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ラヴィング・プア Loving poor  作者: 戸理 葵
譲れないもの-ごめん、もう決めた-
40/54

5 暴露大会?

「……どういう事? 全然、わかんない。……だって拓也くん、週末用事があるって。だから私と一緒に、出かけられないって」


 舞彩は呆然としながら、放心した様に言う。誰に話すでもなく、まるで、自分が喋っている事にも気付いていない様に。


「……」


 拓也は口を固く結び、一瞬舞彩から目を反らしたが、すぐに戻した。真っ直ぐに見る。

 彼女の後ろにいる湊とも、視線が絡んだ。

 湊はカッとなり、自分の顔が熱を持ってくるのを感じた。


 その時、祐介が部屋から出て来た。湊と虎太郎のすぐ後ろで、彼らが一堂に会している現場に出くわし、立ち止まる。


 舞彩は呆然と、拓也に向かって言葉を続けた。


「……なんで、ここにいるの……?」

「……」

「……そのひと……」



 さっき、家族風呂にいた……。

 つまりそのひとはカップルで。

 そのひとと腕を組んで歩いてきた拓也くんは……


 一緒に、家族風呂に入ったあいてで。



 舞彩は、頭に血が上り、混乱し、動揺し、訳が分からなくなった。


「……っ」


 彼女はお盆を抱えたまま、彼らとは反対方向に走り去っていく。湊の横を通り抜ける。

 虎太郎が戸惑った様に、彼女を視線で追った。

 そして湊を振り返る。


 湊ちゃん。


 彼女は先ほどからビール瓶を抱えたまま、微動だにしない。ワンピースの胸から下が、水滴でびっしょりと濡れている。


「それ、大丈夫? 俺持つよ」


 虎太郎は、なんとも空気が読めていない、場違いな手の差し伸べ方をしてしまった。彼女の腕から瓶を取る。それでも湊は、前方を見据えたままだ。


 その時、拓也たちの背後の、障子をかたどったガラス製の引き戸が開いた。庭からやってきた男女に、虎太郎は目を凝らす。あれ? 男の方って……三田さんじゃないか?


 

 その時、すっと、湊が前に歩いた。


「湊ちゃん?」



 皆がかたずをのんで見守る。拓也とかなでは、金縛りにあった様に彼女を見つめて動かない。

 湊は真っ直ぐに進み、拓也の真正面で、止まった。


「……」


 彼女の、強い瞳。様々な感情が渦巻いている。拓也はそれを見つめたまま、奥歯を噛み締めた。


 湊。



 スパァンッ!


 湊の大きな平手打ちが、辺りに響き渡った。


 ヒュウ、と祐介が、虎太郎の後ろで尻上がりの口笛を吹く。アレはキクね。数年前を思いだすぜ。


 拓也は打たれたまま、床を見つめ、動かなかった。


 湊は彼の隣の、かなでを見る。

 彼女も目を見開きながら、湊から視線を反らさない。


 まさか、こんな形でバレるなんて。

 自業自得も、いいとこだわ。



「お姉ちゃん……」


 そう呟いた湊は、初めて表情を見せた。辛くて、苦しくて、それを堪える様な歪んだ顔。


 それを聞いたユミと虎太郎は驚愕し、祐介は「ほう」と感心した。


「……っ!」


 絶句したユミは、冷や汗タラタラ。

 な、何ですって、この修羅場に重大事実がもう一つっ!

 アレは湊ちゃんの姉?! 拓也の相手は湊ちゃんじゃなくって、姉のカナデだったぁ?

 あれ、でも湊ちゃんのお姉さんってたしか結婚してる……だって湊ちゃん、お姉さんの子供の面倒を時々見るって……



 ……拓也っ、不倫かっ!



