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ラヴィング・プア Loving poor  作者: 戸理 葵
残る体温-無理? してるよ-
33/54

 泰成が事務所の扉を開けると、拓也がソファに両足を投げ出して寛いでいた。

 手には携帯ゲーム機を抱え、膝の上には旅行雑誌が伏せて置かれてる。


「あ、泰兄おかえりー」


 そしてゲームから目を離さず、当り前の様に声をかけてきた。

 泰成は、唖然とした。


「……拓也?」

「あ、拓ちゃんクリアした! すっごい!」

「いぇ~い、ライフ一個も減らしてなーい」

「いぇ~い」


 拓也は隣に座っているちーと、二人で盛り上がってハイタッチ。そして再び、今度はソファの背後のユミも交えて三人で、小さな画面を覗き込むようにゲームを再開させた。

 しばらく呆れたように見入っていた泰成は、思い出したように靴を脱いで部屋に上がる。



「……お前、何でここにいるんだよ?」

「んー? だって泰兄、なんか話があるって言ったじゃない」


 やっぱり拓也は顔を上げない。この図々しさ、今に始まった事じゃねぇけど。


「言ったけどよ、来いとは言ってねーだろうが」

「だって電話しても繋がらなかったし、今日はたまたま近くから直帰だったんだもん。え、何? 僕がココ来ちゃいけなかったの?」

「そーんな事無いよぉ。拓ちゃんなら大歓迎。だって従業員みたいなものじゃん」

「そうよ、拓也の引き抜きで随分この事務所、助かってるもんね」

「ねー」



 再び三人で盛り上がり、やがて泰成の雰囲気の変化に気付いたのか、三人そろってやっと、彼の顔に視線を移した。

 拓也がわざとらしく、眉間に皺を寄せる。



「……なんかあのおじさん、メッチャ怒ってる」

「どしたの、泰ちゃん?」

「そういえばここの所、様子おかしくない? この間も吠えてたでしょ」


 ユミが言って、拓也は迷惑そうな顔をした。


「吠えてた? うわ、うるさそー」

「あー、もういいから! お前らもう、帰れ! 今日は仕事ないだろ。ここはラウンジじゃあねーんだ」


 泰成がイライラとした声を上げ、拓也が小さな声で「ホントだ、吠えた」と呟いた。

 ユミとちーは憤慨した様に膨れる。

「え、何それいきなり。ひっどーい」


 それでも泰成の様子に何かを察したのだろう。手早く帰り支度を済ませると、拓也に小さく手をふり「バイバーイ」と声を揃えて言った。拓也もにっこり笑って「バイバイまたねー」と手を振る。

 二人が出て行き静かになると、拓也は膝の上の旅行雑誌を机に置き、ゲーム機もその上に置いて泰成を見上げた。



「で、どうしたの? なんかあったの?」

「お前さ、かなでちゃんとはもう別れたか?」

「……え?」


 不意をつかれたように、拓也が口を開ける。それを泰成が黙って眺めた。

 拓也は、探る様に彼を見つめ返した。


「何で?」

「その調子じゃ、まだ別れてねぇな」

「いや、だから何で?」

「別れろ。今すぐ、別れろ。彼女は何か、企んでる気がする!」


 彼女はきっと、俺が腹違いの兄貴だって知っている。街角で偶然出会った時のあの妙な雰囲気は、ソレだったんだ。ひょっとすると、俺らがホストをやっていた時から既に、彼女はこの事を知っていたのかもしれない。

 

 そんな彼女が、俺の弟分みたいな拓也と付き合うなんて、偶然だと考えにくくて当然だろ!



「はあ?」



 事情を知らない拓也は、突拍子もない台詞に思わず大声が出てしまった。

 ところが泰成はパタっと口を閉じ、ローテーブルを挟んで向かいにある一人掛け用ソファに、腕を組んで座りこんだ。

 ついでに目まで閉じている。

 拓也は唖然とした。



「どう言う事?」

「……」

「……もしもし?」

「……」

「……ちょっと。寝てんの?」

「……」

「もしもーし。うわ、この人ふざけてる?」

「……いつ別れるんだ?」



 眉間に皺を寄せて、目を閉じたまま、難しそうに口を開く。イライラしている。

 何、この空気。拓也は呆れかえった。何、その眉間の皺。何、その腕組。あんたム○イさん? 事件が現場で起こっちゃってんの?



