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 二人は慌ただしく現場の部屋の前に戻った。課長がドア越しに中の様子を覗う。人の動いている気配が、無い。湊は今にも泣きだしそうだ。

 課長が慎重に声をかけた。


「吉川くん」

「吉川くん……ヨシ! ……拓也っ……!」

「本当にここかい?」

「確かにここでした。場所を変えていなければ……」


 その時、ガチャ……と部屋の扉が開いた。


「吉川くん?」

「……後藤課長……」


 唖然とした拓也の声が聞こえる。


「ヨシっ!」

「みなっ……」


 課長の後ろから姿を現した湊を見て、拓也が絶句した。それに構わず、湊が拓也に抱きつく。課長が少し眼を丸くした。


「大丈夫?!」

「おまっ、何でここに戻って来たんだよっ!」


 抱きつかれたままの状態で固まる拓也。予定外、信じられない、という顔つきだ。

 若い二人の抱擁(正確には、湊が一方的に抱きついている状態)を見ながら、課長が説明口調で言った。


「藤堂さんから話を聞いて、慌てて来たんだよ。会えてよかった、大丈夫かい? 変な連中が一緒だったって聞いて……」

「その顔……どうしたのっ?」


 顔を上げた湊が、間近で拓也の頬に触れた。左頬が僅かに赤い。

 触られた拓也は、ギョッとした様に眼を見開いて湊を見た。そして慌てて課長の様子を覗うと、更に顔を赤くしながら彼に言った。明らかに照れている。


「みな……いや、僕は大丈夫です。でも高階さんが……」

「何があったの?!」



 遮る様に湊が聞く。拓也と課長の間に割り込む様な形になり、心配で心配で仕方が無かった、という様子をありありと出している。

 そんな彼女に視線を戻すと、拓也は軽く溜息をついた。そして、しょうがない、と言う様に軽く首を振りながら話し出した。



「わからない。連れて行かれたのは向こうなんだよ。奴らに高階さんが連れて行かれて、いつまでたっても戻って来ないからさ。何なの? って感じじゃない? 最初に舞彩ちゃんから連絡を貰って、湊が連れて行かれた、俺を呼んでいる、どうやら高階さんは俺を恨んでいるらしいって聞かされて、はあ、何の話だよそれ? ってなるだろ? よく分かんねぇ内に変な連中のお迎えも来てさ、何かすげぇヤベぇぞって覚悟を決めてここに来てみれば、俺とロクに話もせずに、はいさようなら、よ? 唖然としたよ、ポカーンだよ」



