7 戻れないキス
どうしよう。
ヨシと、まったく離れた生活を送る。
でも彼は、舞彩とラブラブな男で、あたしの友達。
ちょっぴり手癖の悪い、愛しい、友達。
迷う事なんて。
そうよ、迷う必要無いじゃない。これがあるべき姿よ。
そしていつか、ヨシと舞彩から、結婚式の招待状が来て……
想像した瞬間、まるで毒薬を注入された様に、黒い何かが一気に広がり、痛みで、呼吸が出来なくなった。胸が切ない、なんてものじゃない。
慌てて、でも無意識で、小刻みに首を横に振る。
落ち着こう落ち着こう、もう一回、振り出しに戻って、状況把握……
そう、普通、こういうのって、段階を踏むもんじゃぁありません?
それが一足飛びで、いきなり、同棲ですか?
湊は顔を上げて、虎太郎を見た。
……この人、直感で動くプラス、かなりの突っ走り系……? どこぞの豆腐屋も真っ青の走り屋?
舞彩に押された拓也が内心思っていた事と、同じ事を呟いているとは、もちろん彼女は知らない。
虎太郎が、距離を縮めてきた。
あれ? 近づいてくる?
え? そしてここで抱きしめますか??
「君の香りを、……いつも感じていたい」
そう言って彼は、彼女の頭に顔を埋めた。湊は顔には出さずに、軽くパニックをする。このシャンプーが好きなんですか? それは量販店で買える安物です。資○堂です。
虎太郎は柔らかく彼女を抱きしめた腕に、段々と力を込めてきた。
湊の顔が、すっぽりと胸の中に収まる身長差。この腕の中は、心地良い。
ああ、コレがドラマなら最高に盛り上がるシーンね。音楽が鳴って、それで二人は唇を近づけるのよ。
「君の、体温。……いつも、感じたいんだ」
そうそう、こうやって耳元で囁いてね……って、え、お約束?? 本当に唇が近づいてきたっ。
そしたら当然、この後はベロチューが待っているんでしょっ?
湊は動悸が激しくなってきた。
ヤバいっ。完全に攻略される自信ありっ。
だって彼、とんでもないイケメンな上に、キスもえっちもやたらと上手いっ、ええ、ハッキリ言って!
女がのぼせない訳が無いでしょっ。
なのに今ここでキスされたらっ。ディープなのをされたらっ。
色んな事をうやむやにされて、このままあたしは彼と同居ーっ? そしてフライデーっ??
「ちょ、ちょっと待って」
慌てて両手で、軽く彼の胸を押しのけたら、虎太郎はじっと湊を見つめてきた。少し切なげな瞳。うっ、その目は反則だってば。
「……あの、頭が混乱して」
「……うん」
「ちょっと……待ってもらえると……」
すると虎太郎が、再びぎゅうっと湊を抱きしめた。
彼の匂いがする。それとシャンプーの香り。いつもつけている香水が香らないのは、多分シャワーの後すぐに、飛び出してきたからかもしれない。
「待てねーっ、うおーっ」
「……うおーって……」
「でも、待つ」
ポツン、と湊の肩の上で、彼は呟いた。
「ちゃんと、待つ。君が返事をくれるまで。俺、本当に君を……側に、置いておきたい。だから」
こんなに誰かに求められた事、無かったかもしれない。
そんな思いにとらわれながら、湊は何を言っていいのか分からず、口を開けても結局言葉が出なかった。
無言が、広がる。
それを虎太郎は、どう捉えたのだろう?