「好き勝手にも、程があるんじゃない?」


 

 今にも泣き出しそうな顔で湊が姉に言ったその時、泰成が動き、湊に手を伸ばした。


「藤堂」


 彼女の上腕を掴む。湊はハッとした様に彼を見た。

 途端に、自分が仕事中だった事を思い出す。そう、彼女は我を失うと言う事が、人生に置いてないのだ。常に冷静で、自分を見失わない。

 それが彼女の、売りで弱点だから。


「……社長……?」

「落ち着け。な?」


 そう言われて、急に色々な事を思い出した。自分は今、祐介の婚約者として会場に戻らなくてはならない。こんな所で油を売っている訳にはいかない。何故ここに泰成がいるのかは分からないけれど。


 

「……ごめんなさい、仕事中に。……でも舞彩を追いかけないと」


 仕事に戻らなきゃ。でもあの子を捜さないと。ほっとけない、ほっとく訳にはいかない。


「おい、しっかりしろよ」


 ふらっと動きだそうとする湊の肩を、泰成が更に力を込めて、掴み続けた。

 それでも湊は、彼を見ないで歩きだそうとする。


「はい、あの、すいません。舞彩を追いかけないと」


 追いかけないと、追いかけないと。まずはあの子を追いかけないと。


 冷静なつもりで激しく動揺している湊を見て、拓也は目を丸くする。奏は眉間に皺が寄った。マズイ、この子は日頃しっかりしている分、一旦切れると、とても弱い。あの時みたいに。



「ごめんなさい、祐介さん。あたしちょっと、彼女を」

「いいから藤堂! 落ち着けよ」

「落ち着いてるわよっ!」



 急に叫ぶと彼女は振り向き、泰成の手を力任せに振り払った。

 怒りをあらわにした彼女の激しい様子に、拓也も泰成も、虎太郎も、驚く。



「するわよ、仕事もちゃんと! やるわよ! でも友達追いかける時間ぐらいあるわよ、それくらいあるのっ! ずっとそこにいたのはあたしだから分かるのよ! 急にやってきて指示しないでよ! 偉そうに、そんなに信用してないの?!」

「してるよ、そこはちゃんと! だから落ち着くんだ」



 そう言って泰成は再び彼女の、今度は両肩を掴んだ。

 しかし彼女は暴れて、泰成の動きに逆らった。



「何なのよ一体っ! 離してよ、何が言いたいのよっ!」



 他の客が、何事だろうと振り返りながら彼らを見る。

 その視線に気付いた湊が、ハッとして動きを止めた。マズイ、このままじゃ祐介さんの顔に泥を塗るわ。


 その自己統制された彼女の様子に、見ていたユミは気の毒になってきた。もう、いいじゃん。



たいちゃんが、みなとちゃんのお兄さんだから心配なんじゃない?」

「わっお前っ!」



 飛び上がった泰成が、思わず湊から手を離す。


「……え?」


 湊は彼女を見た。

 泰成は今度は、ユミを引っ掴む。



「バカっ、ユミっ、やめろっ」

「いーじゃない。ここで言わなくていつ言うのよ? 役者が揃ってんのに、当事者が何も知らされていないなんて可哀想でしょ?」



 見るからに大慌てをしている泰成と、負けじと大声を張り上げてその相手をしているユミ。

 一番最後に登場したこの二人が、今は一番盛り上がって何やらゴチャゴチャやっている。

 その様子に湊と拓也がポカン……とし、その脇で、かなでが小声で呟いた。


「……あっちゃー……」

「何の事?」


 湊がユミに尋ねる。

 ユミは奏を見ながら言った。


「そこにいるあなたのお姉さん。カナデ、さん?」

「……」


 わーやめろーっとか泰成が騒いでいるが、傍から見ても無駄な努力。


「あの人、たいちゃんの腹違いの妹なんだって」


「……」



 湊と、そして拓也は、しばらく時が止まった。



「「はあぁぁぁっ??!」」



 二人、とても綺麗なユニゾン。

 どっ、どっ、どう言う事っ? どう言う事、今なんて言った?!

 湊と拓也はまるで双子の様に、揃ってビックリまなこの大口を開けた。

 虎太郎も目を見開き、祐介は再び「ほう」と言って腕を組んだ。


 あああああ、と泰成がこの世の終わりの様に固まり、かなでが苦虫を噛み潰した様な顔をしている。ここで言わなくていつ言うのよ、って、何よそれ。ココで言うか、この女は。



「嘘っ!」

「みたいだけど、本当らしいわよ。本人に聞いてみれば?」


 同情的な目を向けて、湊に応えるユミ。

 ……何を言ってるの……?

 なおも呆然とした湊は、やがてカクカクと、不自然にかなでの方を振り向いた。


「……それ、本当……?」

「残念ながら、本当」


 彼女は真顔で頷く。

 湊は世界が真っ白になるのを感じた。


 ……う、嘘でしょ? 嘘でしょ? ……絶対、嘘だ!!



