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ラヴィング・プア Loving poor  作者: 戸理 葵
目が合ったら、手をつなごう
53/54

 最後のバイト代を現金にて湊が厳かに貰っていると、祐介が当然の様に言ってきた。


「丁度良かった。僕も彼に会いたかった所だ。一緒に行っても、構わないかな?」


 ……彼、とは拓の事よね……?

 湊が微妙な表情で、祐介の方を見る。確かに彼女はこの後、拓也の所に行く予定。

 一緒に行っても構わないかな? とはつまり、俺も連れて行け、と言う事なのでは……。


「……引っ越し直後で、散らかってますよ……?」

「言付けを受けているだけだから、邪魔はしないですぐに帰るよ。車も出すよ。乗らないかい?」


 柔らかく祐介に言われて、湊は引きつった笑いを浮かべた。但し見た目的には、完璧な営業スマイル。

 どうしよう、あたし二人の関係をよく知らないから、どこが断り所か分かんないわ……

 ごめん、拓。

 あなたが、この人を苦手としている事だけは、分かる。


「……では、お言葉に甘えて……」


 でも逆らうのも色々と面倒そうなのよ、それも分かってっ。


「俺も行く」


 横から泰成が口を挟んできた。


「……は?」

 気味悪そうに、湊が泰成を見上げる。


「何で?」

「……拓也に会いに」


 泰成の憮然とした表情。

 ……嘘くさい……。


「……」

「どうぞ」


 祐介が湊以上に、完璧な営業スマイルで微笑んだ。湊の背中にどっと冷や汗が流れる。ごめーん、拓ぅ。もうマジで後に引けないよーっ。





「……」

 扉を開けた拓也は、無言で固まった。

 いかにも今まで部屋に引きこもっていました、と言う様な下はスウェット、上はパーカーで頭は寝癖、

 そして目が、座っている。


 そのまま無言で扉を閉めようとした。

「え、ちょっと待って待って」

 湊が慌てて、それを止める。


 拓也は三人から顔を背けるように室内に目を向け、眉間に皺を寄せた。てか遠い眼をして、どこを見てんの?

 湊が様子を覗っていると、拓也がボソッと言った。


「……見えなくていいもんまで見える」

「はい?」

「何であなた、変なの二人も背後に憑かれちゃってんの?」


 言うなり湊を振り向き、指は泰成と祐介の二人を指している。気味の悪そうな表情。それを見た泰成はムッとした。おいお前ら、カップルでおんなじ反応するんじゃねぇっ。


 湊が心外だ、とでも言う様に拓也に言い返した。

 

「いや憑かれちゃってんじゃなくて、付いてきたの。勝手に」

「同じじゃねぇか。それを憑かれてるって言うんだよ」

「ひでぇな、人を化け物みたいに言いやがって」

「役に立つなら化け物でもまだマシだよ。しかもよりにもよってこんな使えない人達……」



 拓也は嫌そうに、まずは泰成を、そして次には祐介を、上から下まで眺めた。

 そして再び湊に顔を寄せると、眉根を寄せて小声で言った。

 祐介を小さく指さして。


「特にこの人。この場に居ること自体がそもそも謎の人。何でここに居んだよ?」

「アシだ」

「……」


 祐介の返答。そして拓也と祐介の間に流れる、無言の空気。

 拓也の目が白く座り、祐介の笑顔が空々しい。湊と泰成が理由も分からず固まる。

 ……さむ……


 拓也が溜息をついた。


「分かりましたよ。よく分かんねぇけど、分かりました。どうぞおあがり下さい。邪魔になんない様に隅っこの方にでも座ってて。飲み物は冷蔵庫だから、勝手にやって」


 言うなり諦めた様に俯きながら部屋に戻る。

 金縛りの溶けた泰成が、ホッとした様に後に続いた。「ちーっす」と言って上がり込み、物珍しそうに部屋を眺めると、すぐに冷蔵庫の前に向かう。その後から、居心地の悪そうな湊と、未だ笑顔の祐介。


 拓也の新居は、見事なまでに段ボール箱の山積みだった。


 勝手に冷蔵庫からペットボトルを出した男共は、勝手に思い思いの所に胡坐をかいて、周りを観察しながら飲み始める。

 湊はそれを見ながら、お気に入りのミルクティーを冷蔵庫から出し、自分のコップに注ぎ、電子レンジで温めて、ゆっくり飲もうと床に座り……


「って何であなたまで座りこむの?」

「引っ張んないでよっ服が伸びるぅ」

「唯一のまともな戦力がお茶なんか飲まないでよ。ハイ、これ玄関」


 渡されたそれは、傘とか靴とか靴磨きとか、とかとかとか。

 湊は恨みがましく、拓也を上目遣いで見た。

 