「……だから何であんたが、そんな事に首突っ込むの?」

「きっちり自力で、うまく別れた後に教える」

「はっ。何なのそれ」

「察しろよ。でっかい事情があるんだよ、もんの凄くでっかいヤツが。そもそも俺が今まで、お前の女関係に口を出した事があったか?」



 目を開けた泰成が、我慢できない、と言う様に言ってくる。あ、三田に戻った。



「……そりゃあ、無いけど」

「だろ? お前がどんなに女遊びをしても、果ては過去の女が忘れられなくてバカやっても、包み込む様な暖かい瞳でこう、見守ってやってただろ? そんな俺が今、アドバイスしてんだよ別れろって」

「包み込む様な暖かい瞳のくだり辺りは受け入れらんなけど、言いたい事は分かった」


 

 拓也は、あしらう様に手を顔の前で軽く振った。

 そしてチラッと泰成を見ると、胸ポケットから煙草を取り出す。



「ってやっぱよくわかんないけど。でも強いて言うなら、もう俺ら、別れてるよ」

「ほんとかっ!」

「うん。一応今週末に、けじめ旅行みたいなものに行くけどね」

「なんだそりゃっ!」



 泰成は勢い良く立ち上がると、煙を吐き出す拓也を、仁王立ちで指さした。



「あり得ねぇ事、特大山盛りじゃねぇかっ! 人妻と旅行? けじめ旅行? お前ら一体何なんだよっ!」

「そっちこそ、だから一体なんなの? 俺に自力で綺麗に別れて欲しいんでしょ? だったら黙っててよ」



 ジロッと睨み上げられて、泰成はグッと言葉に詰まる。

 


「……」

「……その目すら、うるさい」

「……」



 目がうるさい、って何だよっ! こいつは何でこうも生意気で図々しい奴なんだっ!

 こんな奴っ、こんな奴っ、俺と関わりにならない所でなら、象にでも思いっきり踏み潰されちまえっ!


 ……でも今は、俺の妹(ほぼ確定)とヤッっている身……今何かあると、俺まで絶対巻き込まれる……。



「えー、話って、コレ? じゃ、もうおしまい? なんか飲まして」



 凄味ある目つきが一転、いつもの甘える表情に戻った。拓也がニコッと笑う。

 一人っ子だけど長男気質の泰成は、彼のこの笑顔に、結局弱い。なんなんだよ、こいつ。


「ウィスキーでいいか?」

「いいでーす」

 

