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 車から降りたら、強面こわもての男が二人立っていた。スーツを着て、いたってまともな髪型をしているが、雰囲気がまともじゃ無い。湊は顔が青ざめた。一人が湊の鞄を取り上げる。携帯も何もかも取られてしまった。彼らと共に、とあるビジネスホテルの一室に連れ込まれる。


 初めて、後悔をした。あたし失敗したかも知れない……。

 こんな非日常な状況がいきなり自分に降って来るなんて、普通予想しないでしょ! あたし、あたし一体何をされるの怖いっ。 こんなのドラマでしか見た事無い24なら殺されてるちょっと綺麗で可哀想な被害者その1よっ、レオンなら殺されてトイレに流されているっ、あれはニキータか。


 思わず見知った顔の高階を、縋りつく様な瞳で見上げる。唯一かろうじて、もしかしたら味方かもしれないと思える、いや思いたい人物だった。

 あたしに何をするの?


 高階は軽く溜息をついた。

「とりあえず、ここで彼を待ちましょう」



 ……まずい。非常にまずい。ダメだあたし現実に対応できていない、だってなんかおかしいもの。


 高松精機。そこそこ大きいけど上場もしていない会社。そこの粉飾決算で……


 なぜここまでの目に合うっ!!

 良くわからんが国税にさっさとごめんなさいって追徴金払ってそれでお終いでしょっ?!

 しかも一介の経理担当者にどーしてこんな強面のおじさんが二人もついてるの、やっぱおかしいでしょってば!



 誰か説明しろーっ! いや説明はいいからあたしを逃がせーっ!






 動きは小一時間後にあった。でも湊にはひどく長く感じた。血圧が上がるって多分こういう事なんだと思う、胸がドキドキしすぎて呼吸が苦しい、とても疲れる。

 ドアがノックされ、男の一人が外を確認し慎重に扉を開けると、飛び込んできたのは拓也だった。

「みなっ」


 会社から来たらしくスーツを着ているけど、長めの前髪が乱れている。険しい顔つきで湊を見つけると、彼女の肩を勢いよく掴んだ。

 湊はホッとするのと同時に余計に不安になった。彼が来てしまった、これは状況が好転したのか悪化したのか。


「拓」

「大丈夫だった? 平気? 大丈夫?」


 焦りと心配の色が強い。こんなに余裕を無くした拓也を見たのは初めて。


「何がどうなってるの? この人達、何?……虎太郎? なんで……」


 驚いた。拓也の背後に、どう言う訳か虎太郎がいる。

 虎太郎は心配そうに部屋の中を見渡しながら、湊に行った。


「君が帰って来ないから、彼に聞いたんだ。その時、この人達が……」

「……っ」


 何と彼の背後には、更に三人もの男がいた。先の二人と違って、この三人は服装も目つきも見るからに柄が悪い。拓也と虎太郎は彼らに連れて来られたんだ、と理解する。これで合計、5人。


 ただ事じゃ、無い。



 拓也が湊の肩を抱いたまま、険しい顔つきで高階に言った。


「彼女に、何を?」

「何も。まだ全然」


 湊は緊張が更に高まった。どうなるんだろう、何が始まるんだろう。

 虎太郎はその様子を、眉をひそめて眺めている。

 拓也は小さな溜息を一つつくと、湊を見た。


「ごめん、湊。俺、ちょっと行ってくる。……迎えに行くのさ、少し遅くなるかも。そん時は」



 目を見開く湊の前で、拓也は視線を虎太郎に移した。


「この人の側から、離れるんじゃないよ?」



 ……それはつまり……虎太郎の、側にいろって事?

 そしてそれって、これから拓は一人でこの人達と一緒にいるって事? 何の為に? だってこの人達マトモじゃない!



「どう言う事っ? 拓っ!」


 咄嗟に掴んだ彼の腕を、拓也がそっと外した。「ごめん」と困った様に笑って、彼女を虎太郎に押す。虎太郎が後ろから湊の両肩を掴み、拓也の指が微かに彼女の頬に触れた。彼独特の丸い瞳が、少し潤んだように見えた。

 え? と思った時にはもう、湊は男に押され虎太郎に引っ張られ、部屋の外に追い出された。あっという間の出来事。何が何だか益々分からない。


 唖然とした。分かる事はただ一つ。拓也が、よからぬ事に引きずられている。



「だめだよ湊ちゃん、もう行こう。巻き込まれる前に」

「でもっ、でも、彼が!」

「彼には彼の考えがあるんだろうから大丈夫。君がそれに巻き込まれる必要は無い」

「でもやだっ……だってやだっ!」



 暴れる湊を抱きかかえる様にして、虎太郎は外に出た。比較的大きな通りに面していて人通りもあるが、ビジネス街のせいか皆忙しそうにしていて、こちらにあまり気を止めている様子は無い。

