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ラヴィング・プア Loving poor  作者: 戸理 葵
残る体温-無理? してるよ-
31/54

 しーんと静まる室内。呆然とした三人。

 卓上時計の秒針が響く。



 ……こういう場合、誰から口を開けばいいの……?



 え、俺?



「……あの、すいませんでした……」


 

 拓也は二人を見比べて、試しに謝ってみた。だけど、他に何て言えば良い訳?



「わっ、ごめん、すいませんっこんな所でっ。申し訳ありませんっ」


 虎太郎が勢いよく頭を下げた。

 それに拓也は圧倒され、手にしていた脱いだ靴が、ポトっと落ちた。


「……はあ。あの……」

「君が、弟くん?」

「はい?」



 素っ頓狂な声が出る。

 顔を上げてみると、虎太郎の後ろで湊が、真っ青な顔をして、激しく頭を上下に振っていた。肯定しろ、と言っているらしい。



 ……本日二度目。あの女にキレたっ!



 拓也は固まったまま、頭の中が沸騰した。

 おいっ当事者! あんたあんなに厚い面の皮で世間も仕事も渡ってきてる癖に、自分のプライベートの事だとあっさりフリーズしてんじゃねぇっ!


 我を失いそうになる寸前で、なんとか自分を落ち着ける。

 くそう、とにかくここは話に乗るしかない。例え明らかにおかしな設定でも。


「そうです、いやぁ、まさかねーちゃんの彼氏がゲーノージンとは」

「よろしく」

「無粋な事をしてしまってすいません。ちょっとちょっと」



 そう言って拓也は湊に手招きをした。彼女はビクッと飛び上がる。このやろう。

 そんな彼女の様子に気付かない虎太郎は、ハンサムこの上ない顔に人の良さそうな表情を浮かべた。



「あ、俺、すぐに帰るから」

「いえ、大丈夫っす。……『ねぇちゃん』?」


 拓也のダメ押し。可愛い笑顔。

 黒目がジッと湊を見つめて、口角は理想的に上がっている。

 けど……けど、その目が……笑ってなぁいっ。



「……はい」


 恐る恐る玄関に向かう彼女の肘を掴み、拓也は笑顔で連行した。


「すいません、すぐ、済みますんで」



 玄関を出て、廊下を歩き、階段の踊り場へ。

 音声はもちろん、小さくしましょう、夜中ですからね。

 ドスを利かすのは声の大きさではなく、秘めた怒りのパワーです。



「あんたどういうつもりだよっ。男連れ込むなんてルール違反だろっ!」

「ごめんごめん、どうしても不可抗力でっ」

「何が不可抗力だよふざけんなっ! 男言いくるめるスキルあんだろっ! どうにかしろよ自分でっ」

「すみませんすみませんすみませんごめんなさいっ」

「しかも俺の事、弟って言ってどうすんの?」



 へ? と思った。

 言われた事の真意が、イマイチ良く分からない。


「どういう意味?」


 見上げると、拓也のイライラとした視線とぶつかった。ぎゃっ。



「馬鹿だねー。深い付き合いでもして、家族に紹介したらバレちゃうじゃない。そうしたら一巻の終わりだろ? どうすんだよ、また婚約破棄でもするの?」

「こっ婚約……考えてなかったっ!」

「ああ、いずれは別れるつもりで付き合ってんのね」

「……」

「何も考えてねーのかよっ」

「フツー何も考えないでしょーっ」

「お前、それじゃ絶対婚期逃すぞ」

「親と同じ事言わないでーっ」



 両手で耳を塞ぎ目をギュッと瞑って「やあーっ」と言うと、その声があまりにも大きいものだから、「うるさいよっ近所迷惑だろっ」と拓也に慌てて口を塞がれた。


 溜息を一つついて、拓也は彼女から手を離す。



「じゃあさ、これはどう? 俺はあんたのオヤジが作った、腹違いの弟です。あなたのお母さんには家族総出で隠している為、存在すら知られていません。子供達同志でだけ、交流がありました、と。スッゲー不自然だけど、このシチュ実話だし。これなら巻き込むのは当面、あなたのお姉さんだけで済むでしょ?」