「ごめん。もうちょっと、抱きしめていても、いい? ……ていうか、抱きしめさせて」
そう言うと彼は、更に強く、彼女を自分の胸に押し付けた。
彼に全身を固められた湊は、想像以上の安堵感に包まれる。今それに、初めて気付いた。
愛されると、安心するんだ、あたし。
「利用してもいいから、俺の事、もっと頼ってよ」
徐々に徐々に、虎太郎が自分の中に入ってくる。空いた隙間を、埋めてくれる。
そうやっていつか、彼の中が、あたしの居場所になる日が来る。それも素敵な事なのかもしれない。
仮に将来、虎太郎に捨てられる事があっても。あらかじめ、心のガードを固めていればいいんだ。
そうよ、それでいい。
その為の、同棲。
ムカつく。すっげー、イラつく。そんな自分に、益々腹が立つ。
拓也はリビングに座り、机の上の雑誌を凝視していた。
彼女が男とキスをしている姿を見た、あれ以来イライラが収まらない。
無理やり押し込めた激情は、真っ黒なマグマの様だ。胸の奥深くに潜んでいて、油断すると表面に這い上がってくる。そしてボコボコと沸騰し、彼の心を、ドロドロにする。
拓也は、睨みつけていた不動産情報誌を手に取った。
最初から、自分が部屋を出ていくつもりだった。湊を追い出すわけにはいかない。なのに。
決心が、つかない。情けない。
彼女にあんなバイトまで紹介したくせに。
自分は遊び半分で、彼女に何度もキスを仕掛けたのに。
結局、他の男としていた、たった一回のキスの光景が、頭を離れずに俺を支配する。
そして俺は、段々と、コントロールを失っていくんだ。
彼女が帰宅する音が聞こえる。
彼は雑誌を閉じ、ゴミ箱に放り投げた。
湊が玄関を開けると、ローテーブルに書類を広げて作業中であったらしい拓也が、振り返った。お気に入りのロックバンドのTシャツが、良く似合う。
「おかえり」
童顔の彼らしい、可愛い笑顔。湊は不意に、ポツン、と思った。
……これは、同居。同棲ではナイ。
「湊さ、高松精機。あれ、やっぱヤバいよ。粉飾っぽい。今、上に上げてんだけどさ、お宅の後藤課長にも……」
彼は再び書類に視線を落としながら、一気に何かを話し始める。
湊はそれを、ボーっと眺めていた。
拓也が気付く。
「……どうしたの?」
「……」
「湊さん? もしもし? ……あれ、え、ひょっとして無視?」
「……え?」
「うわっ」
我に返った湊に、拓也は大袈裟に驚いてみせた。
湊はヒールを脱いで、彼のいるリビングに入った。テーブルを、見下ろす。
「……何やってるの?」
「例の決算書だよ。ほら、これ。あなたに教えて貰ったヤツ」
「ああ……」
「どうやら提出先に分けて、それぞれに粉飾をしていたっぽいんだよね。どれが本当かはまだ分かんないんだけど、どれも本当じゃないかもしれない。もう既に上には提出済みなんだけど、課長連中が褒めてくれたよ。よくここまで調べ上げたね、って」
「よかったじゃん」
「湊のお陰だよ。俺がそう言ったら、後藤さんがかなり喜んでいた」
「へぇ」
「今日、彼とご飯食べてたんだろ? 何か言われた?」
「……情報早いねぇ」
「舞彩ちゃんが教えてくれたから」
舞彩、の名前を聞いて、初めて自分が覚醒したような気がした。
頭に、なんとも言えない血が駆け巡った様な気がして、目の前の書類を凝視する。
……あ、なんかあったな。
拓也は思った。床に座って、彼女を見上げてクスッと笑う。
「とりあえず、着替えなさい。なんならシャワーも浴びて。そしたらここに戻っておいで」
「……え?」
普段とは少し違う、優しいトーンの彼の声。湊は彼を見下ろした。
拓也は飲みかけの缶ビールを掲げ、にこっと微笑んだ。
「飲も? 一緒に」
ドキッとする。見つめてしまう。
虎太郎の瞳が反則なら、ヨシのこの笑顔も、反則技だよ。
「おー、来たの」
言われた通りシャワーも浴びて、ポイントメイクだけして、ラフな姿でリビングに戻ったら、拓也はキッチンで何かを炒めていた。
湊はなんとなく、後ろから覗きこむ。
「……何作ってるの?」
「うん? おつまみ。結構イケるよ。喰ってみる?」
「うん……」
「ほら」
菜箸で、口元に突き出された。シメジと青野菜。
再びドキッとしたが、拓也は普段と変わらない表情をしている。
……こ、ここで変に動揺するのは、二人の関係を意識しているみたいで、ダメよね?
