表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラヴィング・プア Loving poor  作者: 戸理 葵
命がけの演技で-君が好きだ-
23/54

 銀座のカフェで待ち合わせとなった。

 外でお客と会うのは初めてなので、緊張する。


 現れたのは、長身で痩せ形だが骨太。切れ長で鋭い目つきが印象の、かなりのイケメン男性だった。うっそ、すっごいカッコいい。大人のダンディズムって感じ。まだまだ若いけど、落ち着いた感じが更に魅力的。え? この人、顔で当選したの?

 スーツのジャケットを手に、彼はすごい存在感をまとってやって来た。


「こんにちは」



 けれども向けられた笑顔は、予想外に爽やかな物。

 それがまた、ギャップとなって堪らなく映った。わー、この人絶対モテる。遊んでいる事、間違い無し。成程ぉ、だからあたしが必要だったのね。誰か一人をピックすると、後で血みどろの戦いが繰り広げられる訳だ。うひょぉ、顔も頭も家柄も良くってお金を持ってる男って、苦労するのねぇ。


 湊は立ち上がり、笑顔と共に綺麗なお辞儀をした。



「こんにちは」

「初めまして。藤田です、宜しく」

「田村です。宜しくお願いします」



 田村桃。仕事の内容から言って、彼女の細かいプロフィール設定は今回は無用だ。けれども、泰成がこの偽名は必ず使えと言って来た。本名で仕事はするな、と。

 貰った名刺には何だか色々と小難しい肩書と共に、「藤田祐介ゆうすけ」と書いてあった。やり手と噂の代議士32歳独身。湊は政治の事は詳しくないが、その若さとスマートさと静かな強引さが有名だ、と聞いている。


 いつもの仕事なら、相手の表の顔はなるべく気にしないようにする。出来る事ならあまり頭にも入れず、先入観を持ちたくない。素の、別人の顔を引き出してあげたい。しかし今回は彼の名前はおろか、彼の肩書も仕事も背景も、全て覚えなくてはならなかった。そしてそれをベースに、立ちまわらなくてはならない。



「今日は軽い打ち合わせね。事情は、事務所の社長さんから聞いているかな?」

「はい。パーティーに同席するように、申し付かっています」

「そんなに固くならなくていいから」



 低く小さく、笑われる。思ったよりも柔らかい眼差し。

 僅かに心が奪われてしまった。そうか、女性はこのギャップと笑顔に弱いのね。


 彼女は最低限の情報しか持っていなかった。政治家のパーティーに同行する事。その為に知的な女性が望まれている事。しがらみが残るような女性は連れていけないから、外の人間を雇いたいとの事。


 祐介は大人の男性らしい、穏やかな笑みを見せながら言った。

 


「二週間後に、地方で慈善パーティーがあるんだけど、僕が呼ばれているんだ。その中に遠い親戚の人がいてね。滅多に会わないんだけど、最近は会うたびに、女性の写真を持ってくる」

