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ラヴィング・プア Loving poor  作者: 戸理 葵
パートタイム・ワイフ?
9/54

 泰成たいせいの、デリカシーのない言葉が飛んできた。


「なんだよ。ゲイの元婚約者が姿でも現したのか?」


 アンニュイな気分が一気にぶっ飛び、現実のコメディな環境に突き戻された。ちょっと!

旅の恥はかき捨てならぬ、一夜の恥はかき捨て、で打ち明けたのがまずかった。その恥があたしを追いかけてくるっ! この男はっ!



「ゲイじゃなくってバイっ。彼とはそれっきりだし、というより他言したら殺すっ」


 と言う事は、彼の命は拓也が握っている事になる。

 俺、風前の灯だな…、と泰成は遠い眼をした。



「人を脅して仕事を取るのか? いい度胸してんなー。モロ好みだぜ。な、俺と付き合わない?」

「し・ご・と。はっ? 何も無いの? 干上がってんの?」

「とーんでもない、大繁盛さ。これこそ左ウチワってやつだぞー? 俺と付き合うと楽しいぞ?」

「切るよっ」

「まあ、待てって」



 泰成の横柄な、しかしどこか明るい大声。思わず顔をしかめて、耳から遠ざけた。うるさっ。



「これはどうだ? ベンチャー企業の社長で、やり手の28歳。お前と同い年だな、話も合うぞ?」

「28歳の社長? なんでそんな奴が泰成たいせいさんの所に来るの? 夜遊びしまくってそうじゃん」

「そうだな。彼の会社が教育関連で急伸しているから、妻子持ちの女遊びは体裁が悪いんじゃねぇか?」

「……」



 湊は目つきが生ぬるくなった。世の中って、ホントいやだ。

 子供には明るい未来を。どうかみなさん。



「期間はどのくらい?」

「今回は長いぞ? 一週間だ。向こうがこっちに出張中に、滞在する予定だからな。どうか、出来そうか?」

「……一週間……もっと出来ませんか?」

「はあ? なんだよ、そんなに現実逃避したいのか?」

「そうじゃなくって……」



 彼女は、現実的に今一番頭を痛めている悩みを打ち明けた。



「部屋探しが、上手くいかないんですよ」

「部屋探し?」

「そう、今月中に出て行かなくちゃならないんだけど、新しい場所が見つからなくて……」


「今月中? なんでそんな中途半端な時期に……ああ、そうか。結婚して出ていくつもりだったんだな。すっかりその気でサッサと契約解除をしていたって訳だ」

「……」


 今、エアで思いっきり殴った。殴り足りない。もう一回殴ろう。


 湊は拳を握りしめた。ところが電話の向こうでは大声が途切れ、どうやら溜息をついているみたいだ。

 彼女は怪訝な顔をした。なんでこの人が溜息をつくの?



「一件、融通がきくぞ? 一昔前のルームシェアみたいな感じになるが、共有するのは玄関と台所とリビングルーム。風呂トイレは別々、部屋は10畳あったかな?」



 台所とリビングが共用?

 彼女はぼろい木造アパートもどきを想像してしまった。だけど部屋が10畳? 風呂トイレ付? なんだ、それは。



「場所は? 家賃は?」

「……立地も環境もいいし、セキュリティもちゃんとある。家賃は俺の事務所が補助しているから、4万円でいい。ルームメイトに干渉さえしなければ、他は最高だぜ?」



 立地も環境も良く大家が用心棒のぼろアパート、ただし10畳で家賃4万円! 隣の人に関わらなければ……


 湊の頭の中では、もくもくと妄想が膨らんでいった。この際、背に腹は代えられないわっ。



「変人なんですか?」

「……うーん、なんつうか、一人好き? ま、コツさえつかめば快適に過ごせるとは思うけど……」

「押さえます。そこ、取っといて下さい。今すぐでも移ります」



 盛り上がった彼女は勝手に日時を決め、「それでは」と言って電話を切ってしまった。


 自宅のソファに座っていた泰成は、勢いよく切られた電話を見つめ、目を丸くしていた。

 こいつ、仕事の話で電話をかけてきたんじゃないのか? 結局仕事は引き受けるのかよ? やらないのかよ?


