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一瞬だけ、非常に凄惨な場面が出てきます。どうかご注意下さい。

 長く感じる沈黙。

 口が開いたままの彼女。

 やがて湊は、ゴクンと唾を飲み込んだ。


「……日本語喋ってる?」

「何言ってんの?」

「いやそれこっちの台詞でしょう? 分かる様に説明してよ」

「んだよ、もう。じゃ、ハッキリ言うよ? 課長は、高松精機の、粉飾を、手伝ってんの!」


 再び、絶句。


「……何で!」

「知るかよ。それを今から聞くんだろ?」

「嘘でしょ?!」

「……じゃ聞いてみろよ、課長に」


 砕けた口調で低く強く、拓也は言った。

 湊は信じられない、と言う様に課長を見つめた。


「……課長……?」


 あなたが、職務のコンプライアンスを侵す様な事をしていたんですか? あり得ませんよね?

 目が、そう言っている。

 課長は深呼吸を一つすると、今までに見た事の無い様なキツイ顔つきで拓也に言った。


「そんな訳ないでしょう? 何を根拠にそんな事を言うんです? 第一、君達を監禁した手引きを私がするなんて、私に何のメリットがあるんです?」


 うわお。何だかとってもお約束の台詞。湊の心の中でつっこみが入る。

 拓也は満足そうに笑ったが、瞳が意地悪く光っていた。


「根拠は……そうだな」


 パラパラパラ……と書類をめくる。先ほどとは違い、とても馴れた手つき。まるで今まで何度もこれに触って来たかのようだ。


「例えば、これ。会社からの貸付金明細。ここに何で……課長の住所が載ってるんですか?」

「……」

「これは根拠と言うより、証拠ですよね?」


 口角を上げ、眼は全く笑っておらず、拓也は課長を見据えた。ズイ、とページを彼に見せる。

 課長の顔色が変わった。


「……いつからこれを……」

「それは問題じゃないでしょう?」


 拓也はニコッと可愛く笑う。それが異様に迫力があり、湊は小さく息を飲んだ。


「問題はあなたが、取引先から金を借りていた。代わりに社長の粉飾決算を手伝っていた。……それだけなら、良かったのに」

「……え?」

「帳簿を操作して費用を水増しし、本来なら社長の懐に入る筈だったその金の一部を、着服していたんでしょ?」

「なっ何だって? それは違うっ!」

「また言った。違いませんよ。社長が気付いていないとでもお思いですか?」



 有無を言わさぬ拓也の口調。

 粉飾を手伝ったのみならず、会社の金を盗んでいた。そう言われた課長は声を荒げた。



「私は裏金なんか着服していないし、君達を危険な目に合わせたりしていないっ!」

「じゃあ粉飾に手を貸していた事は、認めるんですね?」


 課長はグッと言葉に詰まる。

 やがて顔を赤らめながら、険しい形相で拓也を睨みつけた。


「……君は今、社長が気付いていないとでも、と言ったね? 君こそあの会社と、何の繋がりがあると言うんだ?」


 拓也はニヤッと笑った。

 そしてそれには答えず、柔らかく冷たく言った。


「着服した金を返せば、まだ課長も、助かる確率がありますよ」


 それらの様子を、湊が呆然と見ている。落ち着かない表情で、拓也と後藤課長を交互に何度も見る。


「……何を言ってるの、拓……?」


 すると拓也は彼女を見て、にっこりと笑った。



「湊は、俺を信じるんでしょう?」



 否定を許さない、強引な微笑み。湊はギクッとした。


「……」

「じゃあ、黙っててね」

「……っ」


 彼女は唇を噛み、気押された様に黙り込む。

 それを見た拓也は満足気に笑い、その笑顔そのままに課長に向き直った。楽しそうに口を開く。



「ねぇ課長。返して下さいよ、盗っちゃった分」

「だから何を言っているんだ。私はそんな事はしていない」

「嘘嘘。だって俺が色々と調べてみたら消えてるもん、一億くらい軽ーく」

「私は知らない、関係無いっ」

「ねぇ、何に使っちゃったんです? 女? それともギャンブル? あ、それとも株とか?」

「違うと言ってるだろ!」

「ねぇ拓、やめようよ。なんか怖いよ」

「黙ってて、っつったろ?」



 柔らかく軽い口調は変わらない。けれども今度は、顔が全く笑ってなかった。鋭く湊を見る。

 湊は絶句して、次に泣きそうになった。



「……なんか怖い。拓じゃないみたい」



 そんな彼女の顔を見ても、拓也の目つきは変わらない。無表情に言った。



「そう? いつもの俺だと思うけど」



 そして課長に視線を移す。いつもの茶色い瞳が暗く冴えた。