「……ああ。はい」



 お見合い写真ね。成程。



「それを口頭で断り続けるのが、少々手間取り始めてね。ここら辺で一度、キチンとした女性を連れて見せた方がいいかな、と思い始めたんだ。それで、君に白羽の矢が立った」

「はい。わかりました」



 他の女性を連れていくのが面倒だった、とは決して言わない。なんて洗練された言い訳。さすがだわぁ。


 今回はまた、随分とビジネスライクな話だな、と思った。妙な雰囲気の演出も、駆け引きも何も無い。想像以上だ。

 その分楽だけど、代わりに自分の中身が問われかねない。立ち振る舞い、会話の受け答え、知識、表情。

 それらを全て駆使して、この男性ひとにふさわしい女性にならなくてはいけない。そして多分評価の厳しい、彼の親戚連中を納得させなくてはならないのだ。


 これはかなり大変な仕事になりそうだわ。湊は口元をキュッと結んだ。気合を入れて、全力で取り組まなくては。



「じゃ、面倒な事は後にして、とりあえずデートをしようか」

「え?」



 明るく軽く言われて、湊は肩すかしを喰った様になった。驚いて顔を上げる。

 彼は彼女を見ながら、楽しそうに微笑んだ。



「お互いの事をよく知らないと、上手く恋人になれないだろう? ああいう人達は歳の功だからね。すぐに見破られかねない」



 そう言ってテーブルの上に、二枚のチケットを差し出した。



「……歌舞伎……」

「観た事はあるかい?」

「いいえ、まだ……観たいとは、思ってました」

「この演目は初心者でも楽しめる、有名どころだよ。一度観ておいて損は無い。さ、行こう」



 彼は立ち上がると、ごく自然な動作で彼女の後ろにまわった。

 湊が軽く会釈をして立ち上がると、彼は当り前の様に彼女の椅子を引く。

 そして僅かに彼女を先に歩かせ、まるで自分がその後から付いてくるお供の様に、さりげなく彼女を守る様にして店を出た。完璧なるレディファースト。せ、洗練されすぎっ。


 自然と彼女の背筋もいつもより伸びた。やっぱりこれは、今までで一番、気が抜けないわ。頑張らなくちゃ。






「拓也くん」



 夕方、外回りから帰ってきた拓也は残務処理をしていた。急に名前を呼ばれて、すこし不意をつかれて顔を上げる。


「……あ」


 思わず中途半端な声が出た。そこに立っていたのは舞彩まあやだったから。

 昨日はあの旅行の後、新宿駅での解散となった。お互いに特にこれと言った会話をする事も無く、それぞれが普通に岐路に着いた。

 その後も軽いメールをやり取りしただけ。

 そして今日もずっと話す機会が無く、今に至る。


 舞彩は少し恥ずかしそうにしながらも、どこか戸惑っている様にも見えた。

 手にしていた書類を彼に渡す。


「これ、下からの書類」

「どうも。ありがと」



 拓也はいつもの笑顔でそれを受け取った。それを見た舞彩は、複雑な心境になった。

 この笑顔、すごく素敵。

 だけど全く、いつもと同じ。


 拓也くんって、エッチする前も、後も、態度が全然変わらない。そりゃ職場なんだから、あからさまな態度をとるのはおかしいかもしれないけど。付き合う前も、今も、やっぱり全然変わらないし。すごい余裕、って感じがして、私はやっぱり不安になっちゃう。


 おかしいな。

 エッチしたら、この不安、消えると思ったのに。

 実際あの最中は、彼はすごく優しくて、いつもよりずっと男らしくて色っぽくて、私は体も心も全てが満たされていた。万事解決、最高に幸せ、これ以上の望みなんて無い、って思ったのに。



 足りない。

 まだ、足りない。

 足りないよ、拓也くん。もっと私を、あなたでいっぱいにしてよ。

 もっと見つめて、もっと抱きしめて、もっと囁いて、もっと口づけて。


 もっともっと、私の事を欲しがってよ。



「……あの……」

「ん?」

「……今日は、遅い……?」



 期待を込めて、思い切って尋ねてみた。幸い周囲には人はいない。皆忙しそうに席を立っている。

 プライベートな会話は、一昨日の晩以来の気がした。本当は昨日だって、恥ずかしいけれどあの夜の続きを期待していた。帰りにどこかへ誘われるかも、と思っていた。

 ところが彼は、他の同僚と共に、爽やかに別の電車に乗り換えてしまったのだ。


 だから、いいでしょ? 

 今晩の予定を今ここで聞くくらい、彼女として許されるよね……?


 ところが拓也は、申し訳なさそうに眉を下げるだけだった。



「んー、ごめんね。ちょっと読めないや。先に帰っててくれる?」



 優しい笑顔。柔らかな口調。なのに舞彩は、顔が痺れるような軽い絶望感を感じた。

 それを悟られないように、慌てて明るく笑う。



「あ、うん、そっか。頑張ってね」

「ありがと」



 彼には全く、戸惑いが無い。可愛い笑顔。


 拓也くんは、それで、いいの?


