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ラヴィング・プア Loving poor  作者: 戸理 葵
パートタイム・ワイフ?
3/54

「何、考え込んでるの?」



 カフェで、目の前に座った婚約者に聞かれる。



「あー……いや別にー……」


 みなとは苦笑して、視線を泳がせた。


『会社の同期にね、売りのバイトをしてみない? って誘われたんだけど、ビックリしてさ。一晩十万円の高級娼婦らしいんだけど、どう思う?』


 なんて言えるかっ。

 こんな事、プライドの高いあたしとしては、女友達にだって言えないわよっ。家族にだって、もちろん彼氏にだって。


 そんな事を考えていたら、



「ごめんっみなとっ」



 突然、目の前の男に頭を下げられた。



「……何?」

「俺、やっぱ結婚出来ねぇ」



 本物のショックは、「ガーン」なんかではないらしい。

 全てが無音になって、世界が真っ白になった。



 恐る恐る、自分の婚約者……まるでギャグ漫画の様に机に額をピタッとくっつけて微動だにしない男、多田壮太28歳(同い年)に視線を戻す。


 いつもはひょうきん系でうるさいくらいの彼が、全くピクリとも動かない。

 

 みなとはひたすら、凝視し続けた。

 それでも彼は、動かない。

 え? コイツいつまで動かないんだろう、と思い始めた。

 やっぱり、動かない。


 試してやろうか、動き出すまで。

 それとも黙って帰ってやろうか。

 いやいや律儀な彼ならそれでもきっと……って、


 ……ああん、もうっ! 何、冷静に観察しちゃってんのよっあたしってばっ!



「何でっ!」



 湊の根負け、5分が限界。

 彼女が叫ぶと、彼はやっと顔を上げた。それまでに十分、周囲の注目を集めていた。


 いつもの吊り目がすっかり下がり、美形も肩無し、それでも男前。

 深い眼差しに、男性にしては厚い唇。そのアンバランスが女心をくすぐる。片方の口角を上げて笑うのが、普段の癖だった。


 申し訳なさそうに、上目遣いでみなとを見上げる。



「……実は、ずっと前から、好きな奴がいるんだ……」

「……はいぃぃぃ?」



 寝耳に水、とはまさにこの事。ギャグ漫画みたいな土下座に、ギャグ漫画みたいな返しをしてしまう。

 湊は目をひんむいて、壮太に喰ってかかった。

 


「ずっと前から?! て、え? それってどういう事っ?」

「いや、その、そいつとどうこうするつもりは、全然無いんだ。……ただ……」



 縮こまった彼は、この世で最も命を狙われやすい小動物よろしく、ビクビクと視線を泳がし続けている。



「……やっぱり、自分の気持ちには、嘘をつきたくない、と思って……」



 みなとは再び、無音の白い爆弾にさらされた。

 いやちょっと待ってよ、つきとおしてよ、嘘!

 ずっと前? ずっと前って言ったよね、今? そしたら何で今、この結婚二か月前のタイミングでカミングアウトするのよっ? それって、それって……



「あたしの気持ちは、どうなるのっ?」



 気付いたら、周囲を憚らない大声で叫んでいた。あぁ、これって俗に言う、修羅場じゃんっ。


 ところが怒鳴られた当の壮太は、今までのビクつきから一転、吊り目を見開きキョトン、として言った。



「でもお前、別に俺に惚れてねぇじゃん」

「えっ…?」



 思わず振り上げた手を空中に浮かべたまま、湊は固まる。

 そんな彼女に、壮太は更なる言葉を続けた。



「全然俺に、女としての執着、持って無いだろ?」

「……」



 ヒュンっ!

 喉が詰まる。


 ……心当たりが、ありすぎて。



「だろ?」



 律儀に彼は、湊の同意を求めてくる。律儀だ。あまりにも律儀だ。

 だから今更、昔の恋が忘れられないって結婚をひっくり返す気になったんだ。そうよコイツは純情すぎるのよ。


 でもその律儀さで、あたしの世間体も少しは考えてよっ!