「俺はね、課長の味方なんすよ。今なら、課長が着服した金を全額返せば、社長も見逃してやるって言ってます。でもこれを拒否すると、マジでヤバいですよ? 命無いかも」


 普段の口調でさらっと言うが、言っている内容が尋常ではない。

 湊は信じられない物を見る目つきで、拓也を見つめた。

 課長は更に顔を赤らめて、語気を強めて言った。


「……私は信じないぞ? 第一、高松社長はそんな事を言っては無かった」

「あー、やっぱり社長と通じてた事は認めちゃうんだ?」

「……」

「でもダメです。課長の仕事、俺が引き継ぐ事になりましたから」


「えっ……拓?!」



 楽しそうに言う拓也に、思わず湊が声を上げる。

 拓也はそんな彼女を無視して話を続けた。



「全てのからくりを見抜いた事で、社長に見込まれたんですよ。これでも俺、数字と人を見抜く力はあるんで。だから課長は諦めて、全てを白状して下さい。社長から盗った金はどこにあるのか。いつまでにそれを返せるのか」

「だから私は、そんな事はしていないと言っているだろう!」

「タイムリミットはすぐそこですよ? 現実を教えて差し上げます、よく考えて下さいね。粉飾を行ったのは、高階さんと後藤課長の二人だけです。二人は私腹を肥やす為に犯罪に手を染めた。やがて社長にバレて、一人は罪の意識にさいなまれ、姿を消した」



 淀みなく繰り出される彼の台詞。

 その中に聞き流せない言葉を見つけ、湊は息を飲んだ。


「……姿を消した……?」


 その言葉には、不穏な響きがする。

 なのに拓也は楽しそうに話を続ける。

「もう一人は……」



 その時、人の気配がした。

 ギョッとした様に湊と課長が顔を上げる。男が4人、立っていた。柄があまり良くない。ガタイの大きい男もいる。湊が「きゃっ」と小さく声を上げた。

 一方の拓也は、まるで驚く事無く彼らを見上げる。



「お疲れ様。もう終わった?」

「……この人達……」

「どしたの、湊? 心配そうな顔して」

「……だってこの人達……拓也を連れてきた人達じゃない……あたしやあなたを監禁した人達……」

「そうだっけ? 顔忘れちゃったよ」



 拓也が肩をすくめた時、そのうちの一人、ガタイの良い男が何かを机の上に置いた。

 コロン、と転がるもの。

 

 一瞬の間の後、湊はついに悲鳴を上げた。



「きゃあっ!!」

「すげー。何これ。気色悪ぃ……」



 拓也も顔色を変えて、口元に手をやりのけ反る。

 課長はガタン、と椅子から腰を浮かす。


 テーブルの上には、血まみれになった第二関節より上の人差し指が置かれていた。


 湊は両手で口を押さえ、パニックになった様にガタガタと震えだした。フラッと体が揺れる。

 それを置いた男は、ただ無言で彼女を見た。そして気を失いかねない雰囲気の彼女に手を伸ばし、その両肩を、強く椅子に押し付けた。

 それを見た拓也は一瞬で険しい表情になった。思わず彼女に手を伸ばそうと立ち上がりかけたが、思い直した様に椅子に座る。


 震える彼女を、少し唇を噛んで見た後、鋭い目つきを課長に戻した。



「課長も、こうなっちゃいますよ?」

「拓也?!」



 我が耳を疑うように、悲鳴を上げる湊。

 拓也は歯を食いしばって、それを無視した。


「金を返せば、やったのは全て高階さんだけで、済むんですよ?」

「やめて! ちょっとやめてよ拓!」

「湊。声がデカイ」



 拓也は低い声で湊を制した。

 そして険しい表情で、姿勢を変えずに、視線だけを動かして、後ろに立っている男たちを覗いながら言った。



「しょうがないだろ。俺達が自分達の身を守る為には、こうするしかないんだ。だってこの課長ひと、俺とあんたを引き離そうとしたんだぜ? 粉飾を誤魔化す為だけに。どっちみちこれに気付いた時点で、俺らは巻き込まれてしまってんだよ。今更後には引き返せねぇよ」


「でもだからって、これは違う! 間違ってるでしょ!! おかしいよ!」


 湊は泣きながら拓也を掴んで揺さぶった。

 それを拓也が、静かに抑える。彼女を見つめ、そっと手を握り締めた。



「間違ってるとか、おかしいとか、俺にはどうでもいいんだ」



 拓也の瞳は暗く沈み、奥底が危うく光っている。



「湊を、守る。湊の、側にいる。それが出来るなら……俺は、どうだっていい。何だって、やるよ」



 湊は拓也を凝視し、その手を振り払った。再び両手で口を押さえる。何かを堪える様に。

 首をゆるゆると横に振り、引きつる様な声が出る。 



「……拓が……」



 狂っちゃった。

 彼女は声にならない声で、小さく呟いた。




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