「……そんな……お姉ちゃん、いつから知ってたの?」

「……大学生かな? お父さんが死んだ時」



 本当っぽい……。


 湊は唖然として、事態を受け入れる事が出来なかった。

 ハッキリ言って、拓也と姉の不倫なんてぶっとんでいる。だって家族の一大事。世界がひっくり返った。この際、誰と誰がデキているかなんて話、どーでもいい気がする。


 拓也も目を見開き、カクカクと首を動かすと、泰成を見た。


「……マジで……?」



 最早諦めた泰成ははぁ、と溜息をつくと、腕を組んで拓也を見下ろした。



「……と言う事で、俺はお前を死刑にする権利を持つ。さもなくば、俺の事はお兄様と呼べ」

「……殺して」


 思わず拓也は両手で顔を覆う。

 その隣で、かなでは話を続けた。



「以来、私は捜したの。本当の父親を。そしたら割と呆気なく見つかってね。ついでに息子まで見つけた。興味本位で彼に近づいたのが……7,8年前、かな。人気ホストでびっくり」

「……マジかよ」

「嘘だろ……」



 その告白に、泰成と拓也(ホスト当事者)の二人は思いっきり引く。まさかそんなに以前から、彼女の計画(?)が進行していたとは。女って怖ぇ、女って怖ぇ、女って怖ぇ!



「その後の展開については、色々と想定外だったのだけれど」


 僅かに自嘲して俯く奏。それを見た拓也は思いだした。


「……ああ、それ」


 彼女を小さく指さし、泰成を見る。



「この人の旦那さん、あんたのお客」



 再び、彼らの周りで時が止まった。



「……なにぃぃぃっ?!」

「「えーっ!!」」


 泰成と、ユミと湊が同時に叫ぶ。


「こいつら、賑やかだな」

「……」


 祐介がそう言い、虎太郎は笑顔が引きつった。……確かに。舞台見てるみたい……。



「誰だっ!!」


 泰成が噛みつかんばかりの勢いで言って、


「関、さんっての」


 拓也が答える。

 一瞬口を閉じて目を丸くしたユミが、再び大声を上げた。


「……あーっ! ちーのお客っ!!」

「わっバカっ」


 泰成が慌てて彼女の口を押さえようとする。

 その様子を、かなでが冷めた目で眺めた。


「そうよ。今頃二人仲良く名古屋」


 途端に気まずそうになる二人。千清は確かに、今名古屋にいる。商売上の付き合いだけれど、とても彼の事を気に入っていた。

 そんな彼らに構わず、かなでは湊に向き直った。

 そして彼女の目を見据え、真顔で言った。



「ごめん、湊。あなたの友達に手を出したのは私。本当に反省している。あなたやお友達まで傷つけて、ごめんなさい。こんなにややこしくなるとは思わなくて……出来る限りの償いするわ。……でもまさかあなた」



 そこで、言葉を溜める様に、口をつぐむ。

 そして、物言いたげな瞳で、彼女の事をじっと見る。湊はゴクっと、息を飲んだ。

 ……な、何……?


 姉が、探る様に言った。



「彼の、仕事を、していたりは、しないわよね……?」



 そう言って、胸元で小さく、泰成を指さす。

 ギックぅぅ。湊は固まった。

 その背後で、泰成(社長、兼、兄)もギックぅぅ。

 その隣で、拓也(斡旋者)もギックぅぅ。


 ユミはハラハラし、虎太郎はオロオロし、祐介(客)は涼しい顔。



 湊はお得意の営業スマイルを試みた。あれ? あたし、何か、立場悪い? お姉ちゃん、自分の不倫は棚に上げるの? あ、でも、洋一だんなさんの不倫を斡旋したのは事務所ウチか、そりゃマズイわイケナイって……あぅぅぅぅ。



「……ねえ、あたし、とりあえず……」


 

 笑顔で廊下の向こうを指さす。あ、ほっぺが引きつる。



「舞彩を、追いかけに行っても……いいかな?」



 あの子をなだめるって言うのが、今は一番単純な気がする……いやもちろん、簡単じゃないだろうけど。


 ……というか……

  

 もーう、何が何だかわかんない。一体何から考えたらいいのか、誰か教えてよーっ。



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