「まさかこんなに片付いていないとは。コレをあたし一人に手伝わせる気だったの? なんて恐ろしい男……」

「そう思うならもっとマシなの連れて来て下さいね。それ終わったら台所お願い」


 カッコ可愛い顔でエラソーに言われる、寝癖ついてる癖に。これがこの子流の甘え方って知ってるけどね、時々ね、頭叩きたくなるのよね。


 ブツブツ言いながら湊は玄関に向かった。居間では泰成が珍しそうに大きな包みを眺めている。これ、引っ越し荷物じゃねぇよな? 何か書いてある。



「お前、これ何だ?」

「いい質問。聞いたね? じゃ、そっち開けて。これから組み立てるから」

「組み立てるって……ソファをか?!」

「値段と座り心地を考えたら、某有名北欧メーカーになったの。ベッドは一人で組み立てた」

「へぇ? どんなだ?」

「プライバシー覗くなよ」

「何だよ、自分で話振っといて」

「エロだな」


 今まで黙っていた祐介が一言言う。

 拓也は顔を赤くして、勢いよく彼の方を振り向いた。図星だったらしい。


「うるせぇな、つか勝手に人のオーディオ触るなよ」

「ねぇ拓、これ、適当でいいの?」

「触んなって! あんた大人しく座ってろよ!」

「あ、そう分かった、座ってる」

「や、そうじゃなくて! 台所は湊の好きなようにやっちゃって。どうせ俺、あんまそこに立たねぇから」


 湊は再びムッとする。人任せですか?!


「やっぱエロだな」


 すかさず祐介に言われた。人によって解釈は色々違うのね、と湊は眼を丸くする。

 そして拓也は益々ムキになって、益々顔を赤くした。それにも湊は眼を丸くする。めっずらしい!


「だからあんたは一体なんなの? 壊すなよ、死ぬほど機械音痴なんだろ?」

「機械音痴じゃない、興味が無いだけだ。所詮は道具、誰が動かしても同じだろ?」

「おーい、コレ、どうすればいいんだ?」

「あ、そう。じゃあ何で俺のオーディオには興味示してんの? いいから手を下げてよ」

「吉川の癖にいいもの持っているから」

「なんっだ、ソレ?! 吉川オレの癖に?」


 すっごい、拓がキレてる、やり込められてる。藤田さんの実力、ハンパ無いわ。

 湊は思わず称賛の響きを混じえて言ってしまった。


「究極の、シンプルなのにダメージ最高の言葉だよね。の○太の癖に」

「なぁ拓也。これ分かんねぇよ、どうすりゃいいんだよ?」

「読めよ、説明書を!」

「分かんねぇよ、字が書いてねぇんだもん、絵ばっかなんだぞ?」

「じゃ、余計分かるじゃねぇかよ、誰でも!」

「お前ら本当にうるさいなぁ」


 涼しげな顔で言う祐介。手は相変わらず、拓也のオーディオを触っている。

 湊は食器を仕舞いながらそれを眺めていた。あ、何だか段々、拓が可哀想になってきた。こんなにいじられてる拓也カレを見れる機会も滅多に無いけど、あたしに憑いてきた(付いてきた?)人達だと思うと少し責任も感じたりして……。ヤバっ拓がこっち見たっ。


 湊は慌てて台所に向き直る。うう、サッサと片付け終わらせて宴会にでも突入させちゃお。あの眼は絶対あたしを逆恨んでる、長引かせると我が身が危険だわ、本能がアラーム出している。





 数時間後。

 適当なお酒のつまみが所狭しとカウンターに並び、そこに男三人が所狭しと並び、揃って舌鼓を打っていた。

 泰成がしみじみと感心をする。


「すげぇ上手い。お前、小料理屋出来るんじゃねぇの?」

「めんどくさい。そんなのしなくていいもん。その代わり時々、食べに来てね❤」


 湊は台所に立ちながら、わざとらしく色気を出して唇を突き出し、エアキッスをしてみせた。ついでにウインク。女優みたいに決まるもんだから、泰成はさり気なく目を反らす。

 すぐさま拓也が冷めた声で言った。

 

「そこで特技繰り出さなくていいから」

「ふふ」


 可愛らしく肩を竦めると、「ちょっとゴミ出してくるねー」と湊は出て行ってしまった。

 それを男三人が、なんとなく身を乗り出して見送る。


 祐介がカウンターに両肘をつき、缶チューハイを手で回しながら、いつも通りの口調で言った。


「この場合の特技とは、あの愛想の良さだな。職業病か?」

「元からだよ。天性なんだ。期待されるとそれ以上で応えちゃうの」


 拓也は横目で祐介を見る。この人、酒飲んでも全然変わんねぇんだよな。「あんた、車じゃなかったのかよ?」「人を呼んでる。気にするな」「いやそれ普通に気になるだろ。どこに待たせてんの?」とやり合ってると、泰成が皮肉っぽく口角を上げて言って来た。


「だから余計なプレッシャーを与えるな、ってか?」

「余計な入れ知恵もね。考えすぎるから」


 そう言って拓也はグビッとウーロンハイを煽る。

 そして二人の視線に気付いた。



「……何だよ?」


 祐介と泰成が、ニヤニヤと笑っている。

 再び気味悪く二人を交互に見やると、祐介が含み笑いを抑えながら言った。


「いや。……いい感じに落ち着いたな、お前」

「……」


 失笑、ってやつですか、ソレ? なにそのバカにした様な笑顔。

 すると泰成までが、愉快そうに追い打ちをかける。


「俺も同感。坊が成長して、親父は嬉しいぜ」

「さっさと帰れよ、あんたら」


 拓也は低い声でドスを利かせて言った。が、二人には全く通用しない。すっげぇムカつく!!



