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ラヴィング・プア Loving poor  作者: 戸理 葵
目が合ったら、手をつなごう
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「なんでこの家には女ばっかり4人もいるのよっ」


 大きな声が、藤堂家に響き渡った。


「……」

「……」

「しかも出戻りが二人もっ」

「あたし出戻って無いっ」


 思わず湊が反論する。

 しかしすかさず、母にねじ伏せられた。


「成人して一度家を出た娘が実家に根を降ろしたら、それは出戻りって言うのっ」


 怖いっ。反論を許さないお母さんの殺人光線っ。

 すると本物の出戻り一号が、自分の立場を省みず、勇敢にも「まあまあ」と間に割って入った。


「ねーえお母さん。女の一人暮らしって、色々危険で大変よぉ?」

「知ってるわよ。だから家に置いてあげているんじゃない」

「「……」」


 姉妹は二人で黙り込んだ。

 置いてあげている、と来られてしまった。


「優奈の世話をするとは言いましたけどね、あなた方の世話をするとは言ってません。自分の事は自分でやる、出した物は片付ける、洗濯も自分でやる、お風呂は決められた時間に入る、冷蔵庫の物を勝手に食べない、生活費はキチンと入れる、夜中に居間でテレビを見ないっ」

「「……」」

「それが嫌なら二人とも」


 物凄い迫力の母。睨まれたかなでと湊は後ずさった。この世で一番怖いのは、本気を出した母親だと思う。



「さっさとまともな相手を見つけて、この家から出てって頂戴!」

「ばあちゃ」

「はーい、優奈ちゃんはお散歩に行きましょうねぇ」



 母はニッコリ笑うと、孫娘を抱き上げ玄関へと向かった。

 優奈の媚びた様な笑顔。奏は感心した。恐るべき2歳児、流石は我が娘だわ。タイミングと自分のパワーを心得ている。


 湊が小声で、奏にコソっと耳打ちをした。


「……お姉ちゃん、離婚届、受理されたの?」

「……分かんない。連絡、無い」

「……一度、洋一さんと連絡取ってみれば?」


 まだ好きなら。

 妹の目が、そう言っている。養育費を貰ってまで、別居する必要無いじゃん。就職はしたし、相手は反省しているんでしょ? これ以上意地を張っても、お金の無駄だよ? 

 と言うか、あのお母さんと暮らす方がストレス溜まるよ?


「うーん……検討しとく」


 奏は腕を組んで唸った。確かにそうだわ。ストレスを取るか、お金を取るか、自分の人生を取るか。

 そしてチラッと横目で湊を見た。

 出かけるらしい。お洒落をしている。我が妹ながら、美人で可愛い。


「湊はどうなの? この家を出るアテがあるの?」

「うん、いくつか物件があるんだけどね。こちらも検討中」

「大変ねぇ、お互い」


 奏はうんうん、と頷いてみせた。


「私達が実家ここにいたら、カレも中々連絡が取りづらいでしょう」

「そうね、やっぱ遠慮してるみたい……え?」

「結婚式には出ないわよ。湊の旦那と仲良く親戚付き合いをするつもりもないから、安心して」

「け、結婚なんてそんなっ」

「ああ、いずれは別れるつもりで付き合っているのね?」

「……」


 ちょっと待って? どこかで聞いたわよ、その台詞。なんか凄ーく、嫌な気分なんだけど。

 湊は眉間に皺を寄せて、姉をジロッと見た。

 奏はそれを、白い眼で見返す。あーあ、その表情。誰かさんにそっくり。


「二人とも先の事をあまり考えないタイプなんだから。ボーっとしてると前みたいにタイミングを逃すわよ? 女にはタイムリミットがあるんだからね」

「……お姉ちゃんにそんな事言われてもなぁ……。色んな意味で、説得力が無いというか……」

「どこがよ! ちゃんと子供を産んでいるじゃない!」

「……そーゆー問題じゃ……」



 反論しようとして、やめた。ダメよ湊、この姉には何を言っても効かないのよ。何とかにつける薬は、って言うじゃない。

 頭を軽く振りながら玄関先に向かう彼女に、奏は女王様ポーズで声をかけた。


「湊ちゃーん、花の命は短いのよ? 期間限定、利用無制限の人生最大の財産なんだから、有効活用しなさいっ」


 ……この姉貴はぁぁっ。無視よ無視っ。


 妹が出て行った玄関を、奏は満足気に眺める。 

 ……ま、結局はあるべき形に収まった、って事ね。それにしてもこの二人、本当に時間がかかったわよね。って私にも責任の一端はあるけど。ん? 一端じゃなくって半分くらい? だって簡単に手放すには少し惜しかったんだもの。


