東方鏡霊祭EX最終話 後日談とスキマ部屋
「ここでお茶を飲むと、気分が落ち着くねえ」
そう言って湯飲みを傾け笑う縁。
「そうだね…………お婆ちゃん(笑)」
横目で縁を見ながら笑顔でそう返したボクに、縁がギロリと視線を向ける。
「…………今何か言ったかな?」
「??」
「いや、そんな不思議そうな顔されても」
「何も言ってないよ、縁」
気のせいか……と一人呟く縁を見て苦笑する。
「何かおかしい?」
笑っていたのを見られたのか、縁がそう尋ねる。
「ううん…………ただ、最近の縁はすごく人間らしいな……って」
記憶の底にある、あんな消えてしまいそうな儚い笑顔じゃない、今を楽しんで生きる生気の宿った笑顔。
それが、ボクにとっては嬉しかった。
「……………………うん、梗のお陰かな」
そう言って、いつもボクが彼女たちにするのとは逆に…………ボクの頭を撫でてくる。
「ねえ…………縁」
「何かな、梗?」
「…………ちょっとだけ、甘えても良い?」
ずっと昔、あの十日間はずっと甘えていたけれど…………思い出したら、ひどく懐かしくなって。
ふと、そんなことを口にしていた。
「…………ふふ、変わらないね、キミも」
そう言ってボクの頭を押して、自分の膝の上に乗せ…………そのままボクの頭にそっと手を置いた。
「あめーですね……空気が」
「やっぱあいつ嫌い」
そしてそれを覗く二人。
霊はその甘ったるい雰囲気に、けれど二人が親子であることを認めているので、たまにはいいか、と思う。
霊夢はその甘ったるい雰囲気に、やはり縁は敵だと再認識し、いつか倒す、と心に決める。
「っかし、珍しいじゃねーですか」
「何がよ」
「霊夢がそんなに執着する姿を見せるのは」
霊夢は別に何にも興味が無いわけでも、全てがどうでもいいわけでもない。それは霊が良く知っている。
楽しければ笑うし、疲れれば溜息の一つも吐く、嫌なことがあれば怒ることだってある。
けれど、それらの感情が一定を超えることがあまり無い。
テンションが上がり切らない、とでも言うのだろうか。心の内から出てくるほど感情が強くなりきらないのだ。
勿論本人が自制している分もあるのだろうが…………通常の人間は自制しても感情はそれを簡単に振り切ってしまう。そうして表に出てきた感情が発露してそうして初めて他人に知覚される。
けれど、霊夢はそれが出てこない…………だから他人から見れば何にも興味を持たず、何にも執着しない飄々とした性格に見えるのだ。本来の霊夢は他人が思うよりもずっと感情豊かで……けれどそれが表に出てくるほど振り切った感情、激情となることはほとんど無い。
だから珍しいと思う。
霊夢があからさまなくらいに縁に嫉妬した様子を見せるのが。
変わったのは多分、あの霊夢と縁が戦った後くらいから。
「…………まあ、梗様の親だってんですから、何が起こってもそこまで驚かねーですけどね」
蛙の子は蛙ならば、蛙の親もまた蛙に決まっているのだ。
「ところで縁…………いい加減一人称戻しても良い?」
「いいよ」
長い間使った一人称が染み付き過ぎたのか、私、と言う一人称に酷く違和感を覚えるのでそう具申すると、案外簡単に了解をもらえた。
「じゃあ、ボクは……うん、これが一番いいや、ボクはボクだ」
「…………そうだねえ、ならボクは僕にしようか」
「……いや、発音は全く同じだよ」
「いいんだよ、読者に分かれば」
「メメタァ!!!」
それは危ないよ、いやボクも昔は電波受信してたけど。
「ていうか、縁は昔の話し方に戻したら?」
「…………えー、やだよ、何年この話し方だと思ってるんだよ」
「たかが一年でしょ…………ボクが縁の記憶持ってるの忘れてないよね」
そう言うと、縁が面倒そうな表情をして、喉を二、三回、トントンと手で叩く。
「ワタシノナマエハユキシロエニシ、コンゴトモヨロシク」
「ロボットみたい」
「冗談よ。ふふ、思ってたより口調は変ってないわね」
「………………」
「あら? どうしたのかしら? 梗?」
「………………あ、いや。うん、そっちのほうが女の子っぽいと思うよ?」
まさから母親っぽくてすごく良かったなんて言え無い。さすがにそれはボクでも恥ずかしい。
「私もだけど、梗だって女の子じゃない」
「いや、だって、ボクはそういうキャラじゃないし」
「だったら私はこういう…………やっぱこれ無理。なんか恥ずかしい」
頬を紅潮させて縁が顔を手で隠す。
「恥ずかしいって、元々そんな話し方だったのに、何を今更」
「いやだってさあ、散々こっちの中性的なキャラでやってきたのに、今更女の子全開とか恥ずかしくない?」
「縁、女の子女の子したいんじゃないの?」
それはそうだけどさ、と良く分からないけれど、縁なりに想像図はあるらしいけれど、その通りになってもまた恥ずかしいらしい。
「難儀な…………」
意外と面倒な性格の縁だった。
side BB……(フルフル)スキマ
「…………しくしく」
「…………なんでいるのかしら?」
そこは真っ暗な空間だった。周囲一面闇の中、けれど空間から覗く目だけがはっきりと見える薄気味悪い場所。
そこはスキマと呼ばれる、八雲紫だけの世界。
けれど、そんな彼女の世界に今日は侵入者いた。
「…………紫」
「…………な、何よ」
少女の名を雪代縁と言い、自分だけの世界に入ってきたその侵入者の泣き顔にさしもの妖怪の賢者もたじろぐ。
「霊夢に…………お婆ちゃんって言われた」
その時、妖怪賢者に電流走る。
とそんな表現が合いそうなくらいに衝撃を受けた様子で、停止した紫。
やがて、縁の肩にそっと手を置き、何度も頷く。
言葉では言い表せぬ絆が…………二人の間にはたしかにあった。