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ラヴィング・プア Loving poor  作者: 戸理 葵
パートタイム・ワイフ?
4/54

4(R)

 一方の壮太は、そんな彼女をそっと、上目遣いで見た。


 涼やかな目元、高い鼻、形の良い唇、すっきりとした顎、それらを包み込む様な、ふわっとした優しいミディアムヘア。

 細い首、そして華奢な撫で肩。

 見た目が女性らしく、中身は男っぽい、彼自慢の女友達……さっきまでは、婚約者、だった。



「俺、さ。お前がすっげー好きなんだわ。みなとの事だけは不幸にしたくない。お前は大事な女なんだ」



 彼の優しい言葉が、夢の様に彼女の頭の中をぐるぐるぐるぐる回ってる。

 つまり、全くどこにも、届いていない。

 こういう大事な決め台詞は、こういう場面で使うモノでは、ない。



「……壮太も随分、苦労背負っちゃっていたんだね。あたしで良ければ、いつでも相談に乗るよ」



 みなとは、遠い眼で答えた。 

 そして頭の中で壮太レコードを再びめくり、一人納得した。道理で女に淡白だと思った。あたし色気無いし、おかしいな、とは思ったんだ。


 ふっと、ある事に気付いた。

 そしてムクムクと興味が湧いた。


 生のゲイ、じゃない、バイが友人なんだもん(本人も気付かず、既に婚約者の地位から降ろしている)、こんな事聞けるチャンスは、他の人じゃ滅多に無いよ?


 身を乗り出して、声を潜めた。



「で? 他の男は経験あるの?」

「……んー、2,3人」



 困ったように言う彼を見て、みなとはその姿を想像してしまった。

 うひょーっ、リアルに想像出来ちゃうよ、あの体で、あたしにしたのと同じようにああいう事やこういう事を、いやするんじゃなくてされる側? 


 ……って、あれ……?



「……それって、あたしと並行……?」



 途端に現実の話として自分の身に降りかかってきた気がした。ゾッとする。

 ご、ごめん、あたし人種差別も偏見も大っ嫌いだけど、やっぱりそーゆーの、生理的に無理だっ。



「それは違う。お前と付き合っていた時はお前だけだよ。俺、そんなにだらしなく見える?」



 不服そうに口を尖らせた表情を見て、彼女はホッと胸を撫で下ろした。



「……見えない……」


 見えないよ、真面目すぎる。律儀すぎる。だからあたし、振られたんだ。


 ……好きな男がいる、って。

 おおっと、再び現実問題が。彼女は頭を抱えた。



「ああ、どうやって周りに説明しよう……」

「……ごめん……」

「結婚って、恋愛感情が無くちゃ出来ないのかな? だっていつかは消えるんだよ、そんな気持ち」

「……だからってお互い、最初っから恋愛感情が無いのも、おかしくね? おかしいだろ」



 再び口を尖らす壮太を見て、彼女は椅子に沈み込んだ。背もたれに頭を預けて天を仰ぐ。ああもう、だから何でそんなに真面目で律儀なのよぅ。


 みなとは天井を見上げたまま、先日会った姉の台詞を思い出した。



『たいして惚れてもいない男と、どうして急いで結婚するのよ。……ああ、そうか』


 美人な姉は、ニヤッと笑った。


『惚れてないから、結婚するのか』

『壮太とは、一緒にいて充分楽しいもんっ』

『老後は一緒に暮らしましょうね、って独身女が友達を約束するのとはワケが違うんだからさー。も、やめなさいよぉ』

『やめなちゃいよぉ』


 母親の膝の上で台詞を真似る、2歳の姪っこ。

 二つ年上の姉は、綺麗に手入れされたきめ細かな肌の素顔を、みなとに近づけて睨んだ。


 いい、匂いがする。


 幸せな、そしてその幸せをなんの疑問も無く享受して、この上なく満喫している、女性の香り。

 愛されている事に自信を滲ませている、女性の香り。


 こういうの、勝ち組っていうんだろうなぁ。


みなとは多田くんに縋りついているだけ。結婚はね、不幸にならない為にするんじゃないの』

『にゃいの』


 姉の瞳が、みなとを見つめて慈しむように細められた。


『幸せになるために、するのよ』



 ……やってんのに。




 結婚二か月前に、婚約者に振られる。

 俺が好きなのは、お前じゃないんだ。男なんだ。


 

 ……ぐぉぉぉぉっ! 叫びたいぞっ! 流石のあたしも限界だっ!

 これなら、グレるに充分足る要素、てんこ盛りだよねっ?

 あたし、今なら何やっても許されるよねっ!!

 ああ、消化しきれないこの思い、一体誰にぶつければいいのっ?



