動物王国幻想郷最終話 お祭と戸惑い…………うわ、なんか恥ずかしい。
「………………」
「何してんだ? 霊夢」
目の前の光景を信じられないような面持ちで見ている霊夢に、空から降りてきた魔理沙がそれを見て声をかける。
「うちの……神社に…………こんなに人が…………」
ざわざわといつもならあり得ないような人の賑わいに何度見ても驚愕する。
「まあ普段は閑古鳥が鳴いてるからな、私も驚いたぜ」
魔理沙自身の霊夢ほどでは無いがいつも来ているこの神社にこれほどの人がいることに驚いていた。
ただ、どこか納得していた。
「梗がやるって言ったんだから、なんとなくこうなる気はしてたぜ?」
「…………まあね」
魔理沙の言葉に、霊夢も頷く。
「祭をしようか」
朝一番の梗のその一言で全てが始まった。
ここ数日、幻想郷で異変があったらしい。
らしい、と言うのは霊夢自身が覚えてなかったからなのだが。
なんだか……すごく安心していたような、良く覚えていないが、悪いものではなかった気がする。
「で…………何よ、祭って」
「ん? だからお祭。霊夢やったことなかったっけ?」
思い出してみると、知識としては知っていたが、経験はしたことが無かったので、首を縦に振る。
「ふふ…………じゃあ、楽しめばいいよ」
所詮、神遊びさ。
そう言って笑む梗の笑顔に誤魔化され有耶無耶にここまで来たが。
「良く考えればなんのための祭なのかしらね」
一応、博麗神社の祭神は龍神様なので、普通に考えれば龍神様のための祭なのだろうが。
「その龍神様本人がノリだけで始めたような感じがあるのよね」
「思いつきで始めてこれだけ企画できるなら十分だと思うぜ?」
境内に溢れ返るような数の人。これだけの数、正月でもいない気がする。さすがに三が日の参拝客全てを合わせればこれよりは多いだろうが、それでも一日でこれだけの数が来たのは初めての経験だった。
「今回は神社は何もしないのか?」
「らしいわよ、だからしっかり遊んで来いって」
正直、何をすればいいのかさっぱりなのだが。
「いつもの宴会のノリでいいんじゃないのか?」
「ていうか……見たことも無いような食べ物もあるんだけど、これ大丈夫なの?」
たこ焼き、と書かれた屋台を見てそう呟く霊夢。
「いらっしゃーい。霊夢も食べてくかい?」
「…………は?」
そして何故か屋台を切り盛りしているのは縁だった。
「祭ってこんなのでしたか?」
「うん? 外の世界だと割りとこんなもんだよ」
「ここ幻想郷だってんですよ……?」
少し呆れた風なタマちゃんの声。と言ってもまだ着替えてる途中なので顔は見えないけど、多分半眼で呆れたような表情してるんだろう。
「まあ……梗様に関してはいつものことなのでもう驚かねーですけど」
「それはそれで寂しいね。タマちゃんの慌てた顔が可愛くて好きなのに」
「んなっ」
「まあ理解してもらえてるってことで嬉しくもあるけど」
「……………………」
「あれ? タマちゃん?」
すっかり黙してしまったタマちゃんに呼びかけてみるが、反応が無い。
「は、恥ずかしいこと言ってんじゃねえです」
最近ボクに対しても遠慮なくなってきたよね、タマちゃん。言ったあと「あ……」って顔してるけど、家族っぽくて個人的には気に入っている。
「じゃあ話題変えようか」
「縁の作ってたアレなんだってんですか?」
縁の作ってた……ああ、たこ焼きか。
「外の世界だとメジャー……じゃなくて一般的な食べ物だよ。幻想郷にはタコが無いから見かけないけど」
ていうか、幻想郷自体東日本側にあるからねえ。
たこ焼きって基本的に西の食べ物って感じだよねえ。
「けどなんでいきなり祭だってんですか?」
縁の話題は終わったらしく、別の問いを投げかけてくる。
「あーうん、なんか縁がやりたいって言うし、せっかく縁と仲直りしたからいいかなって」
まあボクの我が侭だね、と言うと。
「祭神様が祭ってる神社で祭を開くことのどこが我が侭だってんですか」
と、元巫女らしい意見をくれる。
しかしなんでいきなり祭なんだろう?
実はそのあたりボクも良く分からない。
縁の考えてることがいつも軽くぶっ飛んでいるのは常時だけど、今回は平和的過ぎて逆に分からない。
「着物着ていけ……なんてボクはいつも着てるんだけどねえ」
一億と千年くらい前にもらってからずっとつけている服。妖怪とか神とかの服って自分の一部に換算できたりするので、イメージさえあれば魔力で再現可能なんだよねえ。まあ逆に言うと、魔力無くなったらボク素っ裸なんだけど。
ただまあせっかくなので今日は別の着物着ているのだが。いつも来ている藍色を基調としたものでなく、黒い甚平みたいな……って縁、用意してくれて、しかも着ておいてなんだけど、甚平って男の服じゃないの……?
と、その時。
スゥ……と障子の開く音に意識を戻す。
タマちゃんの着替えが終わったようだ。
「じゃあ、一緒にお祭いこ………………」
ドクン、心臓が一つ鼓動を打つ。
「あ、あの…………梗様? どうだってんですか?」
いつもの巫女服から着物に着替え、少し恥らうようなその姿に。
カァ……とどうしてか顔が熱くなるのを感じて。
「え…………梗……様?」
これまでの人生で一番驚いたって顔をしたタマちゃんのその姿を見ていられなくて。
サッと…………自身の顔を手で覆った。
ドクン、ドクン、ドクン……鼓動が高鳴る。
なんで……?
