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ラヴィング・プア Loving poor  作者: 戸理 葵
譲れないもの-ごめん、もう決めた-
36/54

『遊びじゃないなら、キスしないで』




「あー、それはひどいね。彼がキレるのももっともだ」


 客もまばらな新幹線のグリーン車、ゆったりと座っている祐介は、腕を組んで何のためらいも無く言い放った。スーツ以外の服まで実に仕立てが良い。センスまで、良い。涼やかなハンサムが引き立ちますわね、はい。

 隣で湊が小さくなる。ちなみに服は、泰成が何処から調達してきたブランド物。クロエの妹レーベル一式。ワンピースが可愛いのよね、と現実逃避。


「……ですかね」

「フルにしたって、もっとまともな言い方があるだろう?」

「……はあ」


 湊の冴えない表情から、素早く(面白そうな)事態を察知した祐介により、言葉巧みに全てを吐かせられて、今に至る。

 ……そんでこの言われ様って、何?





「そもそもそれって、あたしには本気にならないで、ってコトなんでしょう? あなた、完璧に振られてるわよ」


 拓也の運転する車の助手席で、かなでが相手を見据えてキッパリと言う。

 あまり人に見られるのも都合が良くないだろうと、彼はレンタカーを借りていた。久々のロングドライブ。

 天気が良く、景色が良く、気持ちが良い。隣の彼女の、質の良い絹の様なプラチナのピアスが、形の良い耳元でさらっと揺れる。ああ、なのに。

 拓也はハンドルを握りながら、げんなりとしてきた。


「……俺に無理やり口割らせておいて、そーゆー事言います?」

「同僚と付き合ってる状態で、よくまあ、私の妹に手を出せたわね」

「……(あんたがそれを言うか)」





「君は彼が好きなんだろう? 相手も君が好きらしい。晴れて両想い、めでたしめでたしじゃないか。わからないな、何故そこで君は、何を今更な台詞を言ったんだい?」

「……だって……あたしには彼氏がいますし……相手にも彼女がいますし……」


 あんたを解らせようなんて思っちゃいないわよ、ってか何でこんな説明までしなくちゃなんないのよっ。

 と、祐介あいてを睨みたいのに睨めない。故に涙目。


「でもその彼氏より彼が好き。そんな事とっくに相手にも伝わってるじゃないか? 益々、何を今更だろ? それよりも、自分の彼氏や向こうの彼女を傷つけるのが、恐いんじゃないのか?」


 ぐさっと胸に刺さる事を言われた。

 あまりにも、図星過ぎる。





「お互いのカレカノを言い訳にしている、『大人なカノジョ』に頭に来たんでしょ? そーゆーのを逆ギレって言うのよ。散々自分から湊を遠ざけといて、今更何よ」


 かなでのキツイ物言いに、拓也は思わず口が開いた。うっわ、スゲー容赦無い。何、このキレ味鋭い言葉の数々。この人、心臓冷たくない? そんでめっちゃ尖がってない?



「自分勝手だな」


「自分勝手よねぇ」


「しかもバカバカしい」


「それに意外とバカよね」



「……」

「……」


 良薬口に苦し、諫言かんげん耳に痛し、って言うけどさ(諫言って、自分は王様ではないけれど)。なんか心折れそう……目の前のこの人に言われるのって、すっごい理不尽な気がする。だけど何も言い返せないから、とりあえず穴の中に潜りたい気がする。でも顔を出したらまた殴られる様な気がする、ってモグラ叩きのモグラか俺はあたしは。


 心の中でブツブツ言っている彼らは、もちろん負け犬です。

 こんな事を考えている間に、反省して、対策を練るべきです。




 

「……藤田さん、楽しそうですね?」


 湊は諦めて、溜息をつきながら言った。

 祐介は涼しい目で彼女を一瞥する。


「むしろ興味深いよ。何で君らが、何の得にもならなければ事態の進展にも繋がらない様な行動を、グダグダと続けているのか分からない。関係者全員マゾなのかと疑いたくなるね。心理学のケーススタディを見ている様で、本当に勉強になる」

「……(殴りたい……)」

「ん?」

「いえ。政治家って、人間観察も大切ですよね。大衆心理を掴まなくてはいけませんものね。いつも策略と駆け引きと恐怖政治だけじゃ、民の心は離れていってしまいますものね」