 舞彩は一瞬俯いて下唇を噛み、それから思い出したように顔を上げた。 



「そうだ、あのね。すごくヤバいものがあったの」

「え?」

「ちょっと来て。拓也君でないと分からないから、私困ってたんだ」

「え? 何の事? 仕事の話?」

「ちょっとドキドキしちゃって。私じゃどうしたらいいか分からないし、拓也君が来てみて。ね、お願い」

「あ……うん……?」



 グイグイ、と舞彩が拓也の腕を掴む。真剣な顔をして、どこか切羽詰まった表情。

 拓也は言われるままに腰を上げて、彼女に続いた。


 そこは用具室。仕事に必要な書類様式集から文房具からパンフレットからなんでもあり、割と頻繁に人の出入りがある。

 入り口で先輩同僚に声をかけられた。


「おう、吉川。後で俺の席に来て。染谷製作所の件」

「あ、はい、わかりました」



 狭い入り口をすれ違い、拓也達は部屋の奥へと進んでいった。彼は素早く室内を見回す。いくつもの棚が天井まで伸びて、所狭しと物が積まれている。特に変わった様子も無い。人もいない。



「ここに何があったの?」



 そう彼が聞きながら舞彩に向き直った瞬間、

 彼女は背伸びをして、彼にキスをした。



「……」



 いきなりの、キス。拓也は驚いて、目を見開いたままそれを受け止めた。

 舞彩は唇をじっと押し付ける。


 やがて、そっと、離れた。


 彼はキョトン、として、丸い瞳を見開き続ける。

 舞彩は上目遣いで彼を見つめ、小さな声でそっと囁いた。



「……ドキドキ、した……?」



 拓也はなおも彼女を凝視する。

 そして、ふ、と微笑んだ。



「……すげぇ、した」

「……やった」

「二度も、俺を騙したな」



 人差し指で彼女の額を軽く小突く。

 彼女は照れくさそうに、そこを両手で押さえた。



「言ったでしょ? ドキドキして、私じゃどうしていいか分からないって」


 恥ずかしそうに潤んだ瞳で見上げる。拓也は少し驚いたように彼女を見て、「ああ…」と呟いた。


「……じゃ、ヤバいものって?」

「……私の、心。困ってるの。拓也くんじゃないとダメなの」



 顔を赤くしながらも、悪戯いっぽい笑顔を作る舞彩。嬉々としている。


 拓也はそんな彼女を優しく見つめて、微笑みながら、ハッキリと言った。



「もう職場では、こういう事をやっちゃダメ」



 しかし舞彩は舞い上がっていた。拓也くん、嬉しそう。喜んでくれてる! 私も超嬉しい! 幸せすぎてドキドキするっ。



「うん、わかった! 後でメールするね」

「オーケー」



 拓也が人懐っこい笑みを浮かべて小首を傾げると、舞彩は小さく手を振って、嬉しそうに駆けて行った。

 拓也も軽く手を振って、それに応える。


「……」



 ビ、ビビった~……。

 まさか職場の、オフィスと言ってもいい様な場所で、あんな事をしてくるとは思わなかった! 人が来たり見たりされたらどうすんだよ! ヤバいものがあったってそれ、俺らの事だから! 


 拓也は口を半開きのまま、息を吸う事すら躊躇った。今呼吸したら、溜息出そう。それを誰かに聞かれる事すら、何だか俺、怖い気がする……。



 積極的な女の子(年上年下問わず)に迫られる、と言うのは拓也お決まりのパターン。

 そしてそれに楽しく乗っかっちゃうのが、今までのお得意のパターン。



 いやだけど今のはマズイでしょう。

 あの夜と言いさっきと言い、あの子って実は最強の突っ走り系なのかもしれない……走り屋?






 








だ、出してしまいました……腹黒大魔王を。

拓也と祐介の絡みって前作では殆んど無かったんですけど、どうするんでしょうね、これから。どうしよう?


舞彩ちゃん、積極的過ぎ? 

いえいえ、これくらいフツーですよ、フツー。頑張れ女の子。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