 溜息をついて、グラスを二つ並べながら泰成は口を開いた。



「それで? かなでちゃんと別れた後は、可愛い彼女に一直線なのか?」

「うーん。かわいいねぇ」

「お前ー。女を甘く見ると、後が恐ぇぞー?」

「それは泰兄を間近で見ていたから、知ってるよー」


 丁度拓也がクラブに入ってきた頃、泰成は離婚のゴタゴタで揉めていた。その事を言っているらしい。

 琥珀色の液体をグラスに注ぎながら、泰成は低い声で尋ねた。



「……じゃ、藤堂の事は、もういいのか?」



 これは、拓也に聞きたかった、もう一つの事。

 拓也の瞳が一瞬揺れたが、ウィスキーから反らされる事は無かった。



「……俺ね。自分が一番幸せになれる道を、手に入れたいの」

「……」

「それで、その道は、多分彼女には続いていないワケよ」

「……なんで分かんだよ。姉貴とセフレだったからか?」



 瓶をテーブルに置いて、グラスを片手に向かいのソファに座りながら、泰成は聞く。

 拓也は液体に口を付けながら、彼を見る事無く答えた。



「ああ、それデカイね」

「だって最初から分かってたんだろ? その時は藤堂の事をそれほど好きじゃ無かったって事?」

「そん時は、彼女には彼氏がいたの。俺、追っかける恋愛はもうこりごり。ましてや彼氏持ちなんてあり得ねぇ。揉め事とか略奪とか、超めんどくせーし」

「人妻に手を出した奴が、よく言うぜ」

「あれは俺が出されたの。それにかなでさんのパワーに押されちゃって、逆らう方が当時は面倒臭かったくらい」

「おまけに藤堂を彷彿とさせるビジュアルだしな。フラッときた訳だ」



 父親が違う、姉妹の癖してよ。

 泰成は唇の片端を上げて、皮肉っぽく笑った。拓也は肩をすくめただけで、無言で酒を味わっている。

 泰成は拓也を観察するように、その様子を眺めた。



「今はどうなんだ?」

「んー? お陰様で、いいお友達をさせて頂いてますよ。それに彼女、もう新しい彼氏がいるんだぜ。これがすっげー、いい男」


 それを聞いて、一瞬目を見開く。


「……見たのか?」

「だってキスしてんだもん、ウチで」

「……」

「びっくりだよ、あんなイケメン俳優。泰兄、知ってるんでしょ? ありゃ太刀打ち出来ねぇって」



 チラ、と彼を見上げた拓也の瞳は、珍しく笑っていなかった。口元は自嘲気味に上がっている。

 そんな様子の彼を見て、泰成は再びイラッときた。

 太刀打ち出来ない、という彼の言葉に、彼の熱がたっぷり込められている。



「……俺だったら、諦めねぇな」


 睨みつけるように言うと、拓也の僅かな微笑がすっと消えた。



「……」

「ましてや一つ屋根の下。それが好きな女だったら、絶対、モノにする」

「……」



 拓也は両肘を膝の上に付きながら、前屈みになって、じーっと泰成を見つめた。真剣な瞳。



「……あんたさ、さっきから俺を、どうしたいの?」

「……どういう意味だよ?」

「ここんとこ、色々俺の事を詮索してさ。それって俺じゃなくて、湊の事に興味があるからなんじゃね? 好きなのかよ、彼女が?」



 どうしたいのか。そんな事、俺自身だってわかんねぇよ。色々あり過ぎて、混乱してんだよ。

 泰成は、拓也を睨み返した。


 だけどな、お前の事だったらわかるぜ?


 

「……だったら、どうすんだよ。この間みたいに、騒ぐのか?」

「……」


 ふっと拓也が、視線を外した。



「身近な男に取られるのは、我慢ならないってか。本当に勝手な奴だな、お前」

「……」

「……あのなぁ、拓也」



 泰成はいかにも上から目線で、拓也に言い放った。



「物事に対して、どれだけ本気で行動を起こせたか。それが人生を彩るんだと思うぜ? 仕事でもプライベートでも、恋愛でもよ。そこに手を抜いていると、いつか絶対、後悔する」

「……」


 俺も大概、エラソーだよな。心の中で苦笑しながら、台詞を続ける。



「いい加減、カッコつけるのはよせ。もっと形振なりふり構わず、熱くなれ。やる時も、やらない時ですら、熱く回避しろ」

「……何だ、ソレ」

 

 

 堪らず拓也が、噴き出した。

 それをしばらく見て、泰成も我慢が出来ずに噴き出した。










 藤堂湊、今、人生の数少ない岐路に立たされています。

 彼女は路上で、携帯電話片手に呆然とした。

 え? これって今、どう言う状況? ちょっと落ち着いて?


 問題です。電話の相手の女性は、誰でしょう?


 湊は頭の中で、瞬時に様々なパターンを想定した。


 ①彼女(二股)

 ②仕事仲間(マネージャー込み)

 ③友人

 ④家族


 二問目です。この場合、あたしの立ち位置は、どれがベストでしょう?