意味が分からない。
冷静な思考が保てない。
ああ、こういうの知ってる。
ドキドキする……って言うんだ。
「そろそろかな?」
「はふ……はふ……何がよ、あつっ」
僕の呟きの意味を尋ねようとした霊夢が頬張ったたこ焼きの熱さに悲鳴を上げる。
「ほら水……火傷しないようにゆっくり食べなよ?」
「…………ふう、ありがと。気をつけるわ」
差し出した冷水を一気に飲み干した霊夢が礼を言う。
その隣では魔理沙が必死に熱さと格闘しながらたこ焼きを食べている。
「それで? 何がそろそろなのよ」
今に一連の流れの中でも忘れてなかったらしい霊夢の問いに、僕は笑って答える。
「梗の仕掛けが発動するころかな……ってね?」
「は?」
「ふふ…………」
僕の笑いの意味は、きっと…………梗にしか分からないだろうねえ。
そもそも今回の騒動の大本は梗に人間らしい感情を学ばせる、その一点につきる。
けれど感情と言うのは教えて分かるようなものじゃないよねえ。
だったらどうすれば学ばせることができるか…………そんなの簡単だ、実際に経験してみる、そして今までに無かった感覚に戸惑い、それに名前をつけて初めて自分の中で新しい感情に芽生えるのだ。
けれど梗の精神と言うのは、気の遠くなるような時間の中である程度完成してしまっている。
だから一度、その精神を崩す…………言うなれば情緒不安定にする必要があった。
ヘタすれば人格が崩れる恐れもあったから、なかなか実行できなかったのだけれど…………。
そこで見つけたのはあの自称紳士たち。
人間の特定の感情から生まれた彼らは、ある意味こちらにとっても好都合とも言える存在だ。
相手の心に侵入し、自身を形作る感情を揺さぶる。それが【彼】の能力だから。
と言っても、普通にやっても梗なら防いでしまいそうなので、わざわざ婉曲に進めて、霊の中に潜ませた【彼】に梗の一瞬の隙をつかせた。
随分遠回りなことをした気がするが、梗と霊両方に仕掛けようとして思いついたのがこれだっただから仕方ない。
あとは梗に祭を開かせ、いつもと違う二人を合わせれば…………潜んでいた感情が揺れ出す。
「あんたまた悪い顔してるわよ」
そんな霊夢の指摘にニィと笑う。
「出来の良すぎる子を持つと親も大変なんだよ」
「は?」
何を言ってるのだろう、と言った顔の霊夢を他所に…………二人がいるだろう神社のほうを見て。
「ま、楽しんできなよ」
そう呟いた。
なんだこれ…………それが今の心境だった。
タマちゃんが隣で座っている。そんなのいつものことのはずなのに。
普段と違うことと言えば、夜なこととタマちゃんが着物を着ていること。
その程度なのに………………なのになんで。
なんでこんなにドキドキするのだろう。
未だ火照る顔をタマちゃんから反らしつつ、思考を巡らせ……
「梗様?」
ようとして止まる。タマちゃんのたった一声に意識が一気に戻された。
「えっと…………何かな?」
「どう、ですか?」
自身の着物姿を見ながらそう尋ねてくるタマちゃんに、顔を抑えて答えを返さない、ていうか返せない。
生まれて初めて恥ずかしいって思った。
こんな感情持ったことが無い。自分自身の感情に戸惑うなんていつ以来だろうか。
だから答えを考える余裕すらなかった。
「あ、あの……梗様?」
けどタマちゃんにはそんなこと分かるはずも無くて…………じっと黙ったままのボクを不安そうに見つめて。
「す、すごく可愛いよ」
だから思わず、何も考えることなく、だからこそ正直な気持ちが出た。
なんだこれ…………それが今の霊の気持ちだった。
いつもと対した違いは無い、いつも通り自身の主であり家族である人が隣にいて、自分と一緒に座っている。
ただ…………それだけのことがどうしようも無く胸が弾む。
けれど、驚きはしたが慌てること無く、思考を冷やす。
するとなんとなく原因は分かってくる。
また縁だってんですか…………多少の呆れはあるものの、彼女は基本的に梗のために動くので多分悪いことではないのだろう、と考える。
ふと主の顔を見てみる……すると頬を紅潮させ、明らかに恥ずかしがっていた。
ゾクリ……と背筋に何かが走る。
初めて見る梗の表情に、どこか惹かれる。
可愛い。
自身が主に対して、失礼な気もするが、生まれて初めて梗に対してそんな感情を抱く。
『キミはキミのまま素直に梗に甘えればいいんだよ』
そう言った縁の言葉が思い出されると同時に、やはり確信犯だったか、と思う。
けれど、今だけは…………その言葉に従っておこう。
そっと梗の肩に寄りかかる、頬がその肩に触れた瞬間、びくり、として微かに震えていた。
緊張……してるってんですか? 梗様が?
そんな疑問もあったが、けれど縁が絡んでいるなら不思議でもないか、と考えることを放棄し、目を瞑る。
いつもより安心する。なんだか本当に母親みたいで…………。
いつの間にか、意識が落ちていっていることにすら、気づかなかった。