 そう言えば妹は、先日大変面白い大芝居を打ったらしい。


「……いいなぁ~、楽しそうで」


 奏は物欲しそうに、呟いた。


 母があんなにイラついているのも実は、自分の彼氏を家に呼べなくなったからに違いない。父の死からやっとの思いで立ち直った母は、結局別の男に父の面影を追っている。


 父と母と、泰成の父親と。三人の間でどんなドラマが繰り広げられたのか、奏は多分、一生聞かないだろう。


 ボソッと呟いた。


「……にしても、子供三人の名前を、意味でも音でもなく字面だけで似せるなんて、どーゆーセンスしてるのかしら?」







 紙袋を下げた湊が洋菓子店から出てきた時、こちらに向かって通りを歩いている長身で体格の良い男を見つけた。

「あれ? 社長」


 泰成も驚いた様に顔を上げる。


「……おぅ。どうしたんだよ」

「手土産でも、と思いまして」

「何だよ、いいのにそんなモン」

「泰成さんにじゃないよ。女子皆で食べるのよ」

「なんだ」


 二人は揃って、同じ方向に向かって歩き出した。湊は今から泰成の事務所に行って、バイト代の最終精算をしてもらう予定だからだ。どうやら泰成のご出勤と重なったらしい。

 歩きながら彼は、目だけで彼女を見下ろして言った。


「そういや、藤田さんがもうすぐ来るぞ」

「あ、そうなんだ。何で?」

「暇なんじゃねぇか? 先日の支払いと、拓也に何か渡したいモノがあるとか言って」

「ふーん……なんか会うの面倒だから、行くのやめようかな?」


 弱冠眉根を寄せて、湊が呟く。残ってるバイト代なんて大した額じゃないし、次回来れる時にでも貰おうかしら。というより、銀行振り込みにでもしてくれればいいのに。

 泰成が意外そうに言った。


「どうして? あの人が嫌いか?」

「嫌いじゃないけど……なんか苦手。何を考えているのか分からないのに、こっちの事は全てお見通しだよ、って言われてる気がして……。しかも常に……」


 何と表現していいか分からず湊が言い淀むと、珍しく泰成が先手を打った。


「……バカにされてる感じ?」

「そう! それ!」

「そりゃお前、ホントにバカにされてんだ」


 当り前のように言われ、湊は一瞬絶句する。

 バカにされてる? あたしが?


「何よそれ! 何でよ!」

「色々バカな事でも言ったんじゃねぇの?」

「……」


 今度は心当たりがあり過ぎて、湊は再び絶句した。

 ……しまったぁ……今更ながら、個人的な事をペラペラと喋り過ぎた……。

 でもだって、じゃあ誰に話せばよかったのよ、舞彩ゆうじんにも、お姉ちゃんみうちにも、虎太郎かれしにも相談出来ないじゃないっ。


 ……ああそうか、誰にも話さなきゃ良かったんだ……。


 湊の眼が、思わず遠くなった。

 そして遠い眼のまま呟いた。


「あの人と拓って、どういう関係なんだろう?」


 何だかコレが、一番の敗因の様な気がする……。


「そこが不思議なんだよなぁ。聞いても二人とも絶対に口を割らねぇんだ。絶対、なんかある」


 泰成はまるで推理を働かすかの様に、顎に手を当て首を捻った。

 でもどうせそんな推理力に持続性なんか無い事を、湊は知っている。この人とにかく直感で動く人だから。それが野性的勘だから、時々始末に負えないのよ。妙にニアミスだったりして。

 案の定、泰成はロクに考えもせずにニヤッと笑って言った。


「どうする? アヤシイ関係だったとしたら?」


 そっちに行くか。


「面白いから拓をいじる。滅多に無いチャンスだもん」

「それ、俺も乗ってもいい?」

「えー? 足引っ張んないでよぉ?」


 軽口を叩きながら二人は歩いた。休日の明るい昼下がり。

 程なく事務所に辿りつく。

「ただい……」


 そして扉を開けた泰成は、その姿勢のまま、凍りついた。


「?」

 湊が怪訝そうに彼を見上げ、そして後ろからひょい、と中を覗き込んだ。


 室内では、一組の男女が、立ったまま抱き合っていた。

 私服を着た祐介と、ミニワンピースを着たショートカットの若い女性。抜群のプロポーションだ。

 けど、顔が見えない。


「……」

「……」


 泰成と湊は声も無く、その様子を眺める。突然泰成はドアをバタン! と閉め直した。

 真顔で踵を返すと、マンションの廊下の手すりにもたれかかり、外を眺める。

 なので湊も何となく、彼の隣で同じ姿勢を取った。


 都会のビルの合間から見える空は、やけに小さくて……

 


「……って、なんかおかしいだろっ!」

「あたし何にもしてないよっ」


 泰成の雄叫びに湊の応戦。急に怒鳴らないでっビックリするじゃ無い! 変な間を取ったのはそっちでしょっ!