 ……よし、ここはお友達でいこう。



 以上。約5秒。彼女は本来、大変リスク回避能力が高いので、心を決めたら瞬時に、いつもの作り笑いと作り声で喋りはじめた。

 なるべく好感が持たれる様に、あえて多少どもり気味を演出したりして。



「あ、あの、私、虎太郎こたろうさんのお友達で、藤堂湊と申しますが「何だ、女だったの?」


 電話の向こうでの、女性の不機嫌な声。

 はい、②③④消えたー。



「虎太郎なら今、シャワーを浴びてるわよ。なんなら携帯渡してあげてもいいけど? コレ、防水だし」

「……あの」

「用件は何? 伝えるわよ。これから二人で食事するところだから。明日は二人とも午後からだし、その時おかけ直ししても、どうぞ」


 二人二人、と強調する。

 成程ね、と湊は思った。


 まあ、あんまりいい気はしないけど。しょうがないか。


「あーっ、お前、何勝手に!」


 そこへ僅かだけどハッキリと、虎太郎の声が聞こえた。遠くで叫んだらしい。


「やーだ、服ぐらい着てよ」


 どこか得意そうに言う彼女に返事をせず、携帯をひったくる音がした。

「もしもし?」

「……」


 こういう時の、理想的一問一答集、あったら売れると思うんだけど。ねぇ、なんて言えばいいの?

 向こうで「え、湊ちゃんっ?」と言う焦った声がした。今気付いたのね、あの人らしい。



「ど、どしたの? え、電話くれた? もしもし」

「……うん、まあ」

「わ、ごめん、彼女の事は気にしないで、何でも無いからっ」

「早く服着て虎太郎ー」

「ケイっ!」

「なんなら着替え、出して来て上げようか?」


 賑やかなやり取りが聞こえてくる。彼女が……ケイが強調した通り、二人は旧知の仲なのね。彼の着替えの場所が分かるくらいには。

 あたしはまだ、彼の部屋には行った事がないけど。



「忙しそうだから、またかけ直すね」

「あ、湊ちゃん」


 焦った声を残し、電話を切った。

 携帯を見つめ、湊は溜息をつく。


 悩みの種が、一つ増えてしまった。

 あたし、これからどうすればいいんだろう? うーん……。


 怒ってみせるのも? 泣いてみせるのも? 体力いるなぁ……。

 むしろ素敵な理解を示せちゃう、自分がいるんですけど。こういう場合、ホント、どうすればいいんだろう?



 ……なんか、こう、ショックじゃない自分に、ショック。

 それでもやっぱり、切ない思いもこみ上げても来る。


 思ったよりもコタローが好きで。

 だけど想像以上に、冷めてる自分。




 


「……ケイ……お前……」


 ギリッと虎太郎が彼女を睨んだ。


「何? 恐い顔して。あたし何にも悪い事してないよ?」

「人の携帯に出る時点で充分悪いだろっ」

「だって留守電に切り替わらないのが悪いんじゃない。仕事の話だったら大変だと思ったのよ」

「切り替わるよ、留守電に! 勝手に出るなよっ」

「何それ。こわーい、そんなに怒んないでよ」



 ケイは派手めな化粧を施した顔で、わざとらしく膨れて見せる。

 すっぴんの方が可愛いのにな、と思いながら、虎太郎は腰にバスタオルを巻いたまま、寝室に引っ込んだ。

 服を着ながら彼女に言う。


「ほら、そこにDVDあんだろ? それ持って、サッサと帰れよ」


 不満げに、まだごちゃごちゃと言い続ける彼女を、顔も見ずに冷たくあしらい続けたら、ケイは不服そうに頬を膨らました。



「……コタってさあ、あたしの事、好きじゃ無かったの?」

「……振った女が、よく言うよ」

「でも今、ここにいるじゃん」

「俺ね、今、彼女がいるの」



 Tシャツとジレを重ね着、下はハーフパンツ。

 服を着終わった虎太郎は、真っ直ぐに彼女を見下ろした。



「だから、悪いけど、全然ダメ」

「……それって、さっきのあの子?」

「ケイには関係ない」

「彼女がいなかったら、あたしとまた一緒にいる?」



 懲りずに食い下がる彼女。その姿は、どこか自信に満ちている。

 あの時あれだけ自分を追いかけた虎太郎を、今の彼に重ね合わせているのだろう。

 可愛くてバカな、年下の元カノ。



「……物事には、タイミングって言うもんがあるだろ? 悪いけど、マジ、帰って」


 そう言って彼女ごと、彼は自宅を出る。何処に行くの? と不思議そうなケイ。



 やっぱ引っ越そう。

 虎太郎は思った。



 


 部屋のある建物(古いけど、結構立派なマンション)の前まで来た時、湊は人影を見つけた。

 不審者か、と思って身構える。すると向こうが彼女に気付いた。

 近づいてくる?