「……」

「だから笑顔で、無言でこっちを見ないで下さい……」


 新幹線が、気持ちいいくらいのスピードで走って行くわー……。





「携帯が水没?」


 奏が素っ頓狂な声を上げた。こちらは、話題転換に成功したらしい。そこが拓也と湊の差である。


「そう。あんな事ってあるんだね。俺も驚いた」


 仕事中に外で、拓也が携帯で話しながら歩きいている時、人とぶつかり、うっかり噴水の中に落とした。


「でも大丈夫。もう一台持ってるし。仕事用」


 そう言って彼は、運転をしながらスマホを取り出す。


「こっちの電話番号はあんまり人には教えてないけど。当面、これだけでいいや」

「ふぅん。……仕事中に、プライベートの電話を落とすなんてねぇ」

「不思議だねぇ」

「サボってたのね」

「まさか全然とんでもない。こんな仕事熱心な俺がさぼるなんて、ええ」


 拓也はわざとらしく、目を見開いて肩をすくめてみせた。

 それを奏が、苦笑しながら眺める。


「仕事、面白いの?」

「仕事? そうだねぇ。思ってたよりも性に合うかな。楽しいよ」

「私にはさっぱりわかんない。数字をいじってばかりなんでしょ? あんなのどこが楽しいの?」

「あんなの、言うなよ。自分の妹もしてるだろ」

「うん、真面目でね、あの子。昔っからコツコツタイプだった」


 ふっと笑う彼女の笑顔は、姉の顔をしていた。この人は、本来は多分普通に、家族思いの人なんだ、と拓也は思う。

 視線を前に戻し、彼も小さく微笑んだ。

 昔から、コツコツとやる女の子。らしすぎる。今よりずっと、不器用な彼女。


「へぇー、そこは俺と違うや」





 祐介は、落ち込んだ湊を見てクスッと笑った。隙の無さそうな彼女だけど、見てると結構、こっちのSっ気が刺激されるみたいだ、と思う。彼のこんな心の呟きを聞いたら、湊は卒倒するだろう。

 

「ま、君も非生産的な事にエネルギーを費やして疲れたろ。少し寝なさい」

「え、あの……」

「ほら」


 そう言って祐介は、おもむろに手の平を彼女の両目の上に、軽く被せた。そうやって、彼女の目蓋を閉じる。

 突然の事に湊は慌てて、無意識に両手をふわふわさせた。


「……ふ、藤田さん……」

「祐介、って呼んで。この2日は」

「え? あ、はい」

「僕も、ももって呼ぶから」


 わかりました。それはわかりました。

 そしてそれとこの手は、何の関係があるのでしょう?



「お休み、桃ちゃん」


 気のせいか、腰にクる艶やかな声で囁かれた、気がする。

 

 ど、どうしよう。実はあたし……



 よだれを、垂らすんですよね……ああ無理、寝れない……。


 ……でも、これも、ああ、無理だわ……心地よくって……抗えない…………。

 


 湊はあっという間に、睡眠不足を解消しに別世界へと行ってしまった。


「……」


 本当に寝るんだ。

 祐介は目を見開いて、マジマジと彼女を観察した。秒殺だ……。

 この子って、よっぽど疲れていたかよっぽど大物かの、どちらかだな。いずれにしても、見事だ。

 だってよだれが、垂れている。







「くっそー、なんであいつは電話が繋がんねーんだよっ」


 泰成が吠えた。

 ソファに座っていたユミはビクっとなる。

 泰ちゃんってテンパッた時、ギリギリまで黙っていきなり噴火するから心臓に悪いのよっ耐えらんない、ちーがいないこの状況なんてもっと耐えらんない、ここはひとまず退散をしよう、それに限るわっ。


 男のヒステリーって、最悪よね。


 そうっと立ち上がりこっそり事務所を出ようとする。まさにその時、後ろから泰成に声で捕まった。


「おいっユミっ! お前も来いっ!!」


 ビクッとなって振り返ると、彼は携帯を片手に今にも外出しようとしている。

 唖然とした彼女は次の瞬間、悟った。


 し、信じらんない。何でか知らないけど、この人、拓也を追っかけるつもりだわ。何処まで? まさかあの旅館、長野までっ??



「ええっ?? なんであたしがっ?! よくわかんないけど全く関係無いでしょっ!」

「しっかりわかってんじゃねぇかっ。いいからお前、俺のストッパーになれっ!」

「何ですって?! 絶対イヤだっ!! 死んでもイヤだっ! 誰が好んで他人の揉め事に巻き込まれんのよっ!」


 

 双方、互角の睨みあい。お互い一歩も引きません。



 こういう場合、折れるのは大抵、男性です。そうあるべきです。



「……5万出す」

「旅費食事諸経費別でなら」



 再びの沈黙。

 こういうのはね、目を反らした方が負けなのよ。森でクマにばったり会った時なんて特にそうだと聞いた事があるわ。


「……このやろ……」


 やがて泰成は苦虫を噛み潰したような顔をした。商談成立。ユミはゆっくりと頷く。こんな事なら慰謝料も別に請求しとけば良かった、絶対、うんざりする事態になるに決まってるもの。







はい。この章では、いよいよごちゃごちゃとさせてまいります。

各々のキャラが、それぞれ行動を起こす予定です。既に作者の手に負えません。どうしよう?


どうかお付き合いの程を、宜しくお願い致します。

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