 

 それを聞いてしばらくした彼女は、驚いたようにゆっくりと目を開け、おずおずと両手を耳から離した。



「……ヨシ……なんでうちの家族構成知ってんの……?」

「気になるのはそこかよっ」


 寝ぼけんなよっ状況把握しろっ、俺がしてるのはあんたの尻拭いっ。しかもこれ、絶対バレるに決まってるだろ、受け入れる気かよっ。


 拓也は息を整えた。

 彼女の家は父親が10年以上前に亡くなっていて、二歳年上の姉との二人姉妹。


 

「4年越しの付き合いでしょうが。知ってるよ、それくらい」


「……おっそろしいくらいの策士だね。瞬時にそこまで考えるなんて。口から出まかせ言うの、マジうまいよね。しかもリアルに設定細かいし「あんたさ、俺に協力して貰いたいの、貰いたくないの、どっち?」


 今度はかぶせるように突っ込まれる。湊が拓也を見ると、うわ、恐い。さっきと違って根暗にいかってる。目が据わってる。



「お願いします」

「じゃあ死ぬ気で嘘つき通せ」



 強い口調で、上から見下ろされ、言い放たれた。

 死ぬ気で? 湊は息をのむ。ごっくん。ばれたら、かなりヤバい?


「この貸し、高いよ?」


 そして冷めた目で、突き放す様に、拓也に睨まれた。


 ……ど、どこでどう、お返しを要求されるんだろう……?




 部屋に戻ると、虎太郎が不安げにリビングに座っていた。


「お待たせしました、コタローさん」


 拓也が声をかけると、彼は弾かれた様に立ち上がる。

 顔が、申し訳なさで一杯、といった表情だった。



「すみません、俺、帰ります」

「いやいいっすよ、自分、部屋に引っ込みますから。どうぞごゆっくり」

「でも湊ちゃん、明日も会社だし。今日も随分疲れているみたいだから。僕はここで」


 形の良い眉を下げ、ペコペコと頭も下げる。


「そうですか?」


 拓也も眉を下げ、「すみません」と苦笑いの会釈を見せた。



 じゃあなんでここまで押しかけて来たんだよ、なんて野暮なことは聞かない。

 秘密主義の彼女に、我慢が利かなくなってきたんだろう。強引にでも、部屋に入りたかったに違いない。自分の目で色々と確かめたかった、ってヤツだ。この状況、今はどう言い訳したって、俺は要注意人物だよね。



 拓也は、甘く見つめ合う二人を冷めた目で観察した。虎太郎の、愛しむ様な眼差し。湊の、少しはにかんだ柔らかい笑顔。それらを見て、思わず下唇を噛み締めそうになる。


 くそ。昼間唾をつけといたのに、全く効果が無かった。


 あんたさ、男を蜜で誘って、真綿で包んでおいて、自分の大事な中心部は隠す。それがどれだけ相手をハマらせるか、分かってんの? まるでアリ地獄みたいに、相手はどんどん堕ちてくんだよ。



 本気で相手を好きになれない、って言ってた彼女。彼はどこまで、耐えられるんだろうね?



 でもそうしたら、あいつの幸せって、結局何処にあるんだろう?





 十分後、虎太郎は夜道を一人で歩いていた。

 両手をパンツのポケットに突っ込み、ボーっと前を向いて進む。


「……弟ねぇ……」


 知らず知らずに言葉がついて出た。

 視線を一瞬下に落とし、そして夜空を見上げる。星は、一つも見えない。



「……弟、ねぇ……」


 

 傍から見ると、まるでドラマのワンシーンの様なんだろう。どっかで似た様な芝居、した気がするし。

 でも現実なんだよな。


 この際、彼が弟だろうが従弟だろうがはとこだろうが他人だろうが、関係無い気がする。

 虎太郎は軽く目を細めた。



 問題は、全く別の次元だ。


 彼は、彼女のキーを、握ってる。


 今の彼女の、全てを支配する、キーを。









 泰成は携帯電話に向かい、低い声で言った。


「あんた、会いに行ったのか?」


 電話の向こうで、一瞬の戸惑いが覗える。


『何の話だ?』

「……娘……かなでって女に……」


 少しの沈黙が、あった。


『よく知ってるな』



 畜生、やっぱビンゴかよ!!