「湊ちゃん!」


 声をかけられて、ビックリした。


「……虎太郎?」

「良かった、電話かけようか迷ってたんだ」


 嬉しそうに駆けよってくる彼は、さっきビルの広告で見た姿と違い、生身の人間。

 この人、やっぱり普通の人なのね。って何、呑気に考えてるの?


 でも、何でここに?


 驚いた彼女の表情を読んで、彼は苦笑いをした。


「すいません。……ストーカーかも」


 湊は唖然としてしまう。と言う事は、あの電話の後、慌ててここまで来たって事?


「さっきはごめん。本当に、ごめん」


 彼は深々と、彼女の前で頭を下げた。

 そのまま、ジッと固まる。

 ……そんな、謝られても……

 湊は僅かな焦りと共に、言葉を失ってしまった。

 しばしの、沈黙が広がる。


「……なんか、言って?」


 頭を下げたまま、虎太郎が言った。

 湊は、益々困った。なんかって……。


「……なんか」

「……」

「……」

「……」

「……言ったよ?」

「あ、やっぱり?」


 顔を上げた虎太郎が、慌てて作り笑いをした。


「本気台詞かと思って、待っちゃった」

「本気だよ?」

「……」

「だって何て言っていいか、分かんないんだもん」


 絶句する虎太郎を、真顔で見つめる。

 内心ちょっぴり、申し訳無い気がした。ごめん、ちゃんと怒れなくて。


 けれどそんな淡白な彼女の反応に、虎太郎は益々焦った。


「彼女とは、何も無い。電話貰った時は、俺はたまたまシャワーを浴びていたけど、彼女には仕事上渡すものがあって、ちょっとの間だけウチに上がってもらっただけ。それだけ」

「……」


 そっか、と湊は無言で頷く。


「俺、湊ちゃん以外あり得ないから。絶対、誰とも、もちろん彼女とも何も無いから。お願い、信じて。本当にごめんなさい」


 正直、どうでも良かった。

 騙されていても、いなくても。どうでもいい。仮に騙されていても、それすら自己責任。


 ……だからね、どういう顔をすればいいのよぉーっ。



「あのさ。こんなタイミングで言うのもどうかと思うんだけど。どうしても、言いたい事があって」

「……なあに?」


 結局真顔で、小首を傾げる。だってここで笑うのも、変じゃない?

 すると彼は、深呼吸をひとつして、言った。



「一緒に、住まない?」

「……スマナイ?」

「そう。住む」

「……それって……」

「うん。引っ越そう、一緒に」


「……ええ?!」



 こ、これは分かるっ! 今はここ、驚いた顔だっ! というか、それしか出来ないっ!



「湊ちゃん、今住んでいる部屋、出たいんだろ? 俺も丁度引越したくってさ。……それに、一緒に住めば、お互い忙しくっても、会えるじゃない?」


 な、なんですって??


「……まさに、なんでこのタイミング……」

「早すぎるかな、と俺も思ったんだけど」


 いや、早いでしょ、滅茶苦茶。しかも浮気疑惑の直後に持ち出す話題ですか?!


 少し赤くなって俯く虎太郎を、感心半分、呆れ半分で、とにかく驚愕しながら眺めた。

 すると不意に顔を上げた彼と、目があった。



「俺、本気なんだ」



 真剣な眼差し。

 湊は、気押された様に感じた。


 この人と、一緒に暮らす?


 ……そうしたら、あたし……



 一瞬、頭の中が白くなった。


 ヨシとは、もう繋がりが切れるんだ。

 職場も、住居も。



 ゴクっと、生唾を飲み込む。



 それって。




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