 湊が部屋に戻ると、拓也はすっかり二人のオモチャになり下がっていた。湊はポカン、とする。一体今日はどうなっちゃってんの?

 湊に気付いた祐介が、物腰穏やかに言った。


「じゃあ、僕はそろそろ」

「え? 帰るんですか?」

「うん。ちょっと予定があってね」


 祐介がニコニコと(胡散臭く)笑っている。この人結局、何しに来たんだろ?

「あの」

「?」


 湊は意を決して、声をかけた。


「……お世話に、なりました」

「……何の事?」

「……今度の、職場……藤田さんが、口を利いてくれて……」


 後から知ったのだ。紹介主が、祐介だったという事に。

 後藤との再就職がダメになり途方に暮れていた湊は、それでも元の職場に戻る事は考えなかった。皆が優しい言葉をかけてくれるが、一度決心して去った場所、リセットした気持ちを中々元に戻すことは出来ない。

 それに舞彩がいないし、ね。

 あたしはきっとずっと、それを気にし続ける。


 そんな時、前の会社の部長が紹介してくれたのが、今の新しい仕事場だった。只一言、「こんな会社もあるんだが、受けてみないかい? あなたに向いているかもしれませんよ?」と言われて、下手な鉄砲数打ちゃ当たる、部長の顔も立てましょう、の軽い気持ちで面接に行ったのだ。


 するとあれよあれよで適正検査だの二次面接だの、最終だの、と進んで行った。

 しかも知れば知る程、明るく居心地の良さそうな職場で、湊もすっかり気に入った。


 それがまさか、祐介が部長に薦めた仕事先だったとは。

 顔、広すぎる。


 

「僕は何もしていないよ。採用されたのは君の実力だろう。実によく出来た女性だって社長が褒めていたよ。能力も、性格も、申し分無いって」


 いつもの笑顔で答えているが、これは多分彼の本心だろう。

 湊も綺麗な、いつもの笑顔を見せた。

「そんな事、」

「帰るんですか?」


 まだいんのかよ? とばかりに拓也が割って入る。

 すると祐介が顔色を変えずに、手にしていた大きめの茶封筒を彼に差し出した。

「そうだ吉川。これ」


「……なんすか?」


 拓也が中を覗くと、祝儀袋が入っている。


みどりから、引っ越し祝い」


 ……あいつ……。

 拓也の脳裏にタレ目の笑顔が思い浮かんだ。そしてムッとした。

 しかもなんで祝儀袋? シャレのつもりか?


「……いらないっすよ。貰う義理無いし」


 憮然として突き返す。すると祐介は冷めた視線を拓也に送り返した。


「そうか? お前の事話したら、あいつ、我が事の様に喜んでいたぞ?」

「そりゃ我が事だからっすよ」

「とにかくしっかり掴んで幸せになれ、と言っていた」

「結婚祝いかよ」

「……っ!」


 拓也の突っ込みに、部外者である筈の湊が隣で思わず赤くなる。


「「……」」


 それを祐介と泰成の二人が、真顔で観察する。


「? !」


 彼女の様子から、ワンテンポ遅れて自分の失言に気付いた拓也が慌てて言った。


「あ、いや、とにかく貰えません。一人モンが引越すから金渡すなんて、普通にあり得ませんし。コレはお返し下さい」


 一人モン、と言う所を微妙に強調して、拓也は封筒を祐介に今度こそ返す。

 すると祐介は、どこかわざとらしく、渋々とそれを受け取った。


「……ふーん。そうか、勿体無い。半分は俺も出したのに」

「嘘でしょっ」


 慌てて拓也が祐介から封筒をひったくる。そしてすかさず、祝儀袋の中身を確認する。

 その変わり身の速さに、湊は唖然としてしまった。……それこそ嘘でしょ?


「うわ。すっげ」

「……ちょっとぉー……」

「あ、じゃあコレ」


 湊の非難めいた白い声をよそに、拓也は台所に向かう。

 そして湊が泰成の事務所に持って行き、そのままここに流された手土産のお菓子を、そのまま祐介に手渡した。


「皆で食べて下さい」

「おいコラ」


 湊が喰ってかかる。なにその現金さっ。しかも皆、なんであたしのお菓子をまわすのよカンジ悪いっ!


「だってすっごいいっぱい入ってんだよ?」

「あんたには恥ってもんが無いの?」


 はたと真顔で考える拓也。


「…………無い」

「うぎゃーっ」

「冗談だよ、つかこの人達相手に恥感じてもしょうがないし、って、うぎゃーって何なの?」

「この甘えったれっ」

「えぇぇ?」


 微妙な女心。結婚をちらつかされても戸惑うし、一人者を強調されてもムカつく。こんな事、本人に自覚が無いのだから周りの男共が気付く訳が無い。


 

 ただ、分かる事。兄貴分二人は目つきが生ぬるくなった。



 こいつら似た者バカップルだ……。

 



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