたのだろうか。
「一人で行けばいいじゃないの」シズカは冷たい。
そもそも関係ない。
魔族娘の逆夜這い計画そのものは中々腹立たしいもののシズカの目的とは関係ない。
「ああ。簡単に言うとね」魔族娘が言うに、奴隷の首輪の所為で人間の命令が無い限り主人に逆らうような行動は出来ないらしい。
「ね。ね。お願い命令して!!」「貞淑さは何処に消えたのですか。お姉さん」
両手を人間のように合わせて可愛らしくお願いしてみせる魔族娘。
低めながら整った鼻は掘りの浅い顔立ちと相まってミステリアスな美貌を持っているのだがどうにもこうにも。
元娼婦のシズカにとっては貞淑さなど物心つく前にゴミの山に突っ込んで記憶の彼方だがそれでも清純な少女の振る舞いをすることくらいは出来る。
少女娼婦と言うモノに対して客の要望は厳しい。
「貞淑さと言うのは恋の成就の為にあるのよ!!」「なんか『水のウンディーネ』に関わってからこんなヒトとばかり遭う気がする」ガックリと肩を落とすシズカ。
その発言を聞いて魔族娘の表情が少し変わったのだが闇の中で人間であるシズカに判別する術はない。
結局現在。
警備兵に見つからないように這って進む二人の娘がいた。
純魔族は『影に隠れる』力を持っていてそうそう同族以外に発見されることはない。
「名前は?」「シズカ」物憂げに答えるシズカに笑う魔族娘。
「最初はあげよう」「貞淑さ、欠片も無いですよね。ええと」「マユでイイわよ」「まゆさん?」「正式には……」ここでマユは綺麗な声で歌いだす。
おどろおどろしく、恐怖を煽りそれでいて淫靡な歌は意味を理解できぬ謎の言語。
思わず魂を奪われるような不愉快感に耳を押さえたシズカにマユが告げる。
「『ヤミヲツツムユメ』という名前なんだけど」「マユさんって呼びます」
純魔族の名前は恐ろしく長い。人間の耳には不気味な歌に聞こえる。
「ふふふ」
唐突にニヤニヤと笑いだすマユ。
勿論シズカの位置からはマユの表情は見えないのだが嫌な予感を感じるシズカ。
「魔族ではねぇ。名前を教え合うということは」「??」
「ある種の絆を産む契約を交わす意味があってねぇ」「……」
「今のは無かったことに」「魂に刻まれます。残念ですね」
だまし討ちじゃないか。シズカはマユに抗議したがマユは楽しそうにほほ笑むと「これで外せる」と言って奴隷の首輪をあっけなく外して見せた。