 ……それより彼女、本当にあの部屋に住むつもりかな?



「……いいのかな? ……ま、いいか」



 泰成は肩を竦めると、携帯をソファに放り投げた。それもなんか面白そうだし、ほっとくか。




 




「見たわよ、先週の日曜、表参道。あの子、新しい彼女なの?」

「え?」


 彼女に唐突に言われ、拓也は眼を丸くした。今まさに、彼女の乳房に唇を這わそうとしていたが、顔を上げて、自分の下に組み敷いた裸の女性を見つめる。


 日曜? 表参道?


 あ、あれか。



「ああ、うん、そう」

「ふーん。可愛いじゃない」

「まあね」

「どうするの?」



 会話をしながら再び彼女の胸に唇を寄せていた拓也は、どうするの? と聞かれ、また動作が止まった。

 ゆっくりと、覗う様に、彼女に視線を戻す。



「あなたとの事?」

「……」

かなでさんはどうなの? 俺と別れたい?」

「……」

「手放す気なんて、ホントは無いんでしょ?」

「顔もいいし性格も合うし」


 かなではベッドに横たわったまま、天井を見ながらクスッと笑った。

 拓也は口角を上げ、すかさず言う。



「セックスもだろ?」

「……そう。最高に物わかりのいい坊や、手放すのは惜しいわ」



 奏は満足そうに微笑みながら、胸に下がった彼の顔を両手でそっと包み、自分の顔に引き寄せた。

 ベッドの中で、既に二人は裸で抱き合っている。

 お互いの鼻が触れる程近くにより、視線を絡ませた。


 奏がふっと真顔になった。



「でも私が聞きたいのは、みなとの事」



 その途端、拓也は眼を見開き、息を止めた。


「……」

「私、あなた達がお互いフリーになったから、そのうち付き合うんだと思ってた」



 奏は真顔を崩さずに、拓也を捉えて言う。

 拓也は一瞬、顔を歪めた。そして彼女の脇に両手をつくと体を離し、まるで少し睨みつけるように彼女を見下ろした。



「……あなたとこういう事をしておきながら、妹に手を出せって? 俺も流石にそこまで節操無しじゃないよ」


「私のせい? 私に責任求められても困るわ。だって私、夫も娘の幸せも、自分の安定した生活も手放す気がないもの」


「俺だって人の家庭を壊そうとは思ってないよ。面倒臭いのはごめん」


「じゃあ、別に……」


「言ったでしょ、面倒臭いのはごめん」



 そういうと彼は身をすっかり起こし、彼女の隣に座った。

 肩膝をついて腕を乗せ、無表情で前方を見つめる。

 そして何の感情も交えずに言った。



「彼女は、俺が自分の姉の不倫相手だって知ったら、絶対、俺の事許さないよ」


「……不幸ねぇー」



 かなでは拓也の背中に、指を一本ツツ…と落としながら、仰々しく溜息をついて言った。



「私の事、みなとの身代わりとして抱いているくせに」



 すると拓也は振り向き、僅かに唇を噛み締めて言った。


「そっちこそ、俺は旦那の代わりのSFのくせに」



 お互い、埋められない空間を、埋める為にここにいる。

 そしてその空間は、決して埋まる事はない。

 こんな行為では。



 いいお姉ちゃんになるには、私はまだ若いのよね。もう少しこの子が必要なの。ごめん、湊。


 かなでは拓也を見つめて、心の中で呟いた。







 家の玄関を開けようとした拓也は、鍵をさしかかってビクッとなった。

 人の気配がする? つか、鍵が開いている?