 怒鳴りつけたい気持ちを必死に抑え、彼は唇を噛んだ。


 自分の父親に外で作った娘がいる、と聞かされたのは一年前の事だった。

 母親も亡くなり、その後大病をした父親が、無事生還した後に急に言いだしたのだ。

 母の命日に。親戚連中の前で。


 再発するかもしれない。それに怯えたくない。後悔はしたくない。

 妻に正々堂々と報告したい。彼女は全てを知っていた。そして、そんな自分を受け入れてくれた。



 あのなぁ、そう言うのを、立つ鳥後を濁すって言うんだよっ! 何もせずにサッサとぽっくり逝っちまえ!!



「……会ったのか?」

『いや。だけど孫は見れた』


 淡々とした口調の中にも、嬉しそうな様子が伝わってくる。

 それが泰成を更にイラつかせた。



「……どの面下げて会いに行くんだよ。しかも今更人の家庭まで壊すのか?」


『……全くだな』


 父親の、静かな声が聞こえる。


『けれども、これは私の問題だ、泰成』



 このエリート男は、一般的な医者が辿る様な教育パパとは全然違い、究極の放任主義だった。最初から俺にあまり興味が無かった。

 中学で俺がグレた時も。高校を中退した時も。

 『全てはお前の自由、自己責任だ。好きにしろ。ただし、金は出さない』



 泰成は、忌々しく電話を切った。



 今はそんな事、どうでもいい。好きにさせて貰った人生、これも充分満足だ。暴力を振るわれる家庭や親が蒸発する家庭を友人の中に見てきた自分としては、全く恵まれた環境だったと思うから。ああそうだよ、俺の自己責任だ。



 だけどこれは別っ! 全くの、別物っ!

 


 かなでちゃんと俺が、兄妹っ? 俺ら、兄妹でホストクラブでいちゃついてた訳かよっ!

 つーより、藤堂! そしたらあいつ、俺の義理の妹って事かっ?!


 俺、やっちまったよ、義理の妹とっ!!



「……うおおおおおおおっ!」



 なんつー燃えるシチュエーションなんだーっ!!



「あ、泰ちゃんが壊れた」


 扉の向こうの事務所のソファで、ユミが紅茶をすすりながら平然と言う。

 ちーは心配そうに、チラチラとこちらを覗っている。



 義妹と禁断の関係、あの夜の勢い、

 じゃなくって、これからはあいつをそう言う目で見ないようにしなくては……


 ……無理だーっ!! 益々意識するーっ!!

 どーしよ、迂闊に抱きしめる事も出来ねぇ。ってえ、俺? やっぱあいつを抱き締めたかったの?



 とかなんとか言ってる場合じゃ無くって、俺、妹に何の仕事をさせてるんだ?


 ……げ、ヤバいだろっ、妹を男に斡旋してんじゃねぇかよっ!!


 ヤバいヤバいヤバいマズイっ、即効あいつにやめさせなくてはっ! 俺、鬼畜の風上にもおけねぇっ!!



 ああああああああっ!! 



 親父っ!! 世の中、自己責任じゃ済まされない事もあるんだよっ!!







 

ああ、ややこしい。

でも泰ちゃん、最初からこの設定だったんで我慢して。オヤジのパニックは見苦しいよ?


そして拓也の心には、新たな波風が。

虎太郎も徐々に、事態を把握してきてます。彼は直感で動くタイプです。

湊ちゃん、どうします?

心のリハビリ期間をそろそろ終了させないと、大変な事になりますよ?


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