湊が小さく口を開けると、中に入れられた。彼の、表情が読めない瞳がこちらを見ている。
心臓をバクバク言わせながら、彼女は無言で彼の出した箸を咥えた。
拓也の動きが止まる。
え? 見つめられてる? 湊は箸を咥えたまま、拓也と視線が絡まった気がした。
次の瞬間、口の中から箸が抜かれた。残ったのは、少し唐辛子の利いた、ゴマ油の風味豊かな感触。
拓也はすっとフライパンに視線を戻すと、馴れた手つきで再び炒め始めた。
「……おいしい」
「だろぉ?」
「ヨシってホント器用だね」
「まね。滅多にやらないけど」
「だよね。料理してるトコ、初めて見たよ。だってあたしが来た時、冷蔵庫の中空っぽだったじゃん」
「そうだ。ねぇ、冷蔵庫の中の、あの団子ってなんなの? 喰っていいの?」
「団子? ……あ!」
お菓子類をあまり買わない湊が、珍しく買って来たみたらしとあんこの串団子は、確かに庫内で浮いていた。
「お月見! 今日なんだよ!」
「……お月見ぃ?」
火を止めた拓也が、呆れたように間近の湊を振り返った。
湊はもう、顔だけで部屋の中をキョロキョロと見回している。
「ねぇ、この部屋からお月さまが見える窓って、どこかな?」
「知らねぇよ、そんなの」
「捜してよ。お供え出来ないじゃん」
「えぇ? 本気?」
「ガチで」
俺、腹減ってるのに……とは言えない。
彼女はこう見えて、言いだしたら聞かない所があるから。他人にはあまり見せない部分だけど。親しい人間にだけ。
だからつい、付き合ってしまう。
「どこからも見えなーいっ。やだ、許せなーいっ。これだから都会は嫌いだーっ」
3分後、リビングの真ん中で彼女が叫んだ。
狭い室内、窓の数なんて限られている。自分達の部屋までくまなく探した後(拓也が見た窓も、信用出来ない、と彼女が再びチェックした。じゃ一人でやれって)、湊は悔しがって地団駄を踏む。
つか、すっげー。地団駄を踏んでる人間って、リアルに見たの初めてかも。
「……俺、一か所、見える場所知ってるけど……」
呆れつつも拓也が言うと、愉快なくらいに湊が飛びついてきた。
「嘘ホントっ? ドコドコっ?」
「……嘘でしょ?」
拓也は唖然とした。
「……」
「本気でここに飾るの?」
「だってここしか見えないもん。教えてくれたの、自分じゃん」
「言ったけど……バカだろ?」
そこは、拓也の部屋についている、トイレ。
拓也側は角部屋である為、ユニットバスの二か所に、窓がついていた。そのうちの一か所、貯水タンクの上。
男は立って用を足すから、必然的に目につく窓だった。夏の時期は、開ける事が多い。
だからって、ここに置くか?
しかも皿がでかいからって、便器のふたの上??
「いいから黙って。ほらお祈り」
「え? お月見ってお祈りするの?」
「祭りにお祈りはつきものでしょ?」
「あなた、何かと勘違いしてない?」
「うっるさいなー、さっきから。七夕だってお祈りしてんだからいいでしょっ」
「ハイハイハイ」
言いだしたら聞かない。だから諦めて、お祈りにまで付き合ってやる事にした。
そしたら悲しいかな、つい本気で願掛けをしている自分がいる。
拓也が目を開けると、湊はまだ、隣で祈ってた。思わずそれを、マジマジと観察する。
「やっぱすっげービジュアル。トイレの中で団子に向かって手を合わせているよ、湊さん」
「……」
「もう行くよ」
「……」
眉根を寄せて、難しい顔で祈り続ける彼女。
拓也は不思議に思い、更にしばらく眺めた。
「熱心だね」
「……人生の、転機に立ってるの」
「え?」
「あたしの人生、何が大切だろうって」
再びの、間。
こっそりトイレを出ようとした拓也の腕を、湊がガシっと掴んだ。
「……どこへ行く?」
「いや、さすがに、トイレで人生語られるのもどうかと……」
「嘘だね! 絶対今、逃げようとした!」
「なんか嫌な予感もして。ほら、俺って危機察知能力が高いから」
