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ラヴィング・プア Loving poor  作者: 戸理 葵
命がけの演技で-君が好きだ-
24/54

 夜。事務所にて。女の子が4人。

 玄関の扉が開き、泰成たいせいが戻ってきた。


「おー疲れ~」

「社長ぉ、おっそぉい」

「も、くたくた。家に帰りたいよぉ」

「あたし、間に合わないっ。早く鍵ちょーだい」

「悪い悪い」

「行ってきますっ」

「なっちゃん、相変わらず忙しそぉ」

「引っ張りだこ」



 一人の女の子が部屋を飛び出していく。柔らかな巻き髪で生成りレースの白いワンピースがよく似合う、可愛い20代前半の女の子だった。

 そして部屋に残ったのは、完璧な化粧を施した20代半ばの美人と、幼い顔だが厚ぼったい唇が色気たっぷりの女性、そしてみなとと泰成。


 湊はソファ前のローテーブルに、本を5,6冊積み上げて読んでいた。

 発展途上国がどうの、冠婚葬祭がどうの、一冊で分かる世界のニュース、そうだったのかここが解説、テーブルマナー、歌舞伎……。

 泰成は上から覗きこんだ。


「……お前、何やってるの?」

「ねぇたいちゃん。湊ちゃん、ずーっと勉強してるんだよ。も、凄い集中力。頭いい人は違うねぇ」


 多少舌っ足らずな口調で言う唇の厚い彼女の言葉に、泰成は軽く顔をしかめた。


「お前、せっかくの有給休暇もっと楽しめよ」


 すると湊は口を尖らせながら言った。


「だって今日のお客さん、大変なんだもぉん。要求がハイレベルで。聞いてよ、ちーちゃん」



 泰成は肩をすくめてキッチンに行った。アイスコーヒーを入れながら、横目で湊を観察する。

 なーにが「大変なんだもぉん」だ。猫かぶりやがって。滅茶苦茶プライド刺激されて、本気で没頭してるクセに。


 現実逃避に、命賭けてるみてぇだぞ。


 泰成の後ろで女子三人が「えー、うそー、信じらんなーい」とか「やーん、ヤバいでしょー」とか「そう言えばあそこのチーズケーキマジヤバいよ」とか言っている。て、おい。いつの間に食べ物の話なんだ。女ってのは本当に話題が跳びまくるよな。



「もう一晩中離してくれなくって、手もヌいてくれないしさー。睡眠不足で腰痛い」

「それはちーがヤリたかったからでしょ? 手を抜くってどっちの意味よ」

「まあ、それもある。だって色っぽくって逞しいし」

「あたしは今まで3回しかシテ無いよ、この仕事で」

「え? そうなのユミさん?」


 