 虎太郎は彼女をビルのすぐ近くの路地に連れて行った。

 震えている湊を黙って見下ろす。



「どうしよう。何でこんな事になったんだろう? 拓、これからリンチでも受けるのかしら? どうしよう、どうしよう」

「……」



 虎太郎の瞳は無機質で、表情が読めない。ただじっと彼女を観察している。

 昨晩帰らなかった彼女。変な事に足を突っ込んでいる男に、引っかかった女。それにとばっちりを受けかかった俺。

 そう思っているのだろう、だって仕方が無い、その通り。


 それでも。


「助けて虎太郎」



 プライドの高い彼女に、今は恥も外聞も無かった。


「……」

「助けて。何でもするから。何でもするから! 彼を助けて。お願い! あたしどうすればいい?」


 

 虎太郎の胸倉に両手で掴みかかる。それを彼は無表情に見下ろした。

 色々な彼女を知りたかった。でも、取り乱している彼女なんて想像出来なかった。いつも颯爽としていたし、そこが彼の好きな所でもあったから。


 でも、こんな顔もするんだな。彼女もやっぱり、普通の女性だったんだな。

 もっと後から知りたかったな。もっとじっくり付き合って、二人の思い出を沢山作った後で。

 そうしたらこんなに悲しくなる事も無かったのに。こんなに強烈に、振られた傷がつく事も無かっただろうに。



「……好きなんだね、彼が」

「……」

「いつもの君らしくないもの。こんな時君なら、勢いよく真っ先に警察に飛び込みそうなのに」

「……ごっ……めんなさっ……」



 湊は嗚咽を堪えすぎて、声が出ない。そうか、この人は日頃しっかりしている分、一度興奮すると自分のコントロールが効かないんだ。

 それをあいつなら、上手く制御できるって言うのか? 

 とてもそうは思えないよ。彼が、そんなに包容力があるとは思えないんだけど。



「ほら、顔を上げて。俺を見てよ。ね、こっちを見て」

「……」

「僕は、君が好きだ」



 虎太郎は湊の頬を両手で包み込み、瞳を捉え、覗きこむようにして言った。

 淵が赤くなった目で、潤みながら彼を見上げる湊も、視線を反らさない。

 そして迷う事無く、ハッキリと言った。



「あたしは、吉川拓也が好き」



 すると虎太郎は、彼女の両頬を包みながら、綺麗な瞳を細めて蕩ける様に笑った。



「よく言えました」



 二人は見つめ合う。視線を絡め、無言。そうすると、全ての気持ちが伝わる。

 ごめんね、大好き、でもごめんね今まで臆病で。あなたに嘘はもうつけない、大好きよ。

 うん知ってるよ、君の気持は知ってるよ、大丈夫だから、安心して。安心して。


 虎太郎は彼女の肩に両手を置いた。そして彼女を見下ろし、少し挑戦的な笑みを浮かべて言った。



「じゃあ教えてあげる。これから君が、どういう行動を取ればいいのかね」






 前日に会社を辞めた湊が翌日の昼間に顔を出したので、皆はおや? とは思ったが、さして気にも留めなかった。きっと多少やり残したことがあるのだろう、くらいにしか思わない。湊は後藤課長を外に連れ出していた。

 彼女のかつての上司。そして一か月後から、彼女の新しい職場の新しい上司として二人で頑張っていく予定だ。もちろん他にも社員はいるが、同じ職場から同時期に来た二人は今後も二人三脚で進むに違いない。

 そして何より、高松精機の決算について、拓也が相談した相手でもあった。


 彼なら、この話に乗ってくれる筈。


 湊が事情を話すと、課長は顔色を変えた。



「会社に復讐したいって高松精機の高階さんが言ったんです。おまけに吉川くんを逆恨みしているみたいで、彼、高階さんと変な男の人達に連れ込まれるみたいに、一緒に部屋に入っちゃって……っ」

「彼はどこに? 危ないじゃないですか、そこから出さなくては」

「そうですよね、そうですよね? 私達が最後に別れたのは、○○ホテルでした」

「そうか……ちょっと行ってきます」

「私も行きます」



 すると課長は険しい表情を見せる。


「君は危ないでしょう。一度監禁されたんだし女性なのだし、ここに残って……」

「じゃ、警察を! 私、警察呼びます。呼んでもいいんですよね?」

「それはまかせなさい。どこまで事を大きくしていいのか、まずは冷静に判断をしないとかえって取り返しのつかない事になるかもしれない」

「今連絡をしない事で、吉川くんの身に取り返しのつかない事にはなりませんか? 私が閉じ込められていた時は全く尋常ではありませんでしたよ? 私、ここでじっと待ってなんかいられませんっ」


 湊が切羽詰まった様に、そして少し相手を責める様な口調で言う。

 課長は一瞬考える様に彼女を見つめた後、小さく息を吐いた。



「わかりました、私が連絡をします。……仕方ない。一緒に来なさい」


 課長は湊を促し、手近な植え込みの横に座らせた。ちょっと待って、今から連絡するから。藤堂さんはそこにいて少し自分を落ち着かせなさい。そう言って少し離れた所で携帯を開く。



 湊はそれを、まだ赤さの残る目で、苛立ちを不安と焦りと共に見つめていた。

 早く、早く。早くあそこに戻りたい。







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