「あたしの人生の岐路が、なんであんたの危機なのよっ。そんでもって逃げるか、このヘタレっ」
「勘弁してくれよーっ。これ以上俺をハマらせないでくれよーっ」
「……どういう事?」
「独り言っ」
拓也のプチ切れっぷりに、湊が訝しげな視線を送る。
拓也は彼女の手を振り払った。
「とにかく俺、腹が減ってんだよっ。キッチンに戻って、何か食べたいのっ」
「じゃ、これ食べれば? ほれ」
「喰えるかっ」
彼が手早く料理をしている間、湊はなんとなく、食器を用意した。
拓也はそれにさっさと盛り付けていく。うまそー、とか満更でもない様子。
湊がそれをテーブルに運んでいると、後ろから彼が缶チューハイを二つ持ってやってきた。
「はい。どうぞ」
ことん、とテーブルに置く。腰を降ろし、プルタブを引いて彼女に渡す。
「あー……、あたし、実はさっき、ちょっと飲んだし」
すると彼は、丸い瞳でじーっと彼女を見つめた。何かを探る様な、見透かされそうな、目。
「俺に深刻な話、聞かせたいんでしょ? じゃあ、付き合ってよ」
「……はい」
……ドキドキ、する。こんな風に言われたら、付き合うしかないじゃない。
湊は顔が赤くなりそうなのを抑えながら、缶を受け取った。
口を付け、照れ隠しに言う。
「なんか、悪酔いしそう……」
「じゃあちょっと、口、開けてご覧?」
二度目は、最初の様な抵抗感は無かった。
普通に開けた口に、ポンと入れられる。豆腐とたらことシラスを和えたもの。
拓也が小さく笑った。
「悪酔いしない、おまじない」
「フツーに食べ物だし」
「だな」
男の人に、食べさせてもらうなんて。しかもこんなに甘く。ドキドキするなって方が無理だ。
それにしても美味しい。拓也とは食事の嗜好が合うな、と思って飲み込んだ。
それを満足そうに眺めた彼は、その後黙々と食べ始める。
湊も時々、横から摘んで口に運ぶ。後はやっぱり、黙ってチューハイを飲んでいた。
こんなのも、悪くない。
こんな時間がずっと続くような、錯覚をおこしそう。
「で? 湊の転機って、何?」
あっという間に食べ終わり、拓也はさっさと後片付けまで済ませた。どこまで器用なの、この男は、と湊は思う。
その割には、部屋が散らかっているんだけどね。
「……会社辞めて、生活も、住まいも、変えるかもしれない」
そう言って、湊は黙った。無言でアルコールに口を付ける。
少し、酔いが回ってきた気がする。
隣に座った彼は、テーブルの上の煙草に手を伸ばし、口に咥えると、黙って火をつけた。
「……どーして、そーなるの?」
煙を吐き出しながら、かったるそうに聞き返す。
湊は、視線を泳がせた。
「……課長の新事務所に転職して、……彼氏に同居を申し出られたから」
それを聞いた拓也の瞳が、キュッと細められた。
あいつ、もう行動を起こしやがったか。意外に手が早いな。
「それは、同居じゃなくて、同棲」
そう言って煙草片手に、自分のチューハイをグイっと飲み干した。
そうだよねー、と小さく呟く彼女。
「湊はどうしたいの?」
「……まだよく分からない。二つが一度に降って湧いたから」
「……でもあなたが、自分で決めるしかないだろ」
「……そうね」
湊は手元の缶を、ジーッと見つめた。
「いつもあたしって、どちらかって言うと、流れに逆らわずに生きてきたんだ。その場その場を上手く収める方が大事で……」
「……」
それは俺も、と拓也は内心同調する。
「……二人とも……課長も彼氏も、あたしを求めてくれている。こんな有り難い事、もう今後の人生では起きないかも」
「……大抵、分かれ道では、誰もが同じ事を考えると思うよ? こんな事、もう二度とおこらないかもって」
煙草を吸いながら、彼は静かに言う。
湊はポロっと、本音を零した。
「……この流れに、乗っちゃっていいのかな?」
なんでこんな事を、ヨシに言っているんだろう? よりにもよって、彼に。