 みなとは携帯電話を見つめて、呆然とした。








「お母さん! お母さんっ!」


 ドタバタドタバタと音を立てて、階段を下りてくる。

 母は眉をひそめた。



「どうしたの、騒々しい。お行儀悪いわよ、優奈ゆうなちゃんのお手本にならないじゃない」

みなと、振られたって!」



 湊の姉は、コテで巻いて綺麗にセットされた髪を振り乱して、飛びこんできた。

 質の良いアクセサリーが、胸元や耳元で、跳ねあがる。


 母は、口をあんぐりと開けた。



「……やだ、ついに」

「ねぇ、やっぱり。あれは嫁入りする娘のテンションじゃぁ、無かったわよ。すごくテキトーだったもの」

「それが多田君にも伝わったのかしら、やっぱり」

「さぁどうかしらね。そういうのって当人同士にしかわかんないから」

「会社の上司とか周囲の方達にはどうやって説明するのかしら……かなで、もう出かけるの?」



 母娘おやこで言いたい放題言いながら、みなとの姉、かなでは玄関に向かった。

 細いストラップのサンダルを履く。



「うん。優奈ゆなを宜しくね。ちょっと遅くなるかもしれない」

「はいはい、皆さんにお宜しくね」

「はーい」

「最近、多いわね、お友達の集まり。みんな子供はご主人に預けているのかしら?」



 かなではクルッと振り向いた。

 娘の優奈ゆなは馴れたモノで、母親には見向きもせずに、お祖母ちゃんに早速おやつをねだっている。ここぞとばかりに、沢山貰うのだろう。



「子供いる子はね、ご主人が見てるけど、そもそもそんなに子持ちはいないし。独身か、結婚しても子無しか」

「そう。じゃあみなともまだまだ、これからでも間に合うのよね?」

「あったりまえじゃなーい。それに、結婚しない人生だって今は大アリなんだから、ね」



 そう言って玄関の扉を開けたかなでは、思いついたように再び母親を振り返った。



「あ、そうだ。お母さん、みなとに今は電話しない方がいいよ。きっとショック受けるから」

「えっ? みなとがそんなにショック受けてるの? やっぱりあれでもかなりの傷心だったのね」



 あれでもって……。かなでは少し呆れて、この少し天然な自分の母親を見つめた。

 自分達姉妹が軽く持っているトラウマの原因は、母親にあるのだから。


 かなでは少し首を傾けて言った。



「違うよ、傷心してないの。だからお母さんが、ショックを受けるのよ」



 そしてパタン、と扉を閉めた。










「どうぞ」


 通された部屋は、こじんまりとしているけど落ち着いた調度品が据えられ、とても好ましい空間だった。

 先日の拓也と入ったビジネスホテルとは、ランクが違って見える。


 湊はふらつく視界で辺りを見渡し、そのまま視線を、背後の男性に向けた。


 お酒のせいだろうか。凄く、カッコよく見える。

 身長が高く、肩幅も割とたくましい。スポーツでもやっている様な体つきだ。

 男らしい瞳に、キリッとした眉。引きしまった頬。歳は若く見えるけど、30半ばをいってるのかもしれない。


 身だしなみも小ぎれいで、身につけている物も質がいい。

 こんなお金も持っていそうな人が、女にも不自由していなさそうな人が、なんであんなバーであたしに声をかけたんだろう?



 そして何で、あたしはのこのこ、ここまでついて来たんだろう?

 こんな事は、生まれて初めてだった。



 彼の目が、欲望を映し出している。私、求められている。


 今だけ、だとしても。


 ゆっくりと顔を傾けられ、形の良い、薄い唇が降ってきた。そっと重ねられたそれは、すぐさま熱いものに変わり、ゆっくりとけれども情熱的に、口内の隅々まで舌を這われて刺激を与えられた。


 この人、やっぱり相当の遊び人だ。しかも自分に自信がありすぎる。キスが、テクニックありすぎる。


 背中を上下に撫で上げていた彼の両手が、自然に前に移動して、無駄な動きがなくみなとの胸のポイントを、確実に責め始めていた。

 アルコールのまわった体は性的刺激に敏感に反応し、もはや自分では立っていられない。


 立つ気も、ない。


 思い出されたのは、先ほど婚約破棄をした(別れた、と言う気にはならない)壮太では無く、同僚の彼の姿だった。

 彼とホテルに入った時は、向こうからは何もしてこなかった。


 飲み過ぎの体を介抱して、服まで汚れを落としてくれていた。

 ねだれたキスだって、本当はただの冗談だったに違いない。だって彼は直前まで、壮太を保護者(?)として呼び付けるつもりだったのだから。

 

 そんなに大事にしてくれて、私の「尊厳」を守ってくれた彼が、今のこの姿を見たらどう思うかしら?

 いや、そんな特別な事ではないのかもしれない。単にあたしに興味が無いだけで、あの行動は、彼にとっての「普通」なのかもしれない。


 胸の奥が痛んだ。

 彼にとっての「普通」って?

 壮太ではなく、拓也を裏切っている様な気がした。


 でも、彼はもう私の事を、貞操観念の薄い低俗な女、と思っているのだろう。


 だってそうでなきゃ、あんなバイトに誘わない。



 みなとはそう割り切って、この思いを頭から消し去ろうとした。

 男から絶え間なく与えられる愛撫が、簡単にそれを手伝った。


 

 壮太の知らない事が、二つ、ある。

 

 一つは、みなとの初めての相手は、壮太だった事。

 もう一つは、壮太の事を本気で好きだったからこそ、その壮太に執着しない様に、気をつけていた事。



 涙を、目蓋の中で押し留めた。








 「……あっ……」


 女の小さなあえぎ声と共に、拓也は唇を軽く噛み締め瞳を閉じた。

 彼の額から流れた汗が、組み敷いている彼女の肩に落ちる。でも同じく汗を浮かばせた彼女は、それには気付かない。

 快感に震える彼女の中に、拓也は膜越しの欲望を放った。


 しばらく二人で余韻を楽しんだ後、拓也はそっと彼女から抜け出し、そのまま隣にあおむけに転がった。


 二人の息遣いだけが、暗い室内に流れていく。



「……ねぇ」

「……ん?」



 女の掠れた声に、拓也は動かず、目を閉じたまま答えた。

 彼女は頭を動かして隣の彼を見ると、嬉しそうに笑った。



「妹ね、婚約破棄したらしいわよ」



複雑な男女関係。人はそれを泥沼、と言う……。

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