 話を聞いている間に、湊の口が徐々に開いていった。彼女の瞳から、怯えや焦燥と言った物が消えていく。

 やがて白い眼で拓也を見つめた。


「……いえ、唖然としてポカーンとするのはこっちだから。何なのその説明? もうちょっとマシな話は出来ないの?」

「しょうがねぇだろ、こっちだって大変だったんだよ!」

「あらまあ、日頃のスカした態度はどちらへ?」

「あっ、このやろっ、自分が安全だと思ったら開き直りやがって」

「まあまあまあまあ」



 今度は課長が二人の間に割って入る。この人達はこんなに仲が良かったのかと、内心驚く。まだ睨み合っている二人だったが、先に切り替えたのは拓也だった。

 眉間に皺を寄せて空中を見つめ出す。口の端を親指で擦るのは、考え込む時に見せる癖だ。

 そして湊は、そんな拓也の表情に、実は前から惚れていたりする。うう、かっこいい。


「でもあいつら、ひょっとして最初から狙いは高階さんだったのかも……」

「なんでそう思うの?」


 一瞬じっと考えた後、拓也は視線を湊と課長に戻した。


「高階さん、粉飾の責任を自分に押し付けられたって言ってた。だから社長に復讐したくて、それと、それに気付いた俺にも仕返しをしてやりたかったって」

「そんな、滅茶苦茶な……」

「だから俺、最初にあの部屋に連れて行かれた時、変な連中がいるのを見てさ、高階さんに金で雇われた奴らかと思っていたんだ。今から俺、ボコられんのかなぁって」


 湊も眉をひそめる。


「……違ったの? 大丈夫だったの?」

「うん。彼、社長が関与しているっていう何かの証拠を持って行方をくらますつもりだったらしい。そしたらそれを聞いた奴らが、彼を部屋から連れ出したんだ」


 拓也の話を聞いて、湊の顔色が変わった。


「……じゃ、何? 彼を連れ去ったのって……」

「……社長、じゃないかって事になるよな……」

「……と言う事はあの人達って……本当は社長が雇った人達だったって事……? 二重スパイ? あ、この場合二重ヤクザ?」

「二重ヤクザって何だよ、つまりカタギなの? それって」

「……」


 そーゆー揚げ足取りみたいな突っ込みはいいからさ……。湊は思わずジロッと拓也を睨むが、彼は眉をひそめて小馬鹿にしたように彼女を見下ろすだけ。こいつ……。

 そんなのどうでもいい、と言う様に彼は小さな溜息をつくと(どうでもいい事突っ込んだのはあんたでしょっ)、ポケットから携帯を取り出して二人に見せた。


「……実は、ここに来る直前に、多分彼からメールを貰ってたんだ」


 メッセージはただ、とある駅名と数字の羅列。ここから徒歩数分の駅だ。


「受信した時は意味が分からず差出人も分からず、それどころじゃ無かったから無視したんだけど。それからさっき気付いたんだけど、ポケットにこれも」


 拓也の手の平には、小さな鍵が乗っていた。

「いつの間にか、入れられてた」


 湊がポツン、と言う。


「……何これ?」

「鍵だろ、どう見ても」

「んなの見りゃ分かるわよっ。どこの鍵って聞いてんの!」

「ってーな、殴るなよっ、俺が知るかよっ」


 だからいちいち突っ込まないでよ、こーゆー状況でっ! あんたのその口、どーにかしろっ!

 と湊は拓也を更に睨み上げた。


「でもさ、なんとなく駅のコインロッカーじゃない?」


 迷惑そうな顔をした拓也が、肩をさすりさすり言う。言われてみればメールと同じ番号の鍵だ。

 湊と課長は顔を見合わせた。

 拓也は鍵を見つめ、低い声で言う。


「……あの人、俺にきっと何かを渡したかったんだ。そんで連中が捜していたのも、多分これだ」


 一瞬三人に沈黙が走った。湊は拓也を見つめながら、恐る恐る聞いた。


「……中に何が?」

「さあ、それが分かりゃね。だから確かめに行こうとしていた所」

「ねぇ……警察を呼んだの?」

「いや……だってこれといった確証が無いんだ。彼も特段抵抗している様に見えなかったし、そうすると警察を呼ぶ理由が、無いだろ?」

「そうか……でも大丈夫。あたし達も呼んだの。拓が連れて行かれてすぐ、課長が」

「あ、すいません」


 咄嗟に拓也が頭を下げ、課長も「いえ」と小さく言った。そして皆で再び、難しい表情で鍵を見つめる。

 拓也がボソッと言った。


「でもそっか。出来れば警察とかが来る前に、コレが何なのか確認したかったな。そしたら俺らが、一体何に巻き込まれていたのかも分かったのに」


 すると今まで殆んど口を開かなかった課長が、決心した様に口を開いた。


「じゃあ、行こう。我々で」


 その言葉に、拓也と湊の二人は同時に、驚いた様に彼を見た。





 推測通り、それは駅のコインロッカーの鍵だった。開くと比較的厚いB4判の茶封筒があり、拓也が中を開けた。


「なんか書類っぽいぜ」

「ここで確認するの、ヤバくない?」

「だよな。連中が俺らをつけているのかも知れないし、どこで見ているのかも分からない」

「私が預かろう」


 皆が中身を詳しく見たくて堪らない。

 拓也がやんわりと課長の手を制した。


「いやでも、俺も確認したいです。いい店知ってます。ゆったりとして、あんまり人の目が気にならない所。そこに行きましょう」


 タクシーを拾って十分、着いた所は地下のカフェバーだった。まだ午前中のせいか客がいない。奥の比較的大きなテーブルに通された。

 そして数分後、三人はテーブルの上の書類を凝視して、腕を組み、黙り込んでいた。


「やっぱり帳簿だよな、これって」


 拓也が唸る様に言う。

 それらはとにかく細かい科目と数字の羅列で、整理されておらず、なかには関係の無い紙も混じっていたり手書きの領収書があったりと、とても一日二日で精査出来るものとは思えない。