 湊が食いついた。ユミは美人顔を重々しくしかめてみせた。



「そうよ。だって相手が望んでいるのは恋愛であって、カラダじゃないんだから」

「でも恋愛の延長にカラダがあるんじゃなぁい」

「だからちーは本命にサクサク振られんのよ。自分を簡単にあげちゃダメよ。男ってバカなんだから」

「だって好きならシタくなるじゃなあい、当然でしょ? それにシテみないと、体の相性だって重要だし」

「あんた仕事で体の相性求めてんの?」

「んー、それは別かなぁ? シテみて、それで相手の性格を分析して、より希望するモノを与えてあげるっていう感じ? 更なる癒しとパラダイス」

「ドコで分析してんのよ、性格」


「……二人とも、偉い……なんか、愛を感じる……」



 湊の言葉に泰成は力が抜けて、その場で座り込みたくなった。この会話のドコに愛を感じてんだよっお前は。

 つかつかと三人に近寄る。

 それに気付かないユミは泰成に背を向けたまま、得意げに朗々と言った。



「そう錯覚させるの。それが疑似恋愛。あたし達の仕事でしょ。愛してるって自分の事も錯覚させなきゃ、相手をその気になんてさせられないわよ。命がけで演技すんのよ」

「随分偉くなったじゃねーか」

「いたぁいっ」


 後ろからユミの頭をはたいたら、彼女は両手で頭を押さえて泰成を睨み上げた。

 そんな彼女を無視して、泰成は湊に言う。



「おい藤堂。次の仕事、時間だぞ。早くしろよ」

「あ、マズイ。行ってきます」

「湊ちゃん、誰?」

「沢畑様」

「えー、ちー、あの人苦手。すっごい人の事バカにするんだよぉ? なのにエッチが粘着質で」

「あー、しつこいよね、あの人。バカにされるのは自分のせいって気がするけど」

「だってぇ」

「あたしまだ、一度もシテないよ?」


 笑いを少しこらえながら、湊は玄関に向かった。


「……うそ、ホントに?」



 ユミの驚いた声が後ろから聞こえる。

 ヒールの高いサンダルを装着して顔を上げると、いつのまにか目の前に泰成が立っていた。

 いやに真面目な顔。



「……気をつけろよ。自分の目でよく見んだぞ」

「? はい、行ってきます」



 あのバカ殿ってそんなに危険人物なのかね? じゃ途中で逃げ出そう。あ、その前に監視カメラの起動か。

 そう思いながら、湊は事務所を出た。

 扉が閉まる。

 泰成は玄関で、閉まった扉をジッと見ていた。



「……」

「過保護ねぇ。オヤジの純愛ってやつ? 切ないわねぇ」


 彼の背後に立ったユミが、ニヤニヤと泰成に言う。ちーも側で笑ってる。

 ところが泰成は無表情で、ユミを無視して扉を見つめ続けた。


「……」


 そして無言で踵を返し、部屋に戻っていく。

 ユミとちーは、驚きのあまり口が半開きになった。


 ユミがゴクっと喉を鳴らす。



「……ウソ。行っちゃった。まさか図星?」

「本気なの……? 泰ちゃんが? ……かわいそぉ……」

「(それって失恋が前提……)あんたが慰める?」

「あ、いいかも」



 両手を頬にあてて、泰成の消えた部屋をウルウルと見つめるちー。それをユミが白い眼で一瞥した。







「……」



 かなではカフェのテーブルに頬肘を付き、アイスカフェオレのストローをぽろ……と口から落とした。

 信じられない、という風に綺麗な瞳が見開かれる。

 繊細な高級アクセサリーが、耳元でサラ、と流れた。



「まさかあなたから別れ話を持ちかけられるとは思わなかったわ。するとしたら絶対、私からだと思っていたのに」

「うん。僕も」



 拓也は軽く口をすぼめた。肘を付いた姿勢で身を乗り出し、こちらはブラックのアイスコーヒーを、ストローでグルグルと無意味に掻き回している。視線は先ほどから、そのコーヒーに注がれたまま。


 奏はそんな彼の様子を、じーっと眺めた。



「どうしたの? かったるい事は大っ嫌いな吉川クンが別れ話を持ち出すなんて、相当エネルギーがいったでしょ? 何があったのよ?」


「……なんかかなでさん、その言い方って身も蓋も無い……」


「だって本当の事じゃない」

「……」



 拓也はガク……と俯いた。他人に言われるとミョーに凹む。俺ってそんなにやる気無いかな? たしかにどうでもいい事多いけど。これでも色々と、細かく深く悩んでんのよ?


 気を取り直して、机を見つめながら、ゆっくりと言った。



「……実は、新しい彼女が、思ったよりも一途で可愛いいい子で……大事にしたいなぁ、と……」

「ほおほお。建前ね。で、本音は?」

「……」


 おい、一蹴かよっ!


 この人、なんか泰兄たいにいに似ている……。根拠無く自信満々な所とか、エラソーな所とか、自分の事は呆れるくらい罪悪感無く棚に上げちゃう所とか……。


 拓也はジロ……と上目遣いでかなでを見た。

 彼女は両手で頬杖をつき、興味津々に拓也を見ている。


 ……しかも、その目。人を見透かすような瞳。誤魔化そうたってそうはいかないぜ、的な無言のオーラ。ホントそっくり。

 別にそんなの無視して、テキトーな理屈を嘘八百並べるのって俺の十八番なんだけど、なんだかこの目を見ていると面倒臭くなっちゃうんだよね、嘘を付き通す事が。も、どうでもいいか、みたいな。絶対この人達の生体エネルギー、俺の二倍は放出されてる。


 拓也ははあ、と溜息をつくと、こちらも片手で頬杖をついて奏を見つめ返した。



「最近俺に、同居人が出来たの。同居人っつっても、ルームシェアみたいに部屋は別々なんだけど」

「……その人がなんかヤバメなの?」

「うん。あなたの妹なの」


 今度こそ、かなでは絶句した。


「……」



 目を見開き、時が止まった様に拓也を凝視し続ける。

 拓也はチュゥゥとストローでアイスコーヒーを飲み干した。


 やがて彼女は驚き半分、呆れ半分で口を開いた。



「……それは……まあ……そこまでくると……無理よね、私とは……」

「でしょ? どんな顔してあなたを抱けばいいか分からないし、どんな顔して彼女と顔を合わせればいいか分かんない。今更だけど」


「……まあ……ルームメイトとなれば……避けようがないもんね……職場まで一緒となれば……」



 そして奏は椅子に深く座り直し、マジマジを拓也を見た。



「……今更、ねぇ」

「だから、ごめんなさい」



 拓也は丸い瞳で彼女を見つめた。黒くて、少し潤んだ瞳。そして深々と頭を下げた。

 彼女は苦笑する。



「……いいわよ。だってしょうがないじゃない。元々、どこまで続くか試してみるってところにスリルもあったんだから。面白かったわ、中々」



 拓也も、ふっと微笑んだ。



「……俺も。奏さん、すごくいい女だった。今まで、ありがとう」

「こちらこそ。お互い身代わり人形としては、上々よね」


「……旦那さんとは上手くいってんの?」



 視線を反らしながら彼が言った台詞を聞き、逃げたな、とかなでは思った。彼女を身代わりだと認める事は、湊を思って抱いていると認める事になり、今はそれが拓也にとってハードルが高いらしい。面倒な事になっているわねぇ。