 中から僅かに人声までする。彼は眼を見開いた。


 マジかよマジかよ、まさか俺んちでこんな事が起こるなんて。俺んち何もねーぞ? ここで鉢合わせなんかしたら、逆切れして殺されるかも。冗談じゃないっ。


 拓也が背を向けた瞬間、


「おう、拓也」

「うわあっ!」



 逃げながら携帯で110番をしようとした拓也は、驚いて電話を取り落とした。

「……」

 それを泰成が無言で見下ろす。

 こいつ、ビビりだ。


 信じられない、と言う様に振り向いた拓也は、一気に安堵の表情を見せた。



泰兄たいにいかよ、驚いたー。急に来ないでよ。強盗かと思ったじゃん」

「強盗の方がよかったかもよ」

「えっ?」

「いや、お前に電話かけてんだけどさ、一向に出ないからよ。しょうがねぇから先に話を進めちまったぜ?」



 相変わらずの大声を出しながら、泰成は再び玄関に引っ込んだ。

 その後に、拓也がしかめっ面で続く。



「うるさいっ。声大きいよ、近所迷惑だろ、静かにしてよ」

「ヒッキーなくせに遊び歩いてんなよ。どうせ女の所をはしごでもしてんだろ、このスケベ」

「してねーよ」

「いつか刺されっぞ」

「どうしてみんなおんなじ事を言うんだよ……って」



 靴を脱いで部屋に上がった拓也は、リビングの入り口で固まった。

 そこには、彼と同じように固まっている人がいる。


 目の前の光景が理解出来ない拓也は、ゆっくりと彼女を指さすと、呆然と泰成に訪ねた。



「この人、何?」

「……何でこの子がここにいるの?」



 荷物や段ボール箱に埋もれている湊が、目を見開いて口を開け、まるでロボットみたいにカクカクとした動きで泰成を見上げた。


 泰成はそんな二人にニッコリと笑顔を見せると、両手を広げ、朗らかに宣言した。



「はい、ご挨拶ー。これから宜しくお願いしまーす」



 時計の秒針が、耳に痛い。



「……えええーっ!!」



 まるで測ったように、二人が同時に叫んだ。絶対、近所に響いている。



「聞いてないっ」

「何だよそれっ」

「だって言ってねぇもん」

「一緒に住めっての? 無理だよっ一応男だよっ?」

「なっ、一応って何だよっ」

「煩い煩い煩い」

「何で最初に言ってくれないのっ!」

「どうしてこういう事になる訳っ?」

「あーもう、黙れチビッ子っ」



 泰成は高校の頃、応援団に所属していたらしい。したがって、発声の仕方が根本から違ってる。

 その野太い有無を言わさぬ声で、ハンサムな有無を言わさぬ瞳で、湊と拓也を交互に指さして睨みつけた。



「言おうとしたらお前がサッサと決めちまったから! お前が贅沢な部屋を安い家賃で一人占めしてるから!」



 湊と拓也は、絶句。未だに状況を理解出来ていない。どう言う事? どう言う事?

 泰成は腕を組み、知った様な顔をして頷きながら続けた。


  

「大人ならうまくやれ。藤堂が次を見つけるまでの繋ぎだし、他の社宅は埋まってんだよ、我慢しろや。困った時のお隣さんだろ? 助けあえよ」



 ……助けあえって、組合じゃあるまいし! そうよ、だから組合の無い会社は嫌なのよっ!! って違う違うーっ!


 湊は頭を抱えた。どうしよう、もう部屋は引き払って来てしまった、後には引けない。

 本来なら下見をして当り前だったんだ。だけど泰成の斡旋だし、隣人の顔色を事前に覗うのは面倒臭いし、もうすぐバイトで一週間部屋を開けるし、そしてすぐに次の住まいに移るだろうし、


 で、手を抜いたのが悪かった! というより、この男を信頼したのが悪かった!


 よりにもよって、彼と住むだなんて! うきゃあぁぁぁっ!



「いやなら追い出すぜ?」



 泰成の、凄味の入った睨み。



「……」



 嘘でしょ、俺、呪われてる?

 拓也は横目で湊を見て、スーッと青ざめていった。


 俺、人でなしになるかも。いやもう、充分その自覚あんだけど。


 嫌なんだよ、他人にのめり込むのは。もう、あの時みたいに再起不能に陥りたくない。

 なのにこれは。



 部屋、捜さなくちゃ……。

 二人は同時に、心の中で呟いた。



 

 

第一部、終了です。

さあ、人でなしの拓也くんと貞操の薄い湊ちゃん、お互いにどう、決着をつけるのでしょうか?

そして姉はどこまで割り込んでくるか?

舞彩ちゃんはどう出るか?

スケベなオジサンはどこまでかき回すのか?


次部より新キャラ登場で、さらにややこしくなります(笑)少しお休みを頂きます。


このお話が、皆さまのお暇つぶしになっておりますように。



戸理 葵

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