 湊も難しい顔をして言った。


「決算書とは別って事? そうなると……裏帳簿?」

「例の決算書に関わるものですか?」


 課長も書類を見つめながら言う。

 

「多分……そうだと思います。……彼、藁にもすがる思いだったんだろうな。俺に頼むくらいだから……」


 拓也の最後の方の台詞は、まるで独り言の様な呟きに変わっていた。

 それを湊と課長がジッと聞く。そして沈黙が流れる。

 やがて課長が、再び決心した様に言った。


「やっぱり私が預かるよ。家に持ち帰って、じっくりと調べてみる。君達には危険すぎます。上司として、そんな目に合わす訳にはいかない」

「……でも……課長だって」


 課長が書類に伸ばした手を、湊が不安げに止める。課長は穏やかに言った。


「私と吉川くんがここで会った事は、誰にも見られていないでしょう。知られていないなら大丈夫です」

「それより警察に出しましょうよ。充分事件性があるじゃないですか。人が連れ去られたんですよ、やっぱり何かあったのでは遅すぎますっ」


 再び募り始めた不安に煽られる様に、湊が声を上げる。止めていた課長の腕をギュッと掴む。

 それを拓也が、無表情でジッと見つめている。

 課長は彼女を見て、小さく溜息をついた。


「……でも吉川くんが言った通り、あまりに証拠が薄い現段階では、まともに取り合ってはくれないと思いますよ。この書類を取られるのが関の山、それでしたらまず、私が調べた方が……」



 そこで沈黙が流れる。湊は落ち着かなく視線を浮かし、しぶしぶ手を離した。拓也は黙って胸ポケットから煙草を取り出し、課長に「吸います?」と差し出す。彼が短く断る。馴れた様子で火をつける拓也を見て、ああここは禁煙じゃないんだなぁ、なんて関係ない事を、湊はぼんやりと思った。

 拓也が黙って煙草をふかす。課長が険しい顔をして書類を見つめる。湊が悲痛な表情をして考え込む。

 やがて拓也が、煙を吐いて言った。



「そしてそのまま、握りつぶすんですか?」

「……え?」

「これを今僕の手から取り上げて、課長が握りつぶすつもりですか? 俺らが見つけた粉飾を握りつぶした時みたいに」



 その瞬間、課長が目を見開いた。

 そして湊が口をポカン、と開ける。拓也がそれをチラ、と見た。あ、マヌケ面。すげぇ可愛い。このギャップがいいんだよね。


 

「何を言ってるの、拓?」

「そして彼女を手元に置いて、ずっと監視し続けるつもりですか?」



 トン、と灰皿に灰を落とし、拓也は課長を見る。

 課長は息を飲んで拓也を見返した。


「……何だね、一体。何の事だい?」


 拓也はキュッと目を細める。その鋭い瞳に、湊はドキッとした。


「警察は、来ない。だって呼んでないんだから。あなたが電話した先は警察では無く、高松精機の社長だったんでしょう? そしてあなたは社長から、この書類が僕の手に入るのを阻止するように、との指示を受けた」



 拓也は再び煙草を口にやり、ゆっくりと息を吸う。どこか投げやりで、けれども尖った危うい雰囲気。彼のその暗くて危険な空気に、湊はゾクっと来た。

 ホスト時代の彼は、こんな感じだったのかも知れない。荒れていた頃の拓也。あたしの殆んど知らない、彼。

 ……怖いのに、目が離せない。



「何の話をしているのよ?」


 上ずった声で尋ねると、拓也が湊を見た。 

 そして僅かに微笑んだ。



「あのね、みな。今日俺達がこんな目にあったのは……裏で課長が、糸を引いているんだよ」



 三人の間で、時が止まった。



「はあ?」

「なっ……それは違うっ!」

「違わない」


 三人同時に口を開く。しかし最も威圧感を持ってその場を制したのは、拓也だった。

 彼は目を細めて課長を見やり、そして言い放った。

 まるで宣告をするように。



「あなたは裏で、俺達を欺いていた。今までずーっと、ね」





 

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