「な・い・しょ。この間出張から帰ってきたの。だから最近夜が眠れなくって、腰が痛いの」

「はいはいはい。見た目も性格も良くってセックスが最高の旦那ね。フェロモンいっぱいの」

「んふふふふー」

「よかったじゃない。もうあんまり出張が長引かないといいね。いっそのこと付いてけば?」

「子供が小さいのに、何言ってるのよ」

「だよねぇ。会社も非情だよな」



 拓也は俯いて小さく笑った後、顔をふと上げ、じーっと奏を見つめた。

 自分のカフェオレを飲んでいた彼女は、視線に気付いて拓也を見る。

 彼は丸くて黒い瞳を彼女から反らさず、探る様に言った。



「ねぇ。僕らの事、泰兄たいにいにバレたよ?」

「泰兄?」

三田泰成みたたいせい

「三田……ああ」



 彼女は思い出したように頷くと、事も無げに言った。



「この間、会ったわ」

「知ってるよ。そんであの人、勘付いたんだもん、僕らの事」

「えー? 見かけによらずに鋭いのねー彼」

「ねぇ。なんで泰兄たいにいと話したの?」

「だって偶然に会ったんだもの。昔の知り合いと話ぐらい、するでしょ?」



 すると拓也はぷっと吹き出し、口元を片手で覆いながら楽しそうに笑った。

 椅子に深く座り直し、からかうように言う。



「独身時代の知り合いホストと、結婚後に子連れでお茶? かなでさん、そこまで危ない橋を渡る人だとは思わなかったんだけど」



 おまけに俺との事もあるし。



「旦那さんと、何かあったの?」

 


 少し首を傾げ、拓也は面白そうにからかうように聞いてきた。

 彼の笑っていない眼。それを見ながら、奏は笑って言った。



「随分話が飛ぶわね。どうしてそうなるの。ただ懐かしかったら話をしただけよ」

「……ふーん」


 

 訝しそうに疑いの目を向けながら、拓也は再び背もたれに身を預ける。

 今度は奏が身を乗り出してきた。



「ね、最後に一個お願いがあるの」

「何?」

「どっか遠くに行かない? 知り合いがいない所。そこでデートをするの。日帰りでもいいから」

「……」

「別にえっちしなくていいし。ただ普通のカップルみたいに、街をぶらぶらして、ご飯食べて、またぶらぶらして。私達、暗闇の中でお互いの顔も確かめないで、する事だけする、て状況、多かったでしょ? なんか勿体無くない? こんないい男と女が」


「……かなでさん、やっぱなんかあったの? 旦那さんと」



 今度は冗談で誤魔化さない。拓也は真顔で、本気で尋ねた。


「何もないわよ」


 奏は先程と同じ表情で答える。



 何も無い。

 それは最近、俺自信が言った台詞だ。

 何も無い。


 だからってそれは、状況の変化を否定する言葉ではない。



「いいでしょ? 一方的に捨てられる可哀想な女の、最後の頼みなんだから」

「……何だよ、それー。またすぐ、そーゆー事言うー」

「じゃ宜しくね」

「うわ、強引ー」



 拓也は大きな声を上げ、勘弁してくれとばかりに椅子に沈み込み天井を仰いだ。

 そんな彼を見て、奏はくすくす笑っていた。





「ただいまー」

「お、早かったんだな。面接は? 上手く行った?」

「うーん、やっぱ難しいわねぇ。優奈ゆうなは? もう寝た?」

「今寝た所。本を3冊も読んであげたよ」

「ありがとう」


 かなでは夫の洋一と軽いキスをした。


「私、お風呂に入るわね」

「どうぞ。優奈は大きくなったなぁ。風呂でも大はしゃぎで疲れたよ」

「ありがとう。お疲れ様」



 洋一が雑誌を片手にリビングに行く姿を笑顔で見届け、彼女は二階の寝室に向かった。

 ワンピースを脱ぐ。クローゼットに仕舞う。

 脇にはジュエリーボックスがある。


「……」


 彼女はその小さな引き出しに手を伸ばした。そこから封筒を取り出す。中には、数枚の写真。



 洋一と女が、腕を組んで仲良く街を歩いている姿を、隠し撮りしたものだった。


 童顔だが唇の厚い、色っぽい女と。





あーあ、あーあ。

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