「……う……」

「何でも話せて、親友みたいで、束縛も無くて、セックスも合う。だから俺といたんだろ?」

「……」



 なんでバレてんだなんでバレてんだ。

 湊は冷や汗がだらだら、滝の様に流れていくのを感じた。



みなとが誰かに執着する所、見た事無いし。本当に申し訳ないとは思っているけどさ、今回は見逃してよ、お願い」



 ごめん、借金していた一万円、今日持ってくるの忘れちゃった。

 次会う時は必ず持ってくるからさ、今回は見逃してよ。


 みたいな? そういう拝みしてんの、あんた?



「今回って、次回があるのかっ!?」


 相変わらずの天然さにブチ切れて、身を乗り出して壮太の襟首を掴み上げると、壮太はTシャツごと引っ張られて、彼女に顔が近づいた。


 体いっぱいで、焦っている。



「俺達の間に、って事じゃないよ。みなとにはあるだろ、次回。ね?」

「そもそもずっと片思いの人がいるなら、なんであたしと婚約したのよーっ!」

「だからさ、ごめんってば。忘れようとしたんだよ、だって絶対無理だし……」

「どこの誰よ、その思い人ってのはっ。それくらい教えてくれてもいいでしょ?」



 もはやカフェの店内中の、注目を集めている。

 見目のよろしい男女の、痴話喧嘩、いや修羅場。知るかそんなのっ!

 あたしはクールでプライドが高いからねぇ、普段は人目が気になるんだけどねぇ、

 今は人生最大のプライドがかかってんのよっ人目なんか関係無いっ!


 そしてこのカフェには二度と来ないっ!!



「……高校の……同級生……」

「……高校~? 知らないよ、そんな話。ホントなの、それ? 友達付き合いが長かったのに、聞いた事ないじゃんっ」



 疑りかかって更にギリギリと壮太を締め上げた。コイツ、テキトーな事をいってあたしから逃げようとしてるんだったら、許さねぇっ!



「……いつも一緒につるんでいたんだ……」

「?」

「……何をするにも、一緒でさ……。でも、卒業してからは、連絡を取ってなくて」



 訥々とつとつと語る彼の表情に、嘘は見当たらない。それは、長い付き合いで分かる。

 一体それは誰だ、と湊は頭の中の壮太レコードを引っ張り出して探ってみた。さっぱり、引っかからない。


 いや、僅かに何かが引っかかった。戻る戻る。


 

 いや、確かに引っかかった。


 

 卒業してから、連絡を取っていない?

 


「…え? ……ひょっとして……」



 湊は壮太の襟首を掴んだまま、恐る恐る口を開いた。

 え、まさか……



「あの、喧嘩別れしたっていう、バスケ部の親友?」

「……」



 壮太、俯いて、無言。弱冠、赤面。



「て、男じゃんっっ!!」



 ついに彼女の手から、壮太の襟首は自由となった。くしゃくしゃになって、掴まれたままの形状を留めている。

 湊は三度目の、白い無音爆弾の投下を受けていた。しかも最大級。



 なんていう、カミングアウト……。



 ペタン、と椅子に座る。

 はあ、と肩を下げた。でも、目は壮太に釘付け、凝視したままだ。

 一生懸命、情報を整理した。



 そっか、そっか、……そっかぁー……。

 相手が男なら、しょうがないわな。太刀打ちできないもんね。

 かえって納得、受け入れてしまう自分にビックリ。

 女に負けた、っていうより、男に彼氏を取られた、って方が心理的ダメージが少ないのかも。え? そういうもん? 何でだろ? 不思議だわ。



「忘れようと思って、俺、結構努力したんだ……」

「喧嘩の理由は、それか……」



 思わず瞳が生ぬるくなってしまう。そりゃ親友が、自分に恋心を持っていた、と知ればなぁ。若い高校生だもん、今のあたし以上にショックだよね。まさか壮太、その時も律儀に攻めたりしていないよね?


 

「もう10年も連絡取ってねぇよ。だけどダメなんだ、無理なんだ」



 しょぼくれて言う彼を見て、みなとは呆れて開いた口が塞がらなくなった。あたし今、この口に蜘蛛の巣がはれる。鳥が巣を作れる。

 そして頭を振って溜息をついた。これは確かに無理だわ。あたしの手には負えない。

 というか、もはやあたしの世界じゃ、ない。



 信じられない。

 みなさーん、あたしの婚約者、ゲイだったんですよー?

 いやこの場合、あたし達は何度もエッチしてるから、バイか、バイ。

 


 ああもう、もう一回、怒鳴りたい。


 そう言う事は、は・や・く・言・え!!



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