「何で藤田あいつがあんな所であんな事をしてるんだよっ」

「え? 仕事中なんじゃなかったの?」

「事務所で仕事なんかさせるかっ。つか、あの女誰だっ」

「え、従業員じゃなかったの? じゃあ誰だろう? ……あれ、マジかな?」


 湊が恐る恐る言った。様々な疑問で頭の中が一杯だけど、さっきの光景が大きく焼きついている。

 女の子がしがみつく様な感じで、藤田さんは彼女の頭に顔を埋めていたわ……。


「……お前、聞いて来いよ」


 泰成がボソッと言った。はあっ?


「やだよ、自分の事務所でしょう?! 社長が自分で聞きなよっ」

「いや、俺、あの人の事よく知らないもん。藤堂の方が親しいだろ?」


 うろたえてる。信じらんない、このチキン!


「親しくないし、仕事だし! あなた、何ビビってるのよっ」

「こーゆーの苦手なんだよ」

「得意なヤツがいるかっ。あたしだって関係無いもん」


 このたぐいを商売にしていて苦手言うかっ。

 湊は泰成を睨み上げた。泰成がビクビクと視線を反らす。それが年甲斐も無く、日頃の俺様的な雰囲気とは程遠く、どこか可愛く見えた。

 ……うっわー、この人、こんな一面があったんだ。あたしの事をよく分かんないバーで引っ掛けておきながら、こういう時には照れちゃうんだ。

 成程ねぇ……モテるかも。


 湊の視線に迫力負けした泰成は、渋々と再びドアノブを握った。

 そぉっと扉を開ける。

 後ろから湊も覗きこみ、二人はもう一度、室内観察を試みた。

「「……」」


 抱き合っている二人は、先ほどと同じ体勢。

 ……ちょっとなんか、おかしくない?

 湊は眉根を寄せた。


「……あれ?」

「……」

「あれって……」


 言いながら姿勢を正す。

 あの雰囲気、あの背格好とあの横顔……。

 湊はぼうっと見ている泰成を見上げた。

「よく見てご覧よ」


 すると祐介の腕の中の女性が、クスッと笑った。顔をチラ、とこちらに向ける。

 それを見た泰成が、唖然として言った。


「……ユミ?」

「やーい、ひっかかったー」

「ふふ」


 部屋の陰からちーも出てくる。こちらも楽しそう。

 祐介はユミを抱きしめていた両手を上げると、「やれやれ」とよそ行きの甘いマスクで笑った。


 どうやら三人で、泰成を脅かしたかっただけならしい。と言っても祐介は詳細は何も知らず(興味も無く)、面白そうだから以来通りに動いただけ。


 泰成はつかつかと部屋に上がると「何やってるんだよお前」とユミの頭を叩いた。「痛ーい、DVだっ」と叫ぶユミ。それを祐介が苦笑いしてみている。

 泰成は軽く舌打ちをしながら、面倒そうにユミを眺めて別室に消えた。部屋のドアを閉めてから、真顔で首をひねる。あいつ一体、何をしたかったんだ? 何であんな事を? 髪をバッサリ切ってたけど、何かあったっけ?

 

 訳が分からない湊は、近くに立っているちーにこっそりと聞いた。


「……何がどうなってるの?」

「ユミちゃんが遂に始動したって事なのよ」

「シドウした?」

「うん。ちーは応援しちゃう。だって泰ちゃんはちーの初恋の人だから、素敵な人と幸せになって欲しいもの」


 そういって胸の前で両手を組むと、うっとりとしたように彼女は言う。

 目の前で祐介と楽しそうに笑うユミは、ハッとするくらいに美人に見える。いえ、前から美人だって知っていたけど……。

 湊はポカン、と口を開けた。


「……何が何だか、さっぱり……」


 ちーは両手を握りしめたまま、ふふふと笑う。

 だってね湊ちゃん。泰ちゃんったら、こんな事を言ったのよ?



『あいつは、高嶺の花なんだよ』


 ユミと千清の二人に、こちらに視線も向けず、淡々とした表情で。


『もう、人と争ってまで一人の女を手に入れたいって年でもねぇし。女が憧れる様なおとぎ話の先に、何が待っているのか、俺は知っている』



 その時、彼の口を無理やり割らせた女の子二人は、決心をしたのだ。高嶺じゃない花が身近にある事に、あたし達が気付かせてあげましょう、と。


 この不器用なオジサンを、あたし達は愛しているから。でもユミちゃんの愛とちーの愛は、種類が違うんだけどねー。あはは、おかしーい。



 こんな女の子達にロックオンされた泰成に逃げ場なんて無い事は、誰が見ても明らかである。





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