そう思っても、止める事は出来ない。
「それが、あたしの意思なのかな? そう言うものなのかな、あたしって」
そこまで言って、湊は口を閉じた。空になった缶に答えでもあるかのように、手にしたまま見つめ続ける。
拓也は天井に向かって、煙草の煙を吐き出した。
しばらくの、沈黙。
「……じゃあさ。試しに、逆らってみる?」
そう言って彼は、煙草を灰皿に押し付けた。
湊の視線が、自然と彼に向けられる。
拓也は顔を上げると、射る様な瞳で彼女を見た。
「人生に。逆らって、みる? ……俺と」
ドキン、と心臓が大きく跳ね上がった。彼を凝視する。
目が、反らせない。
拓也は床に片手をつき、彼女との距離を縮めてきた。
今までの、ふざけたじゃれあいとは訳が違う。
湊は瞬時に悟った。
逃げるなら、今しかない。
なのに。
拓也の唇が近づく。抜け出す事を許さない、強い瞳。
湊は、体の自由が奪われていくのを感じた。
唇が、重なる。
何かの一線を越えたと、互いに気付く。
お互い、その柔らかい感触に、身動きが取れない。
湊が固まっていると、拓也は彼女の顎に指をあて、そっと上を向かせた。
自然と唇が薄く開くと、そこに彼の舌が滑り込んできた。口の中を熱っぽく這いまわられ、舌の裏を舐め上げられ、彼女に電流が走る。
「……んっ……」
切ない彼女の喘ぎに、拓也は頭が靄で覆われていくのを感じた。彼女の後頭部に手をまわす。
もう、止められない。
「……ヨシ……」
思わず呟く。呟いた瞬間、後戻りできないと思った。
これは、二人の合意の、キスだ。
拓也が、掠れた声で、囁いた。
それとは聞き取れないほど、小さな声で。
みなと。
それが堪らない程、彼女をぞくりとさせる。
……ぁっ……
何度も何度も角度を変え、互いに互いの唇をむさぼった。舌を絡め、なぞり、舐め上げ、溶けあった唾液が、彼女の首筋を薄く滴っていく。
それを絡め取るように、拓也の指が這い上がっていき、彼女の耳をなぞった。
湊の体に震えが走る。
毒に侵されたように、体内に熱が籠もる。肌が敏感になる。下が溶ける。思考が痺れる。
自分が自分でなくなっていく。こんな事、いけないのに。
蕩けた脳に、何を囁かれたのか、分からない。
熱に浮かされた頭で、何を口走ったのか、分からない。
好きだ。
好き。
自分の耳にさえ、届かないくらいの、掠れた言葉。
長い長い、気を失いそうな程なのにやめられない、キスが続く。
やがて湊は、止まらない欲を、やっとの思いで押しのけた。
すると拓也の、強い、真っ直ぐな、自分を欲している目と出会った。
溢れ出る熱。想い。それに翻弄され、だから決して満たされる事の無い、渇き切った瞳。
拓也の本気を感じ取った瞬間、色々な事が頭をよぎった。
越えた一線。後戻りできない、覚悟。
怖い。ダメだよ。
「遊びじゃないなら、キスしないで」
濡れた唇で、潤んだ瞳で、必死に拓也を見つめ返す。火照った体を、手で押さえて。
拓也は一瞬、カッとなった。
こんな時だけ、俺の事を、真っ直ぐ見るなよ。
それって、本気になるなって事?
途端に彼は初めて、目の前の霧が消えた様な気がした。
物事がスッキリと見える。今までの自分が、哀れな程滑稽に見える。
どうやったって、無理じゃん。
「諦めた」
湊を見つめたまま、低い声で言った。
「……え?」
分からず、彼女は聞き返す。
拓也はすっと立ち上がり、彼女を見下ろした。
「だからあんたも、諦めて」
何の事か分からない。
逃げたくなるくらい、強い視線。
なのに、魅入られて、抜け出せない。
「俺、これからあんたを傷つける」
彼は鋭い目つきで言い放った。
男の、顔をしている。
つまり、あたしは女として見られている訳で。
「覚悟しろよ」
冷たいのに、熱と欲を孕んだ目。
湊はドキッとした。
この瞳にあらがえず、堕ちていく自分が頭をよぎる。
……あたし、